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2021年10月04日 (月)
EV
解説

新規制を先取りした欧州電池メーカーの次世代戦略-英国ブリティッシュボルト

2021年7月、欧州議会はバッテリーに関する新たな法規制の枠組みについてのブリーフィングペーパーを発行した。
現在この内容は各方面に反響を及ぼし、欧州の複数の業界団体が「移行期間」を設けるよう共同声明を発表している。新たな規制を満たす製品の設計変更や、新たなサプライチェーンの構築には時間がかかることが主な理由である。
新しい法規制では一部がEU電池指令に代わるものとなり、以下の点が強化される予定となっている。

 

1) カーボンフットプリント
2) リサイクルコンテンツの最小量(率)
3) 性能と耐久性の基準
4) 安全性の基準
5) ラベル付け(情報の追加)
6) 製品寿命の管理
7) 原材料の調達に関するデューデリジェンス

 

2021年10月には欧州議会の複数の委員会がこの枠組みについて検討を予定している(より詳細な枠組みについては、下部リンクにあるブリーフィングペーパーの6ぺージをご参照いただきたい)。

このブリーフィングペーパーでは、具体的に特定の数ヶ国の国名を記載して問題点を指摘している。現在、需要の急増が予測されているEV(Electric Vehicle)用のリチウムイオンバッテリーの活物質やセル製造では、中国、韓国、日本が世界をリードしており、欧州のメーカーは、まだ実際にバッテリーを商業ベースで生産していない。
欧州政府は、バッテリーをエネルギー転換の最重要産業と位置付けており、域内での製造を活性化するためにも、新たな法規制の必要性を認識しているのである。


英国ブリティッシュボルトによる戦略

新興メーカーである英国のブリティッシュボルト(Britishvolt)は、これらの新規制を重要視し、後発の利点として事業戦略に取り入れているメーカーである。平たく言えば、新しいルールブックを最大限に活用してアドバンテージを狙う、という戦略である。

ブリティッシュボルトは、アラブ首長国連邦(UAE)の実業家であり資産管理と投資のエキスパートであるOrral Nadjari氏が創業した企業で、現在も同氏がCEOである。Nadjari氏は、現時点で英国がリチウムイオンバッテリーの材料調達、製造、また流通において、中国、韓国、そして日本より10年以上の遅れを取っていることを認めている。
そのため、後発メーカーの利点を活かすことで挽回を図ることを目指している。後発の利点とは、年々強化されつつあるバッテリーと脱炭素関連規制への対応、技術革新と新たな生産技術への対応、そして資金調達である。

 

1.脱炭素とカーボンフットプリントへの対応
まず、最も重要な戦略として、脱炭素とカーボンフットプリントへの対応が挙げられる。
ブリティッシュボルトは、元々英国南西部の南ウェールズにある空軍基地の跡地に工場を建設する予定であった。しかし、様々な検討の結果、2020年末にイングランド北東部ノーザンバーランドのブライス地区にあるブライス発電所跡に大規模な工場を建設することを発表している。理由は、再生可能エネルギーへのアクセスにある。
このブライス地区は、英国が計画している最大の海洋風力発電ファームであるDogger Bankから最も近い陸地 (およそ140Km )に位置している。元々、イングランド北東部には、洋上発電と再生可能エネルギーのインフラと技術を持つ会社が多数存在している。
また、現在英国とノルウェーが建設中の世界最長720Kmの海底送電ケーブル(ノース・シー・リンク)による電力の相互リンクも極めて大きな利点である。この海底送電ケーブルにより、2021年の秋から、1.4GWhの再生可能エネルギーを英国とノルウェーの間で交換することが可能となる。ブリティッシュボルトの工場は、この双方送電網へのアクセスポイントから、わずか400mの距離に建設される。英国の再生可能エネルギーは洋上風力発電が中心で、天候により安定性に問題があるが、ノルウェーからの電力は主に水力発電のため、より安定している。

物流に利用する近隣のタイン港は水深があり大型貨物の輸送に適しているだけでなく、同港では再生可能エネルギーを生み出す「クリーンエネルギーパーク」が建設中で、港のオペレーションを2030年までにカーボンニュートラルにすることを目指している。また、タイン港は電力を使う鉄道輸送へのアクセスも良い。

ブリティッシュボルトの工場は、英国日産の工場から北に35キロ、車でおよそ35分の距離に位置する。英国日産は車の電動化に伴い、現在隣接する土地にサプライヤーを集約させるInternational Advanced Manufacturing Park(IAMP)の作業を進めており、その土地には、中国のリチウムイオンバッテリーメーカー大手のエンビジョンAESCが工場を設立することを発表している。当初は9 GWhのサイズだが、2030年までに25 GWh、最大35GWhまで拡張投資する予定である。
エンビジョンAESCの工場はブリティッシュボルトと同様に、英国による再生可能エネルギー政策の恩恵を受けることができる。

 

韓国の大手バッテリーメーカーの1社もポーランドにある大型のバッテリー工場の能力増強を同様に進めているが、カーボンフットプリントにおいては課題が多い。バッテリー製造におけるエネルギーの脱炭素化が遅れていることに加え、コストが掛かり過ぎるからである。

エネルギーにおける石炭依存度が高いポーランドでは、再生可能エネルギーへの投資と、炭素価格の上昇によるEU ETS(EU排出量取引制度)への対応コストが問題となりつつある。
最近の報道では、ポーランドがEUの2030年の気候目標(温室効果ガスを1990年比55%削減)を達成するには、約1,360億ユーロ余りの費用が必要と見込まれ、さらに2030年に予測されるEU ETS(EU排出量取引制度)の排出量(枠)が、その時点でのポーランドの当該産業全体排出量よりも6億トン以上少ないと推定されている。現在、EU ETSのオークションで取引される炭素価格は2021年に入りそれまでの2倍、1トンあたり60ユーロを超えている。ポーランドの企業が将来、不足を埋めるために購入する排出量(枠)のコストは、約400億ユーロとの試算がある。このコスト負担により、企業がエネルギー転換に回すための資金が不足するということが報道されている。
ポーランドはバッテリーメーカーにとって投資コストの低減や豊富な労働力といった点で魅力的だが、今後強化される炭素規制やエネルギー転換において、十分なロードマップが整っていないという大きな課題がある。

 

2.材料の調達に関する戦略
材料の調達に関しては、2021年8月17日、ブリティッシュボルトは世界最大の商品取引及び鉱工業生産会社であるグレンコア(Glencore)と長期のコバルト供給契約を締結している。グレンコアのコバルト供給量は世界最大級である。さらに、額は公表されていないが、グレンコアがブリティッシュボルトに出資したことも伝えられている。
グレンコアは、リリースの中でコバルト調達における透明性の確保とデューデリジェンスを強調して確約している。
前述のとおり、7月に提示された欧州議会のブリーフィングペーパーでは、新たに「原材料の調達に関するデューデリジェンス」が規制に追加されることになっている。具体的には、「環境と脆弱なコミュニティを適切に保護する詳細な要件」が盛り込まれる予定となっている。特に不足が懸念されるコバルトについては、過去に環境破壊や児童労働の問題が多々あり、グレンコアがこの点を強調していることが、規制への対応を反映している。

 

中国工業省も、2021年9月に行われた中国自動車産業開発(Teda)国際フォーラムで、バッテリーに使用する金属の供給を強化することを発表している。
既にバッテリーに使われる原材料の争奪戦は始まっており、中国は国策として取り組み、ブリティッシュボルトは世界最大手の鉱業会社と組む選択をしているのである。

特にコバルトは、現在計画されている急速なリチウムイオンバッテリーの生産能力増強により、2025年頃には供給不足が起こる懸念が出ている。そのため、GM、 BYD、Tesla、フォードモーター、VWグループ、ステランティスは、安価な車種にコバルトを含まないLFP(リン酸鉄リチウム)バッテリーの採用を計画しており、韓国のLG Energy SolutionsもLFPバッテリーの生産計画を発表している。ただし、LFPバッテリーの関連特許は中国の研究機関が保有するものが多く、この点、他国のメーカーが積極的に中国以外で生産に乗り出すかは不透明である。


3.資金および人材の確保
ブリティッシュボルトは資金と人材の確保に関しても、ユニークな方法を取っている。
同社が計画している工場の建設費用は26億ポンドであるが、この資金を確保するために、グレンコアによる出資を含め、これまでに何度か資金調達を行っている。
しかし、最大の戦略は、工場稼働前のIPO(新規公開株による上場)である。

2021年に入り、まずBarcleysとGuggenheim Capitalと顧問契約を行い、特別目的買収会社(SPAC)との合併による米国株式市場への上場を検討している。この手法は、新興企業が米国で株式上場する場合に最近用いられている方法である。結果、米国での上場は延期となったが、現在は、ロンドン証券取引所でIPOを行う方向で作業が進められている。早ければ来年前半にはブリティッシュボルトの株式がロンドン証券取引所で公開になる予定である。
IPOをロンドン証券取引所で行う方針に切り替えた最大の理由は、英国がEU離脱後も金融ハブとしてのロンドンの地位を強化するために、株式の上場規則を見直していることによるものである
同社の創業者兼CEOであるNadjari氏は資産管理と投資分野のエキスパートとして、26億ポンドを全て外部から調達するオプションを複数持ち、実践している。

 

人材面では、優秀な人材を確保するために、一般社員にも上場前に株式の一部をインセンティブとして与えることを既に始めている。さらに、英国自動車業界では重鎮のCharles Morgan氏、元フォード・モータカンパニーUKの会長であったGraham Hoare氏、同じく元フォード・モータカンパニー・ヨーロッパの製品開発担当副社長であったJoe Bakaj氏等の大物をグローバルオペレーションのトップに招き入れるなど、英国政府と欧州自動車業界へのプレゼンス活動を強力に進めている。


4.工場運営に関する課題の解決策
最後に重要となるのは、技術開発、生産や品質管理を含めた工場運営の問題である。
ブリティシュボルトは社内に技術的な蓄積やノウハウがないため、外部からそれらを調達し組み合わせる手法を取っている。
一般的な「モノ作り」では、このような方法で成功した例は極めて狭い範囲に限定されるが、バッテリーを取り巻く環境が、それを可能にする余地を残している。
バッテリーは、エネルギー転換における最重要部品の一つとして、英国の産・学・官が積極的に参入している事のみならず、地方を含めた自治体や政府からの支援が受けやすい状況にあるため、その利点を最大限に活用している。

ブリティッシュボルトの技術面での提携先は、基礎研究ではダラム大学、ニューカッスル大学、ノーサンブリア大学、工場建設ではIGS、環境エンジニアリングではRolton Group、製造技術・生産準備・工程管理・製品のライフサイクル管理については自動車産業で最大手の一つであるシーメンスの英国法人、バッテリーのセパレータ複合材料については米国のENTEKで、個体電池開発については英国政府が支援する英国バッテリー工業センター(UKBIC)を含む複数の英国機関とコンソーシアムを形成している。それぞれの技術分野のパートナーが業界でも一流であり、全てが欧洲(一部米国を含む)を起源としている団体である。

 

英国バッテリー工業センター(UKBIC)は、英国政府が2021年7月に肝入りで設立した機関で、英国の産・学・官の持つ最高レベルのバッテリーの研究開発をこの機関に集約させたものである。一般的に、研究機関や大学が行う基礎研究とメーカーが製品を生産するに至るまでの技術開発には、常に大きな壁や隔たりがある。しかも、成功した殆どの基礎研究も、実は大量生産時に必要な生産技術にまで開発・発展できずに消えていくことが多い。基礎研究の成果をアプリケーション技術にまで落とし込み、生産技術を確立して少量の商業生産まで技術開発するような機関は、ドイツのFraunhoferや英国のTWI以外、先進国でもほとんど見られない。英国バッテリー工業センター(UKBIC)は、FraunhoferやTWIと同じような機能を「バッテリーに特化」して果たす機関として、英国政府が全面的にバックアップして設立したものである。

ブリティッシュボルトのグローバル本社は、英国バッテリー工業センター(UKBIC)の設立に合わせて、UKBICの近隣に設置されている。

英国のバッテリー工場にとってもう一つの課題は、ブレグジット後の貿易ルールである。
2027年以降に英国で生産されるバッテリーをEUに輸出する場合、部品や部材を含めた製造の全コストの70%以上が英国またはEUで発生する事が求められるようになる。この条件を満たさない場合には、EUへの輸出に関税がかかる可能性がある。バッテリーコストのうちカソードは大きな比率になるため、原産地をEUもしくは英国内にすることが、喫緊の課題となっている。 原産地規制については、欧州域内にある中・韓・日系企業でも同じ条件となる。


解説
英国のブリティッシュボルトやスウェーデンのノースボルトは、メガ・サプライヤーが商圏を確立している自動車業界に、異なった戦略と方法論を持ち込んでいるユニークな存在である。
両社が今後成功するのか否かは現時点では分からないが、少なくとも気候変動に伴うエネルギー転換の中で最適化しつつある戦略として、十分に参考になると考えられる。
それは、EVによって欧米で活発化しつつある車のサブスクリプション事業や米国フィスカ―社のようなEMS(受託生産サービス)のビジネスモデルも同じである。


一般的なモノ作りでは非常識な戦略でも、エネルギー転換を経済原理ではなく政策と規制によって戦略的に起こすという現在の潮流の中では、逆に理にかなった面が多いと見ることもできるであろう。経済原則は書き換えが困難だが、ルールブックは常に書き換えられるものであり、ルールブックの書換えを背景に勝者を生み出してきた欧米の歴史は、繰り返されるのである。

 

【参考資料】
ブリティッシュボルト

バッテリーに関する新しい法規制の枠組 (New EU regulatory framework for batteries: Setting sustainability requirements)

英国バッテリー工業センター(UKBIC)

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