気候変動・脱炭素

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2022年08月29日 (月)
気候変動・脱炭素
解説

英国が打ち出した実行可能な低炭素エネルギーのロードマップ

2022年4月8日、英国政府のDepartment for Business, Energy and Industrial Strategy (BEIS: ビジネス・エネルギー・産業戦略部) が、エネルギーの革新的な技術開発に対する3億7,500万ポンド(約606億円)のサポートパッケージを発表した。支援の内訳は、水素製造(関連技術)に2億4,000万ポンド、次世代の原子力技術開発に250 万ポンド、炭素回収の研究に500 万ポンドとなっている。
翌月5月17日には、政府は二酸化炭素の回収、使用、貯留 (CCUS:Carbon Capture, Utilization and Storage ) の英国内でのサプライチェーンを最大化するためのロードマップを発表し、8月12日には、これに続いて矢継ぎ早に、電力事業用CCUS、産業用炭素回収 ( ICC: Industrial Carbon Capture )、廃棄物、及びCCUS対応の水素プロジェクトを発表した。これまでに発表されたプロジェクトの数は、計20となっている。

英国政府はさらに、これに並行して「Hydrogen Investor Roadmap(水素投資家向けロードマップ)」を発表している。これは、政府による支援を通じて内外の投資を広く受け入れるための、英国政府によるマーケティングキャンペーンと位置付けられている。2025年までに2GWの低炭素水素の製造を実現させ、2030年までに90億ポンド(約1兆4,500億円)の民間投資を達成するのが目標である。現状不足している、水素製造への民間投資の活性化が急務であることが背景となっている。

英国政府によるこれらの支援(投資)の目的は、最先端技術の研究、開発、展開を支援し、「エネルギー自立」を実現することである。化石燃料への依存を減らし、次世代の原子炉、及び産業、電力、輸送、潜在的には暖房用の水素に至るまで、様々な技術によって、エネルギーを得る方法に革命を起こすことが目論まれている。ロシアのウクライナ侵攻によって露呈した、一連の地政学的リスクと国際的な新しい秩序の形成により、英国では、エネルギー自給率の向上が緊急の課題であることが強調されている。

 

実は、英国のこの早急な動きは、脱炭素化とエネルギー自立に向けた、極めて現実的な路線に舵を切った変革であるといえる。欧州政府も同様に、2022年5月18日にエネルギーに関する計画である「RePower EU Plan」を発表したが、英国のそれは、低炭素社会をより実行可能な方法で実現することに焦点を当てている。

 

 

低炭素化が不可欠となる「エネルギー・スーパー・ベイスン」

2022年7月、英国の調査およびコンサルタント会社であるWood Mackenzieが、「Energy super basins: Where the renewable, CCS and upstream stars align (エネルギー・スーパー・ベイスン:世界のどこに再生可能技術、炭素貯留、そして石油開発探査の“スター”が存在しているのか)」 という特別調査報告を公開し、エネルギー業界では話題となっている。 Wood Mackenzieは通称WoodMacとして知られ、エネルギー、化学、再生可能エネルギー、金属、鉱業に関する調査とデータ分析では、世界的なレベルを誇るコンサルティング会社であり、英国政府の政策決定や、企業の戦略作成において重要な情報ソースを提供し続けている。

 

「ベイスン(Basin)」とは、石油やガスが存在する堆積盆地のことであり、スーパー・ベイスンとは、50億バレル相当の生産及び埋蔵量を持ち、地質学的にも優れており、インフラ整備がしやすく、市場へのアクセスが良い油田・ガス田となる堆積盆地である。典型的なスーパー・ベイスンとして知られているのは、米国のテキサス州西部とニューメキシコ州に位置するパーミアン盆地で、多くの点で典型的な陸上スーパー・ベイスンと認識されている。

 

Wood Mackenzieの調査報告が話題になっている主な理由としては、以下のような内容が挙げられる。

現在、世界の約90%の石油とガスの生産は、わずか40のスーパー・ベイスンによって行われており、99%は、50のベイスンで行われている。
原油やガスは、採掘にもエネルギーを使うために炭素を発生する上、製油所や海上輸送を行うための港までのパイプラインでの輸送時、さらに、ガスは海上輸送時に液化処理をする際にもエネルギーを使う。そして、これらに必要とするエネルギーを作り出す時にも化石燃料を使うため、炭素が発生する。石油やガスの生産の上流工程において炭素を減らすためには、再生可能エネルギーやCCSを、それらのベイスン又はベイスンに電力エネルギーを供給する施設に設置する必要がある。
しかし、現存する50のスーパー・ベイスンを調査した結果、約半分では、再生可能エネルギーの入手が困難で、さらにCCSの設置にも適していない、というのである。
それらのベイスンでは、再生可能エネルギーが不足し、CCS の可能性が限られているため、低炭素要求に応じることができず、今後、投資が減少し企業活動が縮小する、と報告している。

 

不利な地域としては、西シベリアとほぼ全てのロシアのベイスン、ベネズエラ、アラスカ、及び中央アジアの一部のベイスンが含まれている。特にそれらの地域では、再生可能エネルギーが高コストかつ技術開発が行われていないために、技術にアクセスすることすらできない、というのである。東南アジアの多くの小規模なベイスンも、同様の課題に直面すると考えられている。

それらの地域では、炭素負荷が高い製品の販売が難しくなり、主要な国際石油資本が撤退する可能性が増加する。報告では、CCSと再生可能エネルギーの統合という根本的な問題に政府が対処しない限り、この問題は解決しない、と結論づけられている。

 

報告ではさらに、石油・ガスの上流産業にとって、投資を引き入れ生き残る鍵となるのが「マルチエネルギー戦力」であり、今がその端境期にあると分析している。マルチエネルギー戦略とは、石油やガスエネルギーの生産と再生可能エネルギーやCCS・CCUS(炭素の回収、利用、貯蔵)を組み合わせた投資戦略である。
すでに一部で実現している例としては、 2021 年後半にフランスの石油大手であるTotal Energiesが発表した、イラクとリビアにおける、太陽光発電プロジェクトと石油とガス生産の両方にまたがる新しい事業計画が挙げられる。

 

報告では、今後、石油・ガス産業は上流(採掘、原油化、液化等)における低炭素ビジネスとの融合がなければ、投資を引き込めず成功はないということを、強く訴えている。
分析ではスーパー・ベイスンを世界地図上に色分けしており、今後もスーパー・ベイスンであり続けると考えられる所を緑、維持できる可能性のある所を黄色、脱炭素化でスーパー・ベイスンを維持できない所を赤で図示している。

今後も確実に必要とされる石油・ガス産業が低炭素化を実現するためには、再生可能エネルギー、CCSとCCUS技術、そして水素製造の革新的な技術が必要とされるのである。そして、低炭素化されたスーパー・ベイスンは、今以上の競争力を持つことになる。

 

脱炭素の鍵を握る「スーパー・ベイスンの低炭素化」

「水素」は、脱炭素のために重要なエネルギー源または化石燃料の代替燃料・原料として、欧米で戦略が発表されているものの一つである。大量かつ比較的入手可能な価格帯で水素を製造するためには、スーパー・ベイスンから採掘される「天然ガス」が今後も変わらず不可欠となる。

なぜなら、天然ガスを水蒸気メタン改質(SRM: Steam Methane Reforming)し、CCSと組み合わせることで、水素エネルギーの一形態である「ブルー水素」を製造することができるからである。現状、ブルー水素の活用は、水素戦略において最も現実的な選択肢とされている。ブルー水素の製造は、水を電気分解して得られる「グリーン水素」よりは炭素発生量が多いものの、CCSやCCUSとの組み合わせにより、低炭素化することが可能である。

 

米国の石油大手Exxon Mobil(エクソン・モービル) は、テキサス州ベイタウンの石油化学複合施設に、ブルー水素プラントを建設することを計画している。この施設は、典型的なスーパー・ベイスンの一つであるパーミアン盆地の近隣に存在している。

 

2022 年5月、欧州の水素推進機関であるHydrogen Europe (水素ヨーロッパ) が発行した、「Steel From Solar Energy(太陽エネルギーを利用した鉄鋼生産) 」というレポートでは、欧州の鉄鋼業(溶銑生産能力年間約1億300 万トン) を脱炭素化するために必要な「グリーン水素」を生産するためには、370TWhという膨大な再生可能エネルギー源が必要で、そのための投資を含め、現実的にはほぼ実現不可能なことを示している。鉄鋼業界だけでもこの再生可能エネルギー量が必要なため、他業界を含めた需要に対し「グリーン水素」で対応することが、現実的でないことがご理解いただけるであろう。


さらに、燃料だけでなく、肥料の原料としても必要とされるアンモニアを合成するためにも、水素が必要となる。現在、この水素は主に天然ガスを中心とした化石燃料由来のものが使われているが、ここでも低炭素下での天然ガス生産や水素への改質が必要とされている。
また、水素とCO₂から都市ガス原料の主成分であるメタンを合成する炭素サイクルである「メタネーション」にも、低炭素水素は欠かすことができない。

 

欧州の水素の専門家の多くが、このように、グリーン水素だけでは欧州全体の産業で必要とされる水素需要を満たすことはほぼ不可能であることを認めている。
2022年4月、ロシアによるウクライナ侵攻後、欧州委員会の副委員長で欧州の気候変動の責任者であるFrans Timmermans(フランス・ティメルマンス)氏が、欧州議会において、ヨーロッパが十分な量のグリーン水素を生産することは不可能であり、EUはグリーン水素の輸入に頼る必要がある、と発言し、多くの政治家と業界関係者を非常に驚かせた。欧州の水素戦略を立案したのは、欧州委員会そのものである。一方、ドイツの水素評議会の議長であるKatherina Reiche(カサリナ・リッシュ)氏は、もっと早い段階(2020年7月)で「今後数年間は、グリーン水素かブルー水素かではなく、ブルー水素か石炭の選択にするべきだ」と明確に発信している。

このように、産業の低炭素・脱炭素の鍵を握る水素については、当面ブルー水素に頼らざるを得ないという現実的な問題が露呈してきているのである。そのような背景から、低炭素化されたスーパー・ベイスンの価値は、今後増すことが予測されている。

 

需要が予測される「メタノール燃料」にも不可欠な化石燃料

2021年1月に発行されたInternational Renewable Energy AgencyとMethanol Instituteによる最新の共同研究レポート「INNOVATION OUTLOOK RENEWABLE METHANOL」によれば、メタノールの生産は過去10年でおよそ2倍の9,800万トンに達し、さらに、2050年には年間需要が5億トンに達するとする見込みが示されている。

メタノールの需要が急激に伸びてきた背景には、メタノールが酢酸やホルマリン(ホルムアルデヒド)の原料であったことに加え、エチレンやプロピレンの原料としても使用されるようになったことがある。エチレンやポリプロピレンが原料または中間素材となり、プラスチック、合成繊維、接着剤、塗料、及び医薬品などに広く利用されるようになり、需要が急増してきたのである。

さらに、メタノールには、現在もう一つ大きな需要が見込める分野がある。それは、船舶用大型エンジン向けの低炭素生産のメタノール燃料である。
欧州委員会は、2022年6月22日にEU ETS(欧州排出権取引制度)の改定案を提起した。同改定案ではEU ETSに「海運業」を含めるための、幾つかの条件が示されている。海運業の脱炭素化には現在、原子力、アンモニア燃料、電動化、再生可能メタノール燃料の4つが解決策として上げられ、最も現実的なものは、アンモニアもしくは再生可能メタノール燃料とされている。

 

しかし現在、メタノールの98%以上は化石燃料(天然ガス、石炭)が原料となっており、天然ガスを利用しながら低炭素でメタノールの生産を行うことが、喫緊の課題となっている。現在、再生可能(バイオ)メタノールの流通は、世界でわずか20万トンしかなく、このままでは船舶代替燃料需要を満たすことができないからである。

 

現実的な方向に舵を切る英国の戦略

International Energy Agency(IEA:国際エネルギー機関)の分析では、2040年における世界のエネルギー消費量は、2014年比で約1.3倍であり、化石燃料の需要も増加していく、とされている。低炭素化された世界の石油・ガスのスーパー・ベイスンは差別化され、より投資が集まることがここでも予測されている。

オランダと英国に本社を持っていた石油大手のRoyal Dutch Shell(ロイヤルダッチシェル)は、2021年末に英国企業となり、もう一つの石油大手であるBritish Petroleumと合わせ、英国には現在、2つのメジャーな国際石油大手資本が存在している。


これらのことから、英国が水素製造(関連技術)、次世代の原子力技術、炭素回収の研究の3つに分野に絞り、矢継ぎ早に戦略を発表したことは、今後も地政学的なリスクが不透明である中で、エネルギー転換の移行期におけるリスクを最小限にし、リターンをもたらすために取った、極めて現実的な選択であるといえる。欧州が、ロシアの安価な天然ガスを利用してエネルギー転換の移行期(Transition Period)を乗り切ろうとした戦略は、今や完全に破綻しており、インフレと産業への打撃が深刻な状況を引き起こしている。ロシアからの天然ガス供給を大前提としたイデオロギー色の強いグリーンディール政策は、大幅な修正を余儀なくされているのである。

歴史的に、エネルギーと金融の支配権を国力維持の最も重要な分野としてきた英国は、欧州政府が立案することが困難な、「エネルギー・スーパー・ベイスンの低炭素化」という極めて具体的かつ現実的な利益を狙った方向に、舵を切りつつある。

 

【参考資料】

Policy paper: Carbon capture, usage and storage (CCUS) supply chains: a roadmap to maximise the UK’s potential(英国政府)

Cluster sequencing Phase-2: shortlisted projects (power CCUS, hydrogen and ICC), August 2022(英国政府)

Hydrogen Investor Roadmap(英国政府)

Energy super basins: Where the renewable, CCS and upstream stars align (Wood Mackenzie)

STEEL FROM SOLAR ENERGY: A Techno-Economic Assessment of Green Steel Manufacturing

INNOVATION OUTLOOK: RENEWABLE METHANOL (IRENA)

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