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COP26でカーボンニュートラルな「第四の化石燃料」となった木質バイオマス発電燃料

本稿では、世界的に問題になって久しい一方、再生可能エネルギーとして政策的に手厚い補助金の対象となっている「発電用の木質バイオマス燃料産業」に焦点を当て、その国際市場でいったい何が起こっているのか、どのような視点で同産業を分析すべきかについて解説する。この「再生林木質バイオマス発電燃料」は、主に自然林を伐採した後に植林と伐採を繰り返すことで生産される木質ペレットや木質チップで、多くが北米、ブラジル、ロシア、東欧、東南アジアで生産され、消費国に輸出されている。
なお、本稿では「バイオマス全般」について分析していない点をご留意いただきたい。


欧州委員会と研究者の見解に見る重要なポイント

欧州委員会は、2021年1月25日に発行した「EUのエネルギー生産における森林バイオマスの使用」という182ページの公式調査レポートの中で、「再生林木質バイオマス燃料はカーボンニュートラルではないが、使用の正当性については科学の問題ではなく政治の問題」という明確な見解を示した(これについては、本サイトの2021年3月23日の記事「木質バイオマス政策を覆しかねない欧州委員会のレポート」の中で詳細に解説しているため、併せてご覧ください)。

また、バイオマスの国際的な研究者である米国マサチューセッツ州タフツ大学のビル・ムーマウ名誉教授(Bill Moomaw, emeritus professor at Tufts University)も、2019年の環境保護団体モンガベイやその他とのインタビューで、再生林木質バイオマス発電燃料について以下のように述べている。

“It’s all about the money. The wood pellet industry is a monster out of control.”
「全ては金であり、木質ペレット産業は手に負えない怪物だ」
出典元:Mongabayより

 

ムーマウ教授は、タフツ大学に国際環境資源政策センターを設立し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の5つの報告書の筆頭著者を務めた経歴を持つ、国際的に著名な物理化学者および環境科学者である。

COP26で勝利を収めた発電用木質バイオマス燃料産業の利害関係者

2021年11月のCOP26を前に、世界各地の環境保護団体やエネルギーシンクタンクは、「再生林木質バイオマス発電燃料」の使用を禁止するよう、国際的な活動を活発に行った。代表的な活動は下記に記載するが、結論から述べると、それらの要求や請願が、COP26で主要な議題に上がることはなかった。

COP26では、2030年までに森林破壊を終わらせるという多国間のコミットメント、Global Deforestation Pledgeが採択されたが、「再生林木質バイオマス発電燃料」の使用と補助金に対する言及は、ほぼ皆無であった。


環境保護団体で再生林木質バイオマス発電燃料に長年取り組んできたモンガベイ(Mongabay)からも、COP26のプレジデント(President)であるアロック・シャーマ氏(Alok Sharma)に対し、バイオマス発電用燃料 について「各国は本当に炭素排出量を削減したいのか?そして本当に森林破壊を減少させる気があるのか?」といった趣旨の質問が投げかけられたが、同氏は、炭素会計における透明性と正確性への国連のコミットメントについて漠然とした一般論の回答をしたのみで、肝心のバイオマス燃料について言及することはなかった。

2021年10月8日、脱炭素とエネルギーの研究組織である英国のEMBERが、世界最大の木質ペレット発電会社である英国Drax社が1年間に800万トン余りの木質ペレットを発電用に燃焼させ、1,480万トンの二酸化炭素を排出しているにもかかわらず、木質ペレットを燃料に利用する再生可能エネルギーカーボンニュートラルと定義されているため、それらは炭素発生量にカウントされていないことを伝えた。これは、長年「炭素の抜け穴(Carbon Loophole)」と呼ばれてきたものである。

このニュースは一般紙でも多く取り上げられ、再生可能エネルギーとして英国(民)がDrax社に支払っている多額(日本円で年間1,100億円以上)の補助金をただちに止めるよう、報道した。
しかし、COP26で温室効果ガス削減を強力に主張した英国首相のボリス・ジョンソン(Boris Johnson)は、この件を完全に黙殺し、言及することはなかった(後術)。

同じく2021年10月初旬、欧州のNGOである森林擁護者同盟(The Forest Defenders Alliance:FDA)が、欧州の100団体以上のNGOと共に再生可能エネルギーとしての「木質バイオマス燃料」の使用を終了するよう欧州連合に求めた。

さらに2021年10月21日には、世界の170余りのNGOが、大手バイオマス産業に対する国際行動デーを設定し、行動を起こしている。これらの団体はEnvironment Paperwork Network(EPN)の発行した「森林バイオマスエネルギーに関する意見書」に署名するという方法で、COP26の政策担当者に意見書を提出した。

この他、2021年は、環境NGOだけでなく、科学者からも「再生林木質バイオマス発電燃料」の使用禁止が提唱されている。
2021年1月、欧州アカデミー科学諮問委員会(EASAC)は、木質バイオマス技術は「気候変動の緩和に効果的ではない」と主張し、2月には500人以上の科学者が、木質バイオマス燃料を「カーボンニュートラル」のカテゴリーから外すよう、欧州政府に対し要請している。

同じく2021年1月には、前述のとおり欧州の政策立案当事者である欧州委員会も、再生林木質バイオマス発電燃料は「カーボンニュートラルではなく、長期的にも石炭より純炭素排出量が多く、生物多様性を破壊する」という明確な結論をレポートとして出している。

COP26を前に、英国のチャタムハウス(Chatham House)、ウッドウェル気候研究センター(Woodwell Climate Research Center)、米国のNRDC等のシンクタンクも、同様に再生林木質バイオマス発電燃料は科学的見地から「カーボンニュートラル」ではなく、石炭以上の温室効果ガスを発生させ、PM10クラスの微粒状物質を大量に発生させるとして、補助金を含めた政策のバックアップを直ちに再考するよう訴えた。

しかし、世界最大の「再生林木質バイオマス発電燃料」の消費と輸入を行っており、COP26の主催国でもある英国政府は、これらの主張に対し何の反応も示すことはなかった。
英国では、2019年に約1,600万トンのCO₂が発電用木質ペレットを燃焼することで発生しており、これは700万台の乗用車の排出量に相当するが、英国の温室効果ガス発生量には、木質バイオマス燃料から発生するCO₂は温室効果ガスとしてカウントされていない。

40年以上にわたり英国政府と議会を取り扱う専門機関誌であるThe Houseは、なぜこのような事態が起っているのか、COP26における英国政府の一連の態度を総括した上で記事を掲載している。その上で、再生林木質バイオマス燃料を(石炭、石油、天然ガスにつづく)「事実上第四の化石燃料」と定義した。

木質バイオマス産業と政治の関係

筆者の調査では、国際的な再生林木質バイオマス発電燃料産業で大きなロビー力を持っている団体のうち最重要企業の1つは、前述した英国のDrax社である。同社は木質バイオマス燃料の世界最大の消費家(発電所)であり、米国に自社の木質バイオマス生産施設を持つだけでなく、2021年には、最近まで世界第2位の木質ペレット生産業者であったカナダのPinnacle社を買収し、現在は供給と需要の両面で木質バイオマス燃料の世界最大の企業である。

前述のように1社で年間800万トン余りの木質ペレットを燃焼させ、その大多数を北米から輸入している。年間1,100億円以上の補助金と燃料サーチャージを英国政府と国民から得ており、ほとんどのバイオマス燃料は、20年に渡る電力固定価格買取制度による長期契約で購入しているため、長期的に安定した利益を確保している。長期投資として絶好の対象であり、上位10者(社)の株主は、世界トップクラスの資産運用会社が名を連ねている。

Drax社の政治ロビー活動については、前述のThe Houseや欧州の環境団体であるFossil Free Politicsが報告しているため、詳細はリンクをご覧頂きたいが、代表的なものは、英国の与党である保守党への献金、保守党大会での再生可能エネルギーパネルの開催、COP26前6ヶ月間で18回に及ぶ英国政府関係者との会合、COPサミット及びの他の環境イベントの企業スポンサー、自社に有利な学術研究への資金提供、英国内および国際委員会のメンバーシップ等で、かなり大がかりなロビー活動を継続して行っている。同社は、再生林木質バイオマス発電燃料への風当たりが強くなった2017年から、ロビー力強化のためもあり、6名の非常勤取締役を召喚している。

また同社は、今月、COP26に参加した米国ルイジアナ州のジョン・ベル・エドワーズ州知事を自社に招いている。Drax社は現在、ルイジアナ州に2つの木質ペレット生産工場を持ち、エドワーズ州知事と緊密な関係にある。

再生林木質バイオマス発電燃料への批判については、「国連のIPCCが世界をリードする気候科学者の見解として、持続可能なバイオマスが世界の気候目標を達成するために重要であると述べている」という公式見解を維持している。

元国連気候変動枠組条約事務局長(UNFCCC) の クリスティアナ・フィゲレス(Christiana Figueres)氏は、2015年のパリ協定への尽力で高く評価されている国連の元代表である。任期終了後の約3年間は、スペイン の インフラ および 再生可能エネルギー開発・管理会社の多国籍コングロマリットAcciona, S.A. の 独立取締役 であった。事実だけを記載すれば、同氏が取締役に就任した翌年の2018年1月、 Acciona, S.A. が 欧州投資銀行(EIB) から イノベーションとデジタル化活動向けに 1億ユーロの融資(約135億円)を受けており、また、同社の重要な事業の1つには、バイオマス工場の設計、建設、運用を含む、電力(発電施設のための)バイオマスソリューションの提供がある。欧米の国際的な再生エネルギー会社が大物政治家をアドバイザーや取締役に招き入れることは、珍しいことではないのである。

現在、欧州政府も各国の利害関係の調整が進まず、再生林木質バイオマス発電燃料に対しての態度を保留しており、「全ての木質バイオマスが悪いのではなく、良いバイオマスもある」という見解を続け、規制改訂案も最小限度の規制強化に留めている。特に欧州委員会の副委員長であり、欧州の気候変動政策のトップでもあるフランス・ティメルマンス 氏(Frans Timmermans)は、COP26でもこの点を強調し、再生林木質バイオマス発電燃料について、直接言及することを避けていた。詳しくは下記のモンガベイ(Monngbay)のリンクをご覧いただきたい。

オランダ議会は、2021年5月には新たな木質バイオマス発電所への補助金を一時的に停止することを決定している。これに反し、特に、国土の70%以上が森林に覆われており、バイオ燃料生産に対する年間60億ユーロ近い補助金を維持したいフィンランドとスウェーデンは、バイオマス発電燃料を再生可能エネルギーから外すことに猛反対している。両国とも、自らを再生可能エネルギー比率の高い環境先進国と訴えている。


解説
木質バイオマス燃料については、今後持続可能性の基準やデューデリジェンスが一層厳しくなることは予測されている。しかし国際的には、上記のとおり、カーボンニュートラルな「第四の化石燃料」としての役割が、当面の間変わらず維持されていくことになる。

背景には、前述のとおり、COP26でも大物政治家が話題を避けるような強力なロビー活動がある。本稿では詳細を割愛したが、英国Drax社1社に留まらず、米国最大の木質ペレット製造業者であるE社や、東欧を中心に世界で12の製造拠点を持つ欧州最大の再生林木質ペレット製造業者である Graanul Invest社にも、同様のことがいえる。

国際的には、政治家や金融機関を含む様々な利害関係者の名前が業界に存在しており、まさに「化石燃料」と呼ぶにふさわしい、国境をまたぐ重要なエネルギー源となっている。

政策担当者や行政府にとって化石燃料に代わる安価で安定したエネルギー源は、政治的安定のためにも重要な課題であり、再生林木質バイオマス発電燃料を再生可能エネルギー源として維持することは大変重要なテーマになっている。現在世界で起こっているエネルギー価格の急上昇は、風力と太陽光だけでエネルギー需要を満たすことが困難であることを示している。

木質バイオマス発電燃料を取り巻く状況については、英国Drax社の再生可能エネルギーの長期固定価格買取制度の補助金が終了し、同社の投資家の構成が変わる頃に、事態が変わる可能性があると考えられる。

気候変動やサーキュラーエコノミーのルールブックは欧米が中心になって「人」が作っているものである。そのため、そこに介在する利害関係(者)のパズルを解けば、意外にも次の一手への予測はしやすい。それができずに脱炭素を科学の話に帰結すれば、一方的に影響を受けるフォロワーの立場から永遠に脱却することはできないであろう。
タフツ大学のビル・ムーマウ教授が言及した、「国際的な木質ペレット産業は手に負えない怪物」である事実を認識し、見方を変えていけば、ルールブックの行間を読むことができるはずである。

【参考資料】
タフツ大学の土壌、森林、バイオマス政策についてのリサーチ一覧(Tufts University, Global Development and Environmental Institute)

NGO団体モンガベイ(Mongabay)によるCOP25時のレポート記事

Drax社の政治ロビー活動について記載しているFossil Free Politicsの記事

NGO団体モンガベイ(Mongabay)による COP26の再生林木質バイオマスの取り扱いに関するレポート

The Houseの記事