2011年、ドイツ政府によるハイテク戦略の1つのプロジェクトとして、製造業のコンピューター化を促進するインダストリー4.0が生まれた。その後、ドイツ発のインダストリー4.0は製造業を中心に世界に拡大し、2016年1月に世界経済フォーラムの創設者兼会長であるクラウス・シュワブ氏(Klaus Schwab)が、グローバル・アジェンダとして「第四次産業革命」を同フォーラムのWEB上で発信し、IoTやAIを軸としたスマート社会実現へのテーマに昇華させた。日本政府も同じ時期に政策として推進することを発表した。
その後、欧州発の一連のこの流れで、サイバー・フィジカル(Cyber-Physical)という概念が浸透し、モノのインターネット(IoT)が大規模なデバイス間の通信(M2M)によって達成され、自己診断と監視機能が大幅に改善、問題を自己分析・解決できるスマート・システムが製造業やサービス業で相次いで登場した。そこで生成されたビッグデータを活用するビジネスモデルが、企業の価値に直結するような世界が訪れつつある。
その中でAIは、ビッグデータを活用する重要な鍵となっている。
リサイクルの壁
製造業では、バージン材料を数種類使用してモノを製造するが、リサイクルでは製造されたモノを複数の材料に戻す必要がある。ほとんどのバージン材料は、金属であれ石油化学製品であれ、熱分解や化学処理によって、同じ結晶や分子構造を持つものに生成される。そして純度と品質の安定は、バージン材の最重要条件である。
リサイクルのスタート地点は、廃棄された製品である。仮に100%全く同一の製品の廃棄物が収集されたとしても、その製品を完全に1部品毎に完全分解しなければ、純度が高く品質の安定した材料に戻すことは、ほぼ不可能である。この方法では、大量処理が難しく、また分解に費用がかかり、コストに見合わない。リサイクル材料の付加価値は、製品の付加価値を超えられないからである。
プラスチック廃棄物は、主に比重によって分けられるが、リサイクル材として得られる純度は80-95%程度となり、バージン材の代替として再利用することはほぼ不可能である。バージン材と同等の純度と品質のリサイクル材を作るには、バージン材と同じような熱分解や化学処理が必要となる。これが、いわいる「ケミカルリサイクル」である。ケミカルリサイクルは設備の初期投資が大きく、採算性を高めるためには大量の廃棄物が必要となるが、プラスチック廃棄物は「軽い」ため、輸送コストがネックになり、一般的に長距離輸送には向かない。
いずれの方法でも、現在の技術を利用するかぎり、リサイクル材をバージン材と同等にまで戻すためには、「リサイクルの壁」が存在する。欧州では、この「リサイクルの壁」を打破するために、法律や補助金によって枠組みを作っている。切り札の1つとして「拡大製造者責任」があるが、これは、別の機会に解説する。
AI技術者の発想からもたらされた新しいリサイクルの価値
こうした「リサイクルの壁」を打破し、リサイクルに全く新しい価値をもたらすことが期待されているのが、本稿で紹介するイギリスのRecycleye社のAI選別技術である。
Recycleye社の技術は、通常我々が使う一般的な安価なカメラ(RGBカメラ)とAIソフトを組み合わせたもので、高価なセンサーは存在しない。カメラは人間の目の役割を果たし、AIは人間の脳の役割を果たす。カメラは、廃棄物の形、色、透明度、包装状態、つぶれや汚れ具合を捉えることができる。カメラで捉えた廃棄物の様々な情報から、使われている材料をクラウド上のデータベースと照合してAIが解析・判断する。使われるAIソフトは主に3つのマシーン・ラーニング用のものだ。
現在は、まず生活用品、食料品、飲料製品のパッケージやボトル向けに開発が進められている。ある程度廃棄物の状態が良く、包装部分が一部でも残されていれば、メーカーと品種まで分けることが可能だ。AIデータが蓄積され工程管理を最適化していけば、大量の廃棄物から「特定メーカー」の「特定種類」の「モノ」を分けることができる。破砕する前の段階で、特定のものを大量の廃棄物から分けることができるのである。一番最初の工程で「純度」を大幅に上げてしまう、という考えである。
技術の概要としては、まず、mlflowというマシーン・ラーニングのAIソフトを使い、別撮りした製品の複数画像、製品の基本仕様、コンベア上を流れた時の画像を基本データとして作成する。さらに、アマゾンのSageMakerというマシーン・ラーニングのAIソフトを使い、様々なコンベアの速度や幅、物体を流す量などのパラメーターを学習させる。それらのデータを全て統合し、マイクロソフトのAIクラウドであるAzureに格納する。
現在、Recycleye社がこのクラウドに保存している廃棄物の基本データ量は、260万点を超えている。Recycleye社では、このデータベースをWasteNetと名付け、同社の技術を使う顧客に公開する予定である。
Azureに格納したWasteNetの廃棄物データは、単なるモノの画像情報ではなく、コンベア上を流れた時の「モデルデータ」として格納されている。このモデルデータに対し実際の現場でコンベアに流れている廃棄物の画像が、どの程度の近似値を示しているかをAIが自己分析・診断し学習していくという機能が、この会社のAI開発の最大のポイントである。
クラウドに格納されたモデルデータは、実際の工場にあるサブ・コンピュータ(エッジ・コンピュータ)上に反映され、GitHubという拡張エンコードソフトで指令言語に変換して、ライン上での画像データと照合する。
この一連のAI開発は、全てRecycleye社のAIエンジニアが行っている。また、同社はAI開発でマイクロソフト社とも関係を持っている。
国内のリサイクル会社では既に、同社とNDAを締結し進捗情報を得ながら、国内への導入を検討している。現在、画像認識とAI学習の開発についてはほぼ完成しており、ロボットによるピッキングを組み合わせたテスト段階まで進んでいる。
リサイクルにおける「新しい価値」とは、ある廃棄物の一部の画像から、その製品を特定して、メーカーや材料を特定できることである。センサーや比重による、機械的な「材料種類別」の選別とは、そもそもの発想が異なる。ビッグデータとAIが無ければ実現は難しく、まさに、AIエンジニア側からもたらされた発想である。
欧州では、2022-2023年前後から、リサイクル材を含まないプラスチック包装製品に対するプラスチック包装税の導入が検討されており、特に、リサイクルでは食品用と非食品用のプラスチックを事前に分ける需要が急増している。食品用の包装材料は、リサイクル材料にも高い品質基準が求められるからだ。
Recycleye社では、将来、顧客が増えることで廃棄物データベース(WasteNet)が拡大し、あらゆるメーカーの全ての製品(廃棄物)のビッグデータをAI内に格納させることを目指している。 製品の基礎データと廃棄物になってコンベアを流れた時の現実のデータが世界中のリサイクラーから集められ、それらがビッグデータ化し、AIが学習しながら精度を高めた選別を達成できれば、廃棄物は、原料としての価値を大きく増すだろう。
大量のプラスチック廃棄物を「ブランド毎」や「製品毎」に分ける、という機械的な自動化技術は、今のところ他に存在しない。Recycleye社のAI技術は、この目標をリサイクルの現場で実現化できる、一歩手前まで来ている。
非常に似た技術で、カメラとAIとデータベースによって精度の高い使用済み「電池」の選別機械を開発・製造・販売している企業に、スウェーデンのRefind Technologies社がある。 同社は、既に電池の選別機械は販売を開始しており、商業的にも成功を収めている。 現在は、電池以外の廃棄物を製品種類別に分ける機械を開発しており、最終段階にまで来ている。
Recycleye社との大きな違いは、クラウド上にビッグデータを格納し多数のユーザーのデータを収集するという手法を取っていないことである。ただし、Refind Technologies社のシステムでも、データベースはユーザー間で共有が可能となっている。
同社も、AI技術者がリサイクル機械システムを開発している点では、 Recycleye社と同じである。
「3K」から資源開発へ
リサイクル業は「3K」の仕事、と言われて久しい。AIとビッグデータにより「ブランド選別」や「特定品選別」が可能になれば、製造者(メーカー)に対する廃棄製品の完全な資源ループの基礎を作ることができる。拡大製造者責任とリサイクル材の使用率が決められている欧州では、いち早くこの動きが産声を上げている。
こうした完全なループを次々に開発・構築することが、これからのリサイクラーの仕事になる。
その時には、リサイクラーの仕事は「3K」から、都市廃棄物を資源に戻す「開発の仕事」に大きく変わるだろう。Recycleye社やRefind Technologies社が目指している最終ゴールは、まさしくそこにある。
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