気候変動問題が深刻化する中、世界全体の平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5℃以下に抑える目標、いわゆる「1.5℃目標」の設定及びその達成に向けた動きが加速している。
「1.5℃目標」の達成のためには、今世紀半ばまでに世界の温室効果ガス排出量を正味ゼロ(net-zero)にする必要があり、そのためには企業活動からの温室効果ガス排出量を大幅に削減すること、ひいてはnet-zeroにする必要がある。
2021年2月16日現在、既に日本を含む120ヵ国以上が2050年頃のカーボンニュートラルの実現を宣言しており、世界が完全に脱炭素化に向けて舵を切ったことから、それに乗り遅れる企業には、様々なリスクの顕在化が予想される。このような背景から、各種企業評価制度等においても、企業の温室効果ガス排出削減目標レベルは重要な評価指標に組み込まれつつある。例えば、最も著名なサステナビリティ評価制度の1つであるCDP(Climate Change)では、次回2021年度の質問書において、Science Based Targets(SBT)の認定に加え、その目標レベルについても評価項目に含まれる予定となっている。
以上の背景から、SBT認定を取得する企業はもとより、SBT認定に加えてnet-zero目標を掲げる企業、また、SBT認定は取得していないもののnet-zero目標を公表する企業が増えている。
一方、企業のnet-zero目標は、対象とする排出源、事業範囲及び時間軸に加え、目標を達成するための方法論が企業によって異なる等の課題がある。例えば、バリューチェーン全体(Scope1,2,3)での温室効果ガス排出量ゼロを掲げる企業もあれば、net-zeroの対象範囲が限定されている企業もある(例:Scope1,2)。また、クレジット等を活用したオフセットによるnet-zero達成を掲げる企業もある。各企業のnet-zeroに向けたアプローチが多種多様であることが、ステークホルダーによる各社目標の比較・評価を困難にしている。
このような背景を受け、SBTイニシアティブ(SBTi)では、net-zero 目標の策定及び評価のためのフレームワークの構築を進めている。2020年9月に公表された報告書「Foundations for Science-Based Net-Zero Target Setting in the Corporate Sector」では、企業がnet-zero目標を設定する際の主要コンセプトについて整理している。
本報告書によると、企業がnet-zero目標を達成するためには、バリューチェーン全体でオーバーシュート1)することなく(あるいは限られたオーバーシュートにより)1.5℃目標に沿う排出削減を実現することが求められる。削減が困難な残りの排出量に対しては、同量の炭素を大気から回収・貯蔵(相殺手段, neutralization measures)する必要性を指摘している。つまり、net-zeroの達成のためには、SBTレベルの必要排出削減量ライン(例:1.5℃目標:4.2%/年、Well below 2℃目標:2.5%/年)については省エネや再エネ導入等による実質的な排出削減によって達成した上で、削減が困難な排出量に対し、大気からの炭素回収・貯蔵手段(相殺手段, neutralization measures)により削減することが求められる。
本報告書では、バリューチェーンの外での排出削減(例:社会全体における排出削減貢献量、排出削減活動への投資、クレジット購入)を「埋合せ手段(compensation measures)」と定義している。また、先の「相殺手段(neutralization measures)」とともに、グローバルレベルの脱炭素化を加速させる役割はあるものの、SBT達成の手段としては認められていないことを指摘している。さらに、大規模な炭素回収・貯蔵は、森林破壊や食料との競合など、他のSDGsの達成を妨げる可能性があることから、適用が制限される。
ただし、「埋合せ手段(compensation measures)」は現状、その評価方法が明確に定まっていないものの、企業が本業を通じて実現できること、またグローバルレベルの脱炭素化に少なからず寄与することから、今後その取扱いが検討されることとなっており、動向を注視することが必要である。
注1)オーバーシュート:ある特定の数値を一時的に超過すること。本記事では地球温暖化が1.5℃の水準を一時的に超過することを指す。
【参考資料】
CDP, Foundations for Science-Based Net-Zero Target Setting in the Corporate Sector
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