現在、世界ではエネルギーコストの上昇と資源サプライチェーンの変化により、多くの国で「重要な原材料」の囲い込みが進んでいる。大きな動きの一つといえるのが、リサイクル材の発生源でもある「スクラップ」を「廃棄物」として定義し直し、輸出に制限をかける法や規則の制定である。一昨年、欧州ではその先陣ともいえる規則案が提出された。
本稿では、その政治的な背景や、日本を含む世界が抱える資源循環の課題について解説する。
目次
1.資源サプライチェーンの変動により再定義された「スクラップ」
2022年11月、欧州委員会は世界で初となる、選別された「スクラップ」を「廃棄物」と同様の定義とすることを含む、新しい規則案を提出した。その規則案とは、「EU廃棄物輸送規則 (EU Waste Shipment Regulation、以下WSR)」 である。WSRは、元々の「EU廃棄物輸送指令 (EU Waste Shipment Directive: WSD) 」を、「指令」から「規則」に格上げするものであった。
様々な使用済み製品をリサイクルすることによって排出される、「鉄スクラップ」、「アルミニウムスクラップ」、「銅スクラップ」、「プラスチックスクラップ」、「古紙」等には、「商品の名称及び分類についての統一システムに関する国際条約(HS条約)」に基づいて定められた、物品コード番号(HSコード)が存在する。それらのスクラップは、国際的に「商品」として流通しているものであり、「廃棄物」と区別して貿易上の区分が明確になっている。
一方廃棄物は、バーゼル条約による別の規制を受けており、一定の条件を満たす場合を除いて国際間の取引が禁止されている。つまりスクラップは、規制対象である廃棄物と区別されることで、自由貿易の下で取引されてきたのである。
(注:日本語では、金属のスクラップを正式には「金属くず」と称しているが、本稿では「スクラップ」を用語として使用している。)
今回、欧州委員会はWSRを制定することにより、スクラップを廃棄物と同様の管理下に置くという方針を示したのである。言い換えれば、WSRでは、今後スクラップをこれまでのような「自由に国際取引可能な商品」として扱わない、という強い姿勢を示したことになる。
この背景には、スクラップをむしろ「資源」として扱わざるを得ない現在の国際情勢がある。
高価な原材料が使用された製品は販売価格も高く、それらの製品は、先進諸国で大量に消費されている。使用済みとなったそれらの製品を、コストをかけずに利益になる「スクラップ」として選別したものは、先進国が販売する国際商品として長年取引されてきた。一方で、金属、プラスチック、古紙など、スクラップにするにはリサイクルのコストがかかり過ぎる使用済み製品は、廃棄物ともスクラップとも区別がつかないグレーなものとして、リサイクル途中の「ミックス品」や「雑品」などの名称で、新興国や途上国に大量に販売されてきた。例えば、輸出時の物品コード番号(HSコード)は「銅くず」として輸出税関申告されていても、実際に品物に含まれる銅の分量は50%に満たないといったものが、多く存在していたのである。
それらは、販売先の国々で環境問題を引き起こし、年々深刻化していったが、世界各国の当局は、こうしたグレーゾーンの貿易を長年黙認してきた。なぜなら先進国では、そうした「ミックス品」や「雑品」は、前述したとおり、リサイクルするにはコストがかかりすぎることに加え、最終廃棄物の埋立場所も限られている中で、労働力が安価な途上国では、経済的に再選別して資源として活用できるという背景があったからである。
しかし、実はそれらのミックス品や雑品には、多くの有用な金属や希土類が含まれている。
そして2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻の開始により、世界でエネルギーコストの上昇と資源サプライチェーンの大変動が起こったことで、それらミックス品や雑品のような「グレーな品物」の資源的な価値が増すこととなったのである。
世界初となるEUのWSRは、2024年第1四半期中には、立法プロセスの全てが完了する見込みとなっている。
2.知られざるグリーンフレーションと財政規律の呪縛
EUが掲げるグリーンディールを実現するためには、2030年まで毎年6,200億ユーロ(約95兆円)の投資が必要と試算されている。欧州政府は、それらの投資資金は民間部門から得られると予測を立てているが、民間投資は盛り上がっておらず、風力発電やEVの充電ステーション等のグリーン化プロジェクトの多くは、政府の支援に依存している。それどころか、政府の支援を得られないプロジェクトは、ほとんどがとん挫しているという状況である。
しかし、各国政府が上記の巨額な資金をどのようにして調達できるのか、現実的な議論すら行われていないのが現状である。
欧州にはユーロ導入以来、加盟国の財政赤字を対GDP比3%未満、政府債務を対GDP比60%未満に抑えるという規律がある。この規律に対する是正手続きはあるものの、上記のような巨額の資金を調達するにはほど遠い制度である。すでに、イタリア、ベルギー、キプロス、オーストリア等、政府債務対GDP比60%の規律を超えている国は増え始めている。
米国もまた同様で、国債残高は2023年末時点で34兆ドル(約4,750兆円)に達しており、これは史上最高額である。
両地域ともに、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、ロシアの対ウクライナ戦争、エネルギー危機、記録的なインフレ、さらに、気候変動対策と先端技術の競争により、民間部門を含むサプライチェーンが大きく変化し、それをカバーするための政府債務が上昇し続けている。
そうした経緯もあり、グリーントランジッションへの補助金に対する圧力が強まっている。ドイツでは2023年12月、資金の枯渇により、EVへの補助金を予定より早く突然打ち切った。
欧米の各国はグリーントランジッションへの手厚い補助金を準備しているが、それがグリーンフレーションを誘導し、サプライチェーンの混乱や変革に伴うインフレにより、グリーンフレーションをさらに押し上げるという悪循環のスパイラルに入っているのである。
そのような状況の中で、グリーントランジッションのための「原材料の確保」は、ますます重要視されるようになってきた。
3.「重要な原材料」の囲い込みが進む
2023年8月、米国エネルギー省(DoE)は、銅とアルミニウムを米国の「重要な原材料リスト」に含めると発表した。同年3月時点では、米国地質学会(USGS)が、銅をリストに追加する要請を拒否し、物議を醸していた。しかし、地政学の影響でサプライチェーンが分断される危険が増したことから、米国政府は欧州政府と同様に、アルミニウムと銅をリストに含める決定をしたのである。
同年11月20日には、「人造黒鉛 (Synthetic Graphite) 」が、急遽EU原材料法の「戦略的原材料リスト」に加えられた。この土壇場でのリスト追加は、中国政府が2023年12月から黒鉛の輸出に制限を課すことを発表したためである。天然黒鉛 (Natural Graphite) は、この時すでにEU重要原材料法の「重要原材料リスト」に含まれており、事前に提出されたEU重要原材料リストには、銅やアルミニウムも含まれていた。EU原材料法では、2030 年までに、EU の年間消費量のうち、少なくとも 40% はEU 内で加工および精製することを求めており、65%を超えて第三国の1ヶ国に依存することを禁止している。これらの規則により、サプライチェーンは大きく変わらざるを得ない状況となっている。
また、リチウムイオン電池を破砕して生成されるブラックマスに関しても、新たに貿易用の物品コード番号 (HSコード) を作られることが決定されており、輸出入の明確化が行われることになっている。
2023年12月、パナマ政府は、世界最大級の銅鉱山の1つであるファースト・クォンタム・ミネラルズに対し、国内銅鉱山の全操業を停止するよう正式に命令した。この措置により、世界の銅供給への不安が一気に増すこととなった。
同じく12月、鉱業大手のアングロ・アメリカン社は、南米の主力銅事業の生産量を削減し、同社の2024年の銅生産目標が約20万トン減ることを発表した。20万トンは、銅鉱山が1つ閉鎖されるのと実質的に同じ量と考えられている。
それ以外にも、南米では資源ナショナリズムの高まりが鉱山労働者を巻き込む政治圧力に発展し、大きな変化が起きている。
これら南米での一連の資源ナショナリズムに起因する政治不安から、2025年は、銅の供給がひっ迫するという予想が大半を占めるようになっている。
2023年12月、米国のエネルギー省と財務省は、米国で販売されるEVのバッテリーサプライチェーンにおける規則案を発表した。これは、「外国懸念事業体規則 (FEOC:Foreign Entity of Concern) 」と呼ばれるもので、対象国で一定の所有権を持つ事業体から輸入したバッテリーやバッテリー材料を利用した車輛から、EVの税控除を外すというものである。企業ではなく「事業体 (Entity)」と定義しているのは、法人登記された企業以外を含む広範な組織を対象としているからである。対象国には、中国、ロシア、イラン、北朝鮮が含まれる。この規則は、米国におけるバッテリーサプライチェーンを別のものに変えるほどの大きなインパクトを持っている。
中国は現在、鉱石や半加工精鉱の精製・製錬処理能力のうち、リチウムでは66%、コバルトでは75%、マンガンでは95%、そして黒鉛では99%の世界シェアを占めている。また、インドネシアは現在、世界最大級のニッケル生産国となっているが、同国のニッケル業界は中国企業が寡占しており、そこでは、比較的低品位のニッケル鉱床を、硫酸ニッケルなどの高純度のバッテリー原料に加工する事業を主体に、投資が進められている。インドネシアは米国とFTAを締結しておらず、ニッケル原料の多くは、米国の「外国懸念事業体規則」が定める、中国企業の資本が25%以上の事業体で製造又は精製されている。
つまり、上記の原材料は、外国懸念事業体規則により、米国のEVバッテリーのサプライチェーンから外されるということである。
これら2023年後半に起きた一連の出来事は、一見バラバラに見えるが、実は本質的に同じ問題を解決するために行われている。それは、既製品から得られるリサイクル材を含む、重要な原材料の囲い込みである。
日本と欧米における原材料及び鉱物政策にとって最大の課題は、ほぼ未加工の世界の鉱物資源の輸出先が中国に集中しており、それらの鉱物資源の精製や製錬が、中国で行われているということである。
例えば、アルミニウムの製造において、ボーキサイトからアルミナを生成し、さらにアルミナを製錬してアルミニウム(アルミニウム新地金)を製造する工程は、日本では1ヶ所でも行われておらず、米国にも1ヶ所しか存在していない。軍事物資のみならず、産業のグリーン化にも欠かせないアルミニウムの製造のうち、バージン材であるアルミニウム地金の供給は、他国に大きく依存しているのである。
国際アルミニウム協会 (IAI) によると、2023年11月の世界のアルミニウム地金の生産量は、589万3000トンであった。そのうち中国の生産量は推定で350万トンとなっており、世界シェアの59.4%を占めている。
このような背景から、アルミニウムスクラップを域外輸出する際に制限を設けるという欧州のWSRは、今後、他国が模倣する先行指標となるとみられている。
4.依然として多く存在するリサイクル資源の未解決な問題
以上のように欧米諸国は、サプライチェーンから地政学的リスクを取り除き、「廃棄物」を重要な原材料や資源の「発生元」と見なし、囲い込み作業を着々と進めている。
最も期待されているのは「リサイクル」だが、リサイクルには技術的な課題と同時に、未解決の経済的な課題も多く存在するのである。
例えば、アルミニウムのリサイクルでは、アルミ飲料缶のような、ほぼ同一種類のアルミニウムを再溶解しリサイクルすることは比較的容易である。しかし、自動車、家電、家具、建築資材の使用済み製品から発生するアルミニウムには、様々な種類が存在し、それらを個別に選別する技術も発展途上である。レーザー光線やX線装置を用いた、種類別のアルミニウムの選別方法は確立されつつあるが、装置に投入する前に対象物の条件を整える必要があり、また、装置も高価で処理量も限られることから、コスト増加の問題がある。さらに、どれだけ選別したとしても、発生由来が使用済みの廃棄物であるため、リサイクルされた材料の中に不純物がわずかに混入することが避けられない。これはアルミニウムに限ったことではなく、鉄、非鉄、プラスチック、希土類など、全ての原料に当てはまることである。そのためリサイクル材は、製品によっては、使用される範囲が限られるのである。
さらに大きな問題は、リサイクル工程で発生する「最終残渣」である。最終残渣は一定量発生することが避けられず、燃料や産業用の副資材に転用できないものは、埋め立てせざるを得ない。これまではグレーな物品として廃棄物と一緒に輸出されていた物も、国内に留まることになるため、人口密度が高く廃棄物の発生量が多い国になればなるほど、この問題は将来的に大きなものとなる。この点については、関係当事者がなかなか声を上げられない所もあり、欧州のリサイクル業界団体は、暗に警告を発している。
5.解説
「廃棄物」を産業や都市から発生する「資源」とするために欧州で制定されるWSRは、社会的な大きな実験といえる。
さらに、「重要な原材料」を指定することで、廃棄物にそれらが含まれる場合には、当局による規制の対象となるという政策も、今後世界に広まると考えられる。
しかし、未解決の課題も多く、現状では補助金などでパッチを当てる政策が取り入れられているというのが実態である。
課題の根本的な解決を目指すためには、材料開発や製品設計の段階から、製品の「リサイクル性(能)」を飛躍的に高めるだけでなく、回収のし易さやリサイクル材が安定した品質を保てるような取り組みが重要である。そのような取り組みは、資源循環のためには避けて通れない重要なポイントである。
そしてこれらを実践できるかどうかが、次の資源循環のステージに残るための解になると思われる。
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