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ネイチャーポジティブの基本知識|国内外の取り組みと枠組み

生物多様性の喪失は、気候変動に並ぶ重大なグローバルリスクであり、企業は対応を迫られている。全世界の国内総生産の半分以上は自然資本に依存していると指摘されており、対応は喫緊の課題である。そのような中、「ネイチャーポジティブ」という概念が注目を集めている。本稿では、ネイチャーポジティブの定義や目的、その必要性や背景について詳しく解説する。また、国内外の取り組みと枠組み例や、企業がネイチャーポジティブを実現するための対応についても紹介する。

目次

  1. ネイチャーポジティブの定義と目的
  2. ネイチャーポジティブの必要性と背景
  3. 国際的な取り組みと枠組み
    3-1.生物多様性条約締結国会議
    3-2.TNFD
    3-3.IUCN
  4. 日本における取り組みと枠組み
    4-1.生物多様性国家戦略
    4-2.環境省によるネイチャーポジティブの施策
  5. 企業活動と自然のつながり
  6. ネイチャーポジティブの今後の展望と課題
  7. まとめ

1.ネイチャーポジティブの定義と目的

「ネイチャーポジティブ(自然再興)」とは、減少の一途を辿っている生物多様性の損失の流れを止め、人間の活動が生物多様性に与える影響を最小限に抑えつつ、自然環境を回復・再生し、生物多様性を回復・増加させることを目指す概念である。ネイチャーポジティブの目的は、単に自然を守ることにとどまらず、自然と人間社会が共に繁栄できる環境を創出することである。具体的には、森林や湿地の再生、海洋生物の保護、都市開発における緑地の拡大などが含まれる。また、ネイチャーポジティブは、持続可能な開発目標(SDGs)とも関連しており、気候変動の緩和や生態系サービスの確保、経済的な持続可能性の向上といった利点を社会にもたらす考え方である。そのためには、企業や政府、地域コミュニティが協力し、自然資源の管理と経済活動のバランスを取ることが求められる。

2030年までのネイチャーポジティブへの軌跡図:2030年までのネイチャーポジティブへの軌跡
(出典:IUCN)

2.ネイチャーポジティブの必要性と背景

近年、生物多様性の減少が地球規模で進み、生態系の安定性や人間活動に深刻な影響を及ぼしている。特に、森林伐採、土地の過剰利用、気候変動などの要因が複合的に作用し、多くの動植物の生息地が失われている。このような状況の改善のために注目されているのが、先に解説したネイチャーポジティブの考え方である。先述のとおり、ネイチャーポジティブの概念では、経済活動の中で自然への影響を最小限に抑え、個々の活動が環境に与える影響を評価し、より良い選択を促すことを目指している。さらに、自然資本の評価を通じて、生物多様性の保全が経済成長に寄与することを示し、企業や政府が持続可能な開発目標を達成するための要として機能する。この背景には、持続可能な社会を実現するためには、自然との共生が不可欠であるとの認識が広まっていることが挙げられる。ネイチャーポジティブは、今後の環境政策や企業戦略の基盤として、ますます重要な役割を果たすことが期待されている。

3.国際的な取り組みと枠組み

ネイチャーポジティブの推進のため、生物多様性の保全と持続可能な利用を目指し、現在多くの国際的な取り組みが行われている。

3-1.生物多様性条約締結国会議

生物多様性条約締約国会議(以下、COP)とは、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的として、世界各国が集まり協議を行う重要な国際会議である。2010年のCOP10では「愛知目標」が採択され、生物多様性の損失を止めるための20の具体的な目標が設定された。その後、2022年に開催されたCOP15では、これらの目標を引き継ぐ形で「昆明モントリオール生物多様性枠組」が採択され、2030年までに生物多様性を回復させるための新たな目標が設定された。

会議名

採択された枠組み・目標

目的
2010年 生物多様性条約第10回締約国会議(COP10) 愛知目標 2020年までに生物多様性の損失を止めるための20の目標を設定
2022年 生物多様性条約第15回締約国会議(COP15) 昆明モントリオール生物多様性枠組 2030年までに生物多様性を回復させるための具体的な目標を設定


3-2.TNFD

自然関連財務情報開示タスクフォース(以下、TNFD)は、企業や投資家が生物多様性に関するリスクと機会を財務情報として開示するためのフレームワークを提供している。これは、企業が自然環境に与える影響および自然への依存の状況を可視化し、持続可能なビジネスモデルを促進するための重要な取り組みである。

3-3.IUCN

国際自然保護連合(IUCN)は、自然保護に関する調査・研究を行っている国際機関であり、世界中の絶滅危惧生物のデータベースである「レッドリスト」を作成している。また、科学的知見を基に様々な政策提言等を行っており、世界中の政府、機関、専門家が協力して自然保護に取り組むためのネットワークを構築している。

4.日本における取り組みと枠組み

日本のネイチャーポジティブの取り組みは、政府主導の政策と地域コミュニティによる実践が融合し、多様な形で進められている。

4-1.生物多様性国家戦略

生物多様性国家戦略とは、日本の生物多様性の保全と持続的利用を推進する基本枠組みである。1995年に策定され、以降、社会や環境の変化に応じて改定が行われてきた。自然環境の保護だけでなく、人間活動との共生を目指す施策が展開されている。主な目的は生態系の健全性を維持し、生物多様性豊かな国土を次世代に引き継ぐことである。これには野生生物の保護や生息地の再生、持続可能な農林水産業の推進、都市と自然の共生促進が含まれる。地域レベルでの取り組みを奨励し、地方自治体や市民団体の協力を重視する。戦略の実施には科学的データに基づく評価とモニタリングが不可欠であり、施策効果を把握し必要に応じ見直しを行う。気候変動が生物多様性に与える影響も強調され、適応策の強化が求められている。

4-2.環境省によるネイチャーポジティブの施策

環境省は、ネイチャーポジティブな未来を目指し、さまざまな施策を展開している。その中でも注目すべき取り組みとして、自然共生サイト認定制度、ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ、そして30by30アライアンスがある。

・自然共生サイト認定制度:企業や団体など、民間の取り組み等によって生物多様性の保全が図られている施設やエリアについて、「希少な動植物が生息している」等、自然と共生する基準を満たしているかを評価し、認定を行う制度。これにより、環境に配慮した活動を促進し、地域社会や企業の持続可能な発展を支援する。

・ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ:経済成長と自然環境の保護を両立させるための戦略的な計画である。このロードマップでは、環境への影響を最小限に抑えつつ、経済活動を持続可能な形で進めるための国の施策と方向性、また、企業や団体など民間に期待される取り組み(アクション)等が示されている。これにより、企業や自治体が自然に配慮した経済活動を行うことを促進し、長期的な持続可能性を実現する。

・30by30アライアンス:2030年までに、地球上の陸および海の30%を保護し、健全な生態系を保全することを目指す国際的な取り組み。このアライアンスは、政府、NGO、企業などが協力して、生物多様性の保全と自然環境の保護を推進することを目的としている。日本もこの取り組みに参加し、環境省が中心となり国内外での自然保護活動を強化している。

これらの施策を通じて、環境省は持続可能な社会の実現に向けたネイチャーポジティブな取り組みを進めている。

5.企業活動と自然のつながり

企業活動は、製造や輸送、エネルギー消費などを通じて自然環境にさまざまな影響を与えている。ネイチャーポジティブを実現するには、これらの影響を最小限に抑えつつ、自然環境を回復し、ポジティブな影響を与えることが求められる。まずは、TNFDの枠組みを活用し、企業が自らの自然への依存と影響を評価し、情報を開示することが推奨される。

企業は環境負荷を軽減する技術革新を進め、資源を効率的に利用する戦略も求められる。具体的な対応としては、例えば、再生可能エネルギーの導入や、製品のライフサイクルを考慮した設計などが挙げられる。また、生物多様性の保全を支援する活動や、環境に配慮したサプライチェーンの構築も重要な要素である。企業には、自然資源の持続可能な利用や生態系への配慮を重視し、ネイチャーポジティブな発展を目指すことが期待されている。

さらに、TNFDに基づいたネイチャーポジティブな取り組みは、企業が環境問題への対応を通じて、消費者や投資家から信頼を獲得し、ブランド価値を高める利点もある。環境意識の高まりにより、消費者は環境負荷の少ない製品やサービスを選ぶ傾向にある。企業は環境配慮型のビジネスモデルを採用することで、競争優位を築くことができると期待できる。

6.ネイチャーポジティブの今後の展望と課題

ネイチャーポジティブの進展には、国際的な目標や取り組みをはじめ、環境省が提唱する国家戦略やロードマップに基づき、環境保護と経済成長を両立させる持続可能なアプローチが求められる。今後の展望として、世界ではCOP15決議に基づく2030年や2050年の目標達成に向けて、国際的な協力が重要であり、各国が共通の目標に向かって連携して行動することが期待されている。また、自治体や地域コミュニティだけでなく、企業も積極的に取り組みに参加し、持続可能なビジネスモデルを確立することが成功の鍵となる。

しかし、課題も多く存在する。まず、政策と実践の間のギャップを埋めるための具体的なステップとアクションを示し、効果的な指標を用いた方法を確立する必要がある。資金不足や知識の欠如が、特に発展途上国においてネイチャーポジティブの取り組みを妨げる要因となっており、これらを克服するためには、国際的な支援と技術移転が不可欠である。さらに、30by30目標を含む2030年の生物多様性宣言やTNFDの提言を無視し、短期的な経済利益を優先する風潮が、長期的な環境保全を困難にしている。今後は、透明性のある意思決定プロセスとわかりやすい指標を通じて、生物多様性保全を社会的に評価し実現するシステムを構築することが求められる。

7.まとめ

ネイチャーポジティブとは、持続可能な経済活動を目指す上で、企業や個人が自然との共生を実現するための重要な概念である。生物多様性の喪失が進む中で、自然資本への依存度の高い私たちの生活を見直し、自然環境を積極的に保護し回復することが求められている。本稿ではネイチャーポジティブの定義や目的、その必要性や背景について詳しく解説した。企業は、事業活動が環境に与える影響を理解し、自然を守り回復させる取り組みを進める必要がある。

【参考資料】
ネイチャーポジティブとは – IUCN日本委員会
30 by 30 – 環境省