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脱炭素で産業界のリセットを促すグリーンメタル【前編】

グリーンメタルとは、温室効果ガスの発生がない、もしくは発生量が極めて少ない方法で材料を調達し製品を製造した金属の総称である。通常は、「グリーンスチール」、「グリーンアルミニウム」のように、金属の個別の種類で呼ばれる。

あまり話題に上がることがないが、将来、グリーンメタルがあらゆる産業にもたらすと考えられる影響の大きさを考慮すれば、現時点で理解を深めることは重要であるといえる。

カーボン・フットプリント情報開示の流れ

欧州では、既に様々な製品やサービスに対するカーボン・フットプリントの情報開示が検討されている。また、現在活発に議論されている炭素国境調整メカニズム(いわいる炭素国境税)は、EUのエネルギー転換における競争力確保に不可欠な問題、との認識が高まっている。欧州委員会は、2021年6月には具体的な指針を発表する予定である。

個別の具体的な例では、2024年7月1日から、バッテリーとそのライフサイクルの各段階における二酸化炭素(以下、CO₂)総排出量と、独立した第三者検証機関の証明書などを含むカーボン・フットプリントの申告の義務化が、新欧州電池指令に盛り込まれる予定となっている。EV製造の最大のテーマである走行用電池の調達は、既にカーボン・フットプリントと切り離すことはできない状況が生まれつつある。

カーボン・フットプリントの情報開示で問題となるのが、材料調達を含むサプライチェーン全体と製造工程でのCO₂の発生、そして、各セクターで使われるエネルギーの問題である。多くの製品で使われる様々な種類の金属には、解決すべき難題が山積みとなっている。なぜなら、鉱石の採掘、濃縮、輸送、各金属の製造、そして製品輸送には、膨大な化石燃料が使用され、CO₂が大量に発生するからである。そのため、使用するエネルギーの変更、工法や手段の変更、スクラップの利用、の3点がクローズアップされている。

既にスタートを切った欧州の動き

2020年8月、世界最大の非鉄先物市場であるロンドン・メタル・エクスチェンジ(LME)が、持続可能性戦略の柱として、LEMパスポート (LME passport)と呼ばれるデジタル資格情報の登録制度と、そのプラットフォームを推進することを発表し、関係者にフィードバックを求めた。LMEは、2020年12月にフィードバックを検討した内容を公開し、LEMパスポート導入の具体的な方針と日程を明らかにした。

詳細は下記のリンクで入手できるためご確認頂きたいが、変更点は大きく2つある。

1点目は、金属スクラップ、または金属スクラップ由来の再生材を新たに取引契約に含めること、2点目は、決裁時に分析証明書(certificates of analysis:CoA)の開示が必要になるよう、ルールを改正することである。

CoAには、「カーボン・フットプリント」と「リサイクル容量」の情報を含むように検討がなされている。カーボン・フットプリントの情報を持たない非鉄金属は、将来、先物取引ができないという状況が生まれる可能性がある。別の機会に報告するが、現在欧州では、サプライチェーン全体でのトレーサビリティ―を目的とするブロックチェーン型のプラットフォームの開発が盛んに行われ、各企業が持つ既存の統合基幹業務システム(ERP: Enterprise Resource Planning)にアドオンする流れが進んでいる。

グリーンスチールを取り巻く流れ

グリーンメタルのプロジェクトで事例が多いものに、鉄(スチール)がある。

以下に、いくつかの代表的なグリーンスチールの動きを記載する。

2019年10月、イギリスに本社があるグローバル鉄鋼大手のリバティー・スチール・グループ(LIBERTY Steel Group)は、2030年までに全製品をグリーン化すると発表した。世界10ヶ国200以上の製造拠点と従業員3万人以上を持つこのグループは、2010年以降「鉄鋼業界の風雲児」と呼ばれるインドのグプタ一家がオーナーで、Gupta Family Group Alliance (GFG Alliance))は、積極経営で有名な企業である。

翌年の2020年春、世界第2位の鉄鋼メーカーであるアセロールミッタル(Arcelor Mittal Europe)は、同社の気候変動レポート内で、2020年からCO₂を排出しない工法で製造されたグリーンスチールの開発を開始し、2030年までに事業で発生するCO₂排出量を30%削減、2050年までに正味ゼロにすることを発表した。

同年6月には、金属スクラップ業界で最大手の1社であるEMR (イギリス本社)が、2040年までに事業による温室効果ガスの発生をネットゼロにすることを発表した。グリーンスチールに対する金属スクラップ供給者側の対応である。

ドイツでは、鉄鋼業界がドイツの産業が直接排出する温室効果ガスの約3分の1を占め、2019年時点で、CO₂排出量は3,600万トンを超えている。

2020年12月3日、ドイツ政府は、同国の鉄鋼メーカーであるザルギッターAGグループ(Salzgitter AG group)に、500万ユーロ(約6億5000万円)を、環境にやさしい鉄鋼製品(グリーンスチール)生産に向けた水素プロジェクトの費用として援助することを発表した。

その翌日12月4日には、ドイツのエネルギー会社STEAG GmbH、鉄鋼最大手のテッセンクルップ(thyssenkrupp Steel Europe AG)、電解設備メーカーのテッセン・エンジニアリング(thyssenkrupp Uhde Chlorine Engineers)の3社が、鉄鋼生産用の共同水素プロジェクトを発表した。グリーンスチール生産向けのプロジェクトである。

同じく2020年12月4日、欧州委員会の外郭団体で持続可能なエネルギー開発を推進するEIT イノ・エナジー(EIT InnoEnergy)は、グリーンスチール生産向けに、スウェーデンで水素を生成するプロジェクトに50億ユーロ(約6,500億円)を段階的に出資することを発表した。水素は、再生可能エネルギーを電力源に作られる予定である。

このように、化石燃料と原子力を排除したい欧州政府は、水素戦略を打ち出し、グリーンスチールに向けたプロジェクトを相次いでスタートしている。

欧州の「水素戦略」に対し、欧州の科学者の一部はかなり懐疑的な見解を示している。水素は、水(H₂O)として地球上に多量に存在するが、水素単体として存在するものは、地球の大気中に1ppm以下しかなく、天然ガスの中に微量に存在するだけで、ほとんど存在していない。また、融点が摂氏 −259.2 ℃と低く、比重が 0.0695と気体として最も軽いため、生成、輸送および保管における、安全を含めた管理が難しく、大量に扱うエネルギーとしてはコストが掛かりすぎることなどが理由である。

しかし、欧州の政策当局と投資家にとって、水素戦略は重要な政策テーマとして不動の地位を築きつつある。

CO₂を発生させない再生可能エネルギーや水素はコストが掛かる。EU政府が「炭素国境調整メカニズムは産業存続に不可欠な問題」、としている理由は、まさにここにあるのである。

カーボン・フットプリントを含む環境負荷情報の開示義務が拡大すれば、将来、自動車や家電を含むあらゆる製品メーカーに、グリーンスチールの需要が高まると予測されている。欧州では、エネルギー転換が急激に進んでおり、グリーンスチールの開発プロジェクトは公的支援の対象となり始めている。

本稿のタイトルを「新秩序」としたのは、エネルギー転換の達成が、グリーンメタルの絶対必要条件であるからである。前述のとおり、金属の製造とそのサプライチェーンでは膨大なエネルギーを使う。エネルギー転換なくして、グリーンメタルは製造できない。

中国の国家戦略

中国では、2021年1月1日から、廃棄物由来の「再生原料」の輸入を再開した。名前は「再生原料」で細かな定義があるが、事実上は、一般的に分類される品質の良い金属スクラップである。(以下は、分かりやすいように「鉄」に絞って説明するが、他の金属も概ね同様の流れである。)

中国工業情報化部(MIIT)による2021-2025年の5ヶ年経済計画の鉄鋼生産ロードマップ草案では、電気炉(EAF)の生産比率を、国内の粗鋼生産量全体の20%に増やし(2020年はおよそ10%)、転炉におけるスクラップ・チャージを含めた鉄スクラップの総使用比率を、粗鋼総生産量の30%に増やす、としている。中国国内の鉄スクラップの発生量は増加する見込みのため、ある程度供給は確保されるようだが、調整メカニズムとしての輸入オプションは、必要不可欠である。

中国最大の鉄鋼メーカーである宝鋼(宝武鋼鉄集団)は、15年以内にグリーンスチールの生産を商業化するため、2025年までに水素で鋼製品を製造する実証プラントを稼働させる予定としており、これは、欧州鉄鋼メーカーのグリーンスチール戦略への対応、としている。

また、同じく世界第4位、中国第2位の鉄鋼メーカーである中国の河北鋼鉄集団(HBIS Group Co.,Ltd:HBIS)は、持続可能な鉄鋼生産に向け、昨年よりグリーンスチールへの対応を本格的に開始している。

鉄鋼生産におけるCO₂削減の中心は、鉄スクラップを原料に使用する電気炉(EAF)だが、工程で使用する膨大な電力のエネルギー源が問題となる。CO₂が発生しない電力としては、具体的には太陽光、風力、原子力、水力といった再生可能エネルギーが選択肢となるが、この中で、気象状況に左右されず最も安定しているのが原子力発電である。

世界原子力協会の2020年11月の更新データによると、中国は国策として、自国で完結できる原子力サプライチェーン(特に第三世代の最新炉)を完成させ、重電用の主要部品を含む核技術を輸出することで「中国原子力のグローバル化」を目指している。2026年頃にはアメリカを抜き、世界最大の原子力発電量と原子力サプライチェーンを持つ、原子力超大国となることを目指しており、ウラン採掘から濃縮を含めた全てのサプライチェーンの自給を、国のエネルギー戦略の1つとしている。

分かりやすいように、電力容量ではなくプラント数でいうと、中国の原子力発電所の数は、現在約50、2030年には100前後、2050年には最大で400前後になると予想されている(注:データ元により多少異なる)。

鉄鋼生産用電気炉(EAF)向けの膨大な電力をまかなうには、再生可能エネルギーでは安定しない上にコストが高すぎるが、原子力発電は安定している上、自国でサプライチェーンを完結できれば、大幅なコスト削減が可能になる。

高炉による鉄鋼生産の場合、欧州は再生可能エネルギーによる電力を水素生成に利用するが、中国は水素生成にも原子力発電を利用することが可能である。

中国の鉄鋼メーカーは既に、高炉も電気炉も、エネルギー転換に伴うグリーンスチールに向け動き始めている。スクラップ輸入の再開は、電気炉と原子力発電所の増加を伴う国の温室効果ガス削減政策と一体となった、鉄鋼産業の中期的な戦略なのである。

安い電力コストに加え、原料鉄スクラップの大量購入と製品の大量生産により、中国のコスト競争力は一層増すこととなる。鉄スクラップ輸入のための港湾施設や道路整備、保管場所を含めた圧倒的な規模のインフラは、既に存在しているからである。

鉄は、あらゆる製品に使われる。将来、製品仕様書へのカーボン・フットプリントの情報開示義務化と同時に、グリーンスチールの需要は急増すると推測される。

一方、現在の世界最大の鉄スクラップ輸入国はトルコである。年間2,000万トン近い鉄スクラップの輸入は、ほとんどが海上輸送で行われている。トルコには、稼働している原子力発電所がなく、計画中のものはあるが未知数で、現時点では自国で原子力エネルギーのサプライチェーンを完結できる見込みはない。グリーンスチール製造へのハードルは高く、未だロードマップもないという状況である。

このような背景から、トルコ産の安価な鉄鋼製品の影響を受け続けている欧州にとって、グリーンスチールは産業の防波堤になるといえる。

本稿では詳細は割愛するが、アメリカでも相次いで電気炉の計画や投資が発表されている。グリーンスチールに向けた鉄スクラップ需要は、今後減ることはないだろう。

では、グリーンメタルが産業にもたらす構造変化の「真の狙い」とはいったい何なのか、については、後編で解説する。

後編はこちら:【後編】脱炭素で産業界のリセットを促すグリーンメタル

【参考資料】

LMEpassport:Discussion Paper Response

世界原子力協会 更新データ

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