カーボンニュートラルに向けたエネルギー転換において最も重要な燃料となるのが、「持続可能」なバイオマス燃料である。
主に輸送セクターの燃料や暖房システムに使われるバイオエタノールや、バイオディーゼル、発電用燃料に使われる木質ペレットは、一般的によく知られている。
たとえ自動車が電動化しても、充電する電力が再生可能エネルギーで生産されなければ、全体としてカーボンニュートラルを達成することができない。電力は消費のピーク時に合わせて供給容量を確保しなければならず、欧州では再生可能エネルギーのエネルギーミックスとスマートグリッドが急速に進められ、財政援助や欧米金融機関の投資も活発化している。
本稿では、主に日本が中心となり発電用バイオマス燃料として今後利用が拡大していく「アブラヤシ殻(PKS)」について、脱炭素化における有利点とその将来を予測しながら、先行する欧州のバイオマスをめぐる方向性を鑑みて、詳しく解説していく。
欧州の気候変動政策担当トップが表した発電用木質ペレット燃料の方向性
現在、欧州の再生可能エネルギーの約60%近くはバイオマス由来である。そのうち、およそ18%は管理再生林を利用した、主に国外から輸入される木質バイオマス燃料によるものである。
2021年5月末、欧州グリーンディールを担当する欧州委員会の副委員長であり欧州の気候変動政策のトップを務めるフランス・ティメルマンス氏が、Euractiveのインタビューの中で以下のような発言をし注目を集めた(詳細は、下記のリンクをご参照ください)。
I don’t think that will grow. In proportion to the other renewables, it will probably become smaller, not bigger.
「(木質ペレットバイオマスが)今後も成長するとは思いません。他の再生可能エネルギーが増加するにつれ、バイオマスの比率は将来的に小さくなるでしょう。」
出典元:Euractiveより
欧州グリーンディール政策担当のトップが、バイオマス(発電)に対し将来減少する見通しである趣旨の発言をしたのは、恐らく初めてのことと考えられる。
欧州委員会はバイオマスの必要性と重要性を強調しつつも、炭素会計の議論や生物多様性の問題から、燃料を生産する目的だけで森林を伐採・再植林して得られる木質ペレット燃料は、今後、積極的に推進しない方針を明確にしつつある。ただし、英国や北欧の国々では、木質ペレット発電が再生可能エネルギーでなくなると達成すべき再生可能エネルギー比率に影響が出るため、議論は継続している。
元々木質ペレットを発電に利用するようになった経緯は、森林を管理する際に出る間伐材やその枝葉、製材所から出る木質残渣などを廃棄せずエネルギーに利用するためであった。実際に古くからある欧州の木質ペレット工場は、製材所の近隣や森林廃棄物を運びやすい地域に建設され、小型の発電施設が併設されている所が多い。本来は廃棄される残渣を利用することから、環境に優しい手法といえた。
しかし、現在世界的に一般化した、海外から輸入する木質ペレット燃料は、再生可能エネルギー比率の目標と電力の固定買取制度(FIT)によって拠出される補助金を軸とした、投資機関による収益スキームによってもたらされ、残渣ではなく、森林を伐採して再生林により燃料を製造するという手法に大きく変化してきた。アメリカ、カナダを中心に、過去5年で、ラトビア、エストニア、ロシア、ブラジル、東南アジアで森林伐採と再生林を行う「木質ペレット工場」が急増している。
環境団体だけでなく科学者からも多くの批判が出ており、欧州の政策当局も方向転換を迫られているというのが実情なのである。
炭素会計で可視化されにくい木質ペレット燃料の様々な課題
一般的にはあまり知られていないが、発電用の木質ペレットは、実は燃料として燃やすまでの様々な工程で温室効果ガス(以下、GHG)を発生させている。
発電用の木質ペレットを作るには、まず、伐採し枝葉を落とした木を工場まで運び、樹皮を取り除いてチップ状に細かく裁断する。さらに、それらのチップの水分量を10%程度まで落とすために「炉(ボイラー)」や「水蒸気熱」を使って乾燥させる。乾燥したチップは一旦粉状に粉砕した後にペレット状に固められ、さらに一定温度にまで温度を下げていく。
ここまでで、初めて燃料用のペレットの状態となるが、これらの各工程でGHGが発生するのである。筆者は年間20万トン程度を生産する中規模の木質ペレット工場の電力消費量を計算したことがあるが、木質ペレットを製造する工場だけで、年間およそ6万5000kWの電力を消費する。さらに、乾燥ボイラーや水蒸気を発生させる施設で燃料を燃焼する際に出されるGHGが、これに加わることになる。工場の設置にはおよそ25億円程度かかり、工場設営で発生するGHGも多い。
完成したペレットは港で一時保管されるが、この際、雨に濡れると燃料として使用できなくなるため、屋根付きのコンベア等を使って船に積み込む。このように各工程でGHGを発生させて製造された木質ペレットは、大型貨物船で太平洋や大西洋を横断して運ばれ、日本の港で荷役をし、発電所に運ばれる。しかも、石炭に比べ発熱量が60%程度のため、より多くの量を輸送しなければならない。
さらに、伐採後の再生林も自然に生育するのではなく、重機により整地を行い、苗木をトラックで運び植林するため、ここでもGHGが発生することとなる。
これらは、必ずしも全てが炭素会計に加算されてはいない。また、これだけの投資と各工程でのコストが掛かるため、補助金のないスキームでは事業が成り立たないのである。
木質ペレットはカーボンニュートラルである、とする時に必ず引き合いに出される、「木が成長する時に二酸化炭素(以下、CO₂)を体内に固定したため、木を燃やしても植林すればカーボンニュートラルである」、という理論は間違いではないが、それは、「立っている木がその場で燃えて、自然に再成長した場合」に当てはまる理論といえる。
より科学的な根拠に基づくバイオマス燃料とGHG発生の関係については、欧州委員会が2021年1月25日に発表した「EUのエネルギー生産における森林バイオマスの使用」という公式調査レポートで、詳しく論じられている。レポートでは、現在の森林バイオマス燃料の生成過程24パターンのうち23パターンにおいて、化石燃料よりもCO₂を多く発生させるか、自然破壊のリスクが存在する、とされている。
冒頭のとおり、欧州では木質ペレットがカーボンニュートラルな燃料であるという認識はすでに薄れてきており、政策担当者もそれを公式に認め始めている。そのため、もはやカーボンニュートラルとはいえない燃料に税金を投入する正当性が大きく揺らいできており、 (特に輸入による)木質ペレット燃料を使う発電所への補助金の取り扱いが現在の焦点となっている。欧州で電力の固定価格買取制度(FIT)が、フィードイン・プレミアム(FIP)や差金決済制度(CfD)に取って代わりつつある理由は、増加する補助金の抑制とその正当性への厳格化によるものである(これまで木質ペレットがカーボンニュートラルな燃料として欧州で補助金の対象にされてきた経緯の詳細については、本サイトの2021年3月23日の記事をご覧ください)。
このような経緯で、欧州の金融機関は新規の木質ペレット燃料発電プロジェクトへの投資に対し慎重になっている。前述のとおり、補助金がなければ輸入木質ペレット発電は事業として成り立たないからである。
ただし、自然環境や天候の影響を受けないバイオマス発電による再生可能エネルギーの必要性は変わっておらず、輸入木質ペレットに代わるバイオマス燃料への期待は高い。
残渣である「アブラヤシ殻」のポテンシャル
アブラヤシ殻は、アブラヤシの果房からアブラヤシ油(以下「パーム油」とする)を搾った後に残った果房殻のことである。パーム油は、お菓子を含む多くの食品、化粧品、またはバイオディーゼル燃料として世界中で利用されており、生産国はインドネシアとマレーシアの2ヵ国で世界シェアの85%以上を占める。
アブラヤシ殻は、英語の表記であるPalm Kernel Shellを略してPKSと表記される。
マレーシアのアブラヤシはTenella種といい、やや小ぶりで繊維が多く、Tenella種のPKSには匂いがあるのが特徴である。インドネシアのアブラヤシはDurra種といい、Durra種のPKSはマレーシア産のTenella種に比べ、匂いは少ない。
PKSは、膨大な量が長い間残渣として廃棄されていたが、現在はこれが発電用に利用されている。
しかし、PKSの発電用燃料への使用は北米や欧州ではほとんどなく、予定している使用量は日本が世界でも圧倒的に多い。PKSには木質ペレットのような英米金融機関の利権構造はなく、主に日本が独自に調達を計画しているバイオマス燃料となっている。
木質ペレットのエネルギー量は1kgあたり約3,900~4,000kcalであり、PKSもほぼ同等である。一方で、PKSは木質ペレットのようにエネルギー密度やサイズが均一化されていないこと、無加工のため水分量がおよそ20%程度であることなどが違いであるが、加工や乾燥工程が必要なく、残渣の状態のままで利用できる分、GHGの発生は木質ペレットに比べて少ない。また、木質ペレットのように一旦粉末状にしたものをペレット状に固め直していない自然のままの状態であるPKSは、雨に濡れても問題ないため野外でも保管が可能であり、管理にかかるGHGの発生も抑えられる。
さらに、加工工程がないことから値段も木質ペレットに比べて安価となる。実際の国際流通価格は、長期売買契約の木質ペレットより20~30%程度安価となっている。
最大の課題は、現在石炭で発電を行っている微粉炭炉で混焼使用ができない、ということである。新たな設備が必要なため、発電所はプロジェクトを通して金融機関とファイナンスを組まなければならず、その場合、開発が思うように前に進まないケースもある。PKSを発電用燃料として利用するには、流動床炉やストーカー炉が必要なため、現在保有されている設備の改造で対応できる所も限られている。それでも、木質バイオマス発電が先行する欧州で、輸入木質ペレット発電に対する逆風が起きていることを考えると、PKSへの投資は、むしろ安全といえるかもしれない。
もう1つの課題は、PKSがパーム油の残渣であることから、パーム油の生産量にPKSの生産量がそのまま左右されることである。アブラヤシ農園とパーム油生産所は小規模な所が多く、多量のPKSを短期に集めるためには、ある程度の数の集荷施設を現地に持つ必要がある。しかし、パーム油自体はその優れた多用途特性と世界的な需要増もあり、今後も安定して生産される見込みとなっている。
このように、PKSにも一定の課題はあるものの、それらはある程度明確になっており、技術面も含め課題の解決は十分に可能であると考えられる。
解説
欧州では、再生可能エネルギー関連企業と投資する金融機関が、輸入木質ペレットが再生可能エネルギー燃料としてクリーンであるとするキャンペーンとロビー活動を長年にわたり続けてきた。そこで掲げられてきたのが、前述の「木が成長する時にCO₂を体内に固定したため、木を燃やしても植林すればカーボンニュートラルである」 という主張である。しかし、欧州でその実態が明らかになりつつあるように、このスキームとクリーンな根拠は崩壊の兆しを強くしており、すでに補助金への風当たりは相当強くなっている。今年に入りオランダでは、議会が新規の木質ペレットバイオマス発電事業への補助金を一時停止する決定をしている。
「パーム油」についてもまた、近年欧州で、プランテーションによる森林破壊や不当労働の問題が指摘されるようになっているが、それらは燃料用のPKSを採取することによるものではなく、欧米、インド、中国を中心に利用されている「パーム油加工品」の生産によるものであり、燃料生産のためだけに森を切り開いている木質ペレットとはその点で大きく異なっている。
量的に木質ペレットの代替になり得るバイオマス燃料は、今の所、日本ではPKSが最も有力な候補である。しかも、前述のように木質ペレットに比べGHGのフットプリントが小さい点は、大きな利点であるといえる。
欧州で先行する輸入木質ペレット発電と、その補助金の転換の流れを考慮した場合、日本において、今後ある時点でPKS発電への投資をより加速せざるを得ない状況が来る可能性は、高いといえるであろう。
【参考資料】