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「脱炭素」と欧米の「カーボンニュートラル」の相違点

2021年5月、独自の調査とコンサルティング業務を通じて持続可能な世界を推進する、オランダの環境コンサルタント会社であるデルフト(CE Delft)が、EUの炭素排出量取引(EU ETS)に関するレポートを発行した。このレポートは、カーボンマーケットウォッチ(Carbon Market Watch)に作成委託されたものである。カーボンマーケットウォッチは、炭素価格の専門機関で、国際機関および欧州連合での政策提言活動の実績を持つ非営利団体(NGO)である。

このレポートの詳細は下のリンクより閲覧することができるが、レポートのサマリー部分を要約すると、以下のようになる。

EUのうち19ヵ国で最もCO₂を大量に排出する15の産業セクター及び航空産業が、2008年から2019年の間に欧州排出量取引制度(EU ETS)から得た利益は、およそ300億から500億ユーロ(約3.9兆円~6.5兆円)にのぼるとされる。
これらの利益は、主に下記の3つから得られたものである。

1) 無償排出枠の過剰配分による利益
2) 削減枠達成のために安価な国際的カーボンオフセットを利用することによる利益
3) 取得した無償排出枠(Allowance)の一部を製品価格に転嫁することによる利益

まず前提として、欧米では、純粋に炭素発生を減少させる「脱炭素」という言葉や概念は、大枠では用いられるものの、具体的な政策や企業の経営戦略にはほとんど使用されておらず、基本的には制度としての炭素会計に基づく「カーボンニュートラル」という表現が使われている。

カーボンニュートラル」は、日本語の概念としては温室効果ガス(この場合Cを含むという意味で「炭素」)の発生を「ネットでゼロにする」と言い換えることもできる。つまり、温室効果ガスは排出するが、それを炭素会計に基づき法的な枠組みで認証された方法で相殺することで、ネット排出量をゼロにする、ということである。

上記のデルフトによるレポートのサマリーのような結果となった背景として、一つにはEU ETSの制度設計の問題があるが、もう一つには、企業における戦略が、単純に「炭素の排出枠以内に発生量を抑える施策を実施する」ということではなく、「制度を有効に利用し、炭素会計上で排出枠を効率的に達成する」とされていることによる部分が大きい。
世界で進む「カーボンニュートラル」を適切に理解するにあたり、この産物がこれまで22年の間に最大6.5兆円もの含み益を企業にもたらしてきた事実を知っておくことは、重要であるといえるであろう。
なぜなら、日本で主流となっている「脱炭素」という言葉の概念には、欧州でいうところの「カーボンニュートラル」のような、含み益を企業が享受し競争力を維持しながら炭素削減目標を長期的に達成するという、制度設計や方針が見当たらないからである。

この「カーボンニュートラル」を時間軸とともに構築することがEU政府(あるいは欧米政府)や企業の「戦略」であり、理解すべき最も重要な部分であるといえる。従来、この種の解説は国内ではほとんど示されたことがないため、本レポートにて、まずは上記デルフトのレポートの1)~3)に沿って概要を記載する。詳細については、今後、テーマを絞ってお知らせしていく予定である。

EUの炭素排出量取引制度(EU ETS)が欧州企業にもたらした膨大な利益

まず、上記1)の「無償排出割当の過剰配分による含み益や利益」は、企業や産業に割り当てられた炭素排出枠以上に、無償で提供される排出割当の方が多いことから発生する。企業は、余剰分を市場で販売することが可能で、過去には次年度に繰り越しも可能であった。ただし、排出枠と無償排出割当の全総量を比較すると、2019年にはこの余剰問題は解決している。

一方で、EUではEU ETS(欧州排出量取引制度)が2021年1月1日からフェーズ4に入ったが、EU ETSの強化によってEU域外へ生産を移転する可能性の高い特定の産業セクターについては、100%の無償排出枠割当を継続することを決定している。EU全体の排出許容量の総量は、前の10年(フェーズ3時)の年率1.74%の減少から、2021年以降は年率2.2%の減少へと減少率を増加させるが、上記の特定産業セクターの無償排出枠割当については、減少率の明確な数値を示していない。
これは、上記1)の「無償排出枠の過剰配分による利益」の可能性を引き続き残しているということになる。そうすることで、炭素削減で発生するコストを回避し、余剰な排出枠については市場で取引が可能となるからである。

次に、上記2)の「削減枠達成のために安価な国際的カーボンオフセットを利用することによる利益」とは、以下のようなものである。
企業は、京都議定書に規定されたクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism (CDM))や共同実施スキーム(Joint Implementation (JI) scheme)によって、国外で削減されたGHGをクレジットとして自社の排出枠に適用することができる。国内のGHG削減コストが比較的高い先進国では、コストが低く、排出削減目標に適用できる炭素クレジットを獲得できる別の国でプロジェクトを立ち上げることで、コストを抑えてきた、というものである。

環境技術は日進月歩で進化しており、企業は2030年に向けて今すぐ投資するよりも、現時点では、オフセットが可能な範囲ではよりコストメリットのある方法で炭素クレジットを購入して、技術が十分に利用可能になるまで待つ、というのも欧米企業の戦略の大きな柱となっており、そこに炭素クレジットの需要があるのである。

また、上記3)の「取得した無償排出枠(Allowance)の一部を製品価格に転嫁することによる利益」の「無償排出枠」とは、割り当てられた排出枠に対し、政府から無償で提供される排出枠のことであり、少々仕組みが複雑なものとなっている。しかし、レポートによると、このシステムにおける企業の含み益が最も大きく、2008年から2019年の11年間で総額260〜460億ユーロにのぼるとされている。

例えば、ある製品の生産企業Aが炭素の無償排出枠の割当を得て、それが全生産の50%分に相当するとした場合、現在の生産システムを使う限り、残りの50%の炭素排出量を削減するか、あるいは炭素クレジットを購入する必要がある。この炭素排出量の購入費用は会計上もコストとなり、製品価格に転嫁される。一方、全く同じ製品を作る別の企業Bは、企業Aよりも効率が良い生産システムを持っているため、無償排出枠割当分で全生産の70%をカバーできる。企業Bは、生産の30%のみの炭素排出量を削減するか、クレジットを調達すればよく、生産コストは下がる。
企業Bは企業Aよりも安く製品を販売できるが、実際には暗黙のうちに企業Aと同等の価格で製品を販売すれば、企業Bはその分の利益を得ることができる。鉄鋼やセメントのように国際的な流通価格が形成される製品では、特にこの傾向が強い。
また、無償排出枠割当が生産の100%以上となる企業の場合、その企業は余った枠を炭素市場で販売することが可能となる。
レポートでは、無償排出枠と炭素市場によって上記のような見えない利益が産み出されてきた、とされている。


解説
EU ETSは、CO₂を大量に発生させる産業セクターにとって大きなコスト負担となると予測されてきたが、実際にはその逆で、これまでにもすでに大きな含み益を生み出していたということが、上記レポートにより明白になった。

欧米が推進している「カーボンニュートラル」とは、政策の制度設計、企業戦略、投資家の資金供給が一体となった、「炭素を軸とした経済テンプレートの転換」であるということを理解する必要がある、と筆者は考えている。EU ETSがCO₂を大量に発生させる産業セクターにとって負担となるのではなく、経済活力を増す作用があったということは、経済テンプレートの転換を推進する上で、重要なポイントである。

2018年以降、炭素クレジットのための自主的炭素市場(voluntary carbon market)は急拡大しており、「自主的炭素市場に関するタスクフォース(TSVCM)」の調査によれば、炭素クレジットの年間世界需要量は、2030年までに最大1.5〜2.0ギガトンのCO₂相当量、2050年までには最大7〜13 ギガトンのCO₂相当量になるとの予測が出ている。自主的炭素市場とは、京都議定書に基づくクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism (CDM))や共同実施スキーム(Joint Implementation (JI) scheme)の認定を受けた炭素排出削減(CER(Certified Emission Reductions))のクレジットを取引する市場とは別の炭素取引市場である。欧米では、CERを「コンプライアンス市場」と呼ぶこともある。自主的炭素市場は、国際的なNGO、金融機関、投資家、業界団体等が主導してきた市場である。

自主的炭素市場で取引される炭素クレジットは、現在は、企業のCSRや宣伝目的での使用が主であるが、今後、気候変動や環境への取組が企業価値に影響を与える社会においては、益々重要性が増していくこととなる。欧米のいくつかの著名な経済紙では、将来、炭素はオイル(原油)を凌ぐコモディティになる、とも報道されている。

2018年1月には1トンあたり10ドル前後だった炭素取引価格は、2018年の終わりには22ドル前後まで急騰した。その間、世界の大手金融機関と投資家が気候変動に対するThe Investor Agendaを組織し、欧州政府内には環境投資のガイドラインを作成するためのタクソノミー技術委員会が組織され、夏には、欧州の環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが登場し、あっという間に世界的な有名人となり強力に炭素削減を訴えた。

欧州でカーボンニュートラルブームが起きた2018年に上記の一連の流れがあったことは、偶然とはいえ興味深い。
欧州における炭素取引価格は、現在既に50ドルを超えており、2030年までには確実に80ドルを超えるといわれている。

自主的炭素市場は、2018年以降、欧米の金融機関や投資家が特に資金を投入している分野でもあり、既に将来の炭素クレジット需要に見合うプロジェクトが進行しているとう報道も散見されている。2019年以降、欧米の経済専門誌などでは、カーボンオフセット市場への投資機会の分析に関する記事を見かけない週はないほどである。自主的炭素市場は、認定基準や市場メカニズムも含めて、すでに欧米の金融機関や投資家に市場を占有されているといえる。

自主的炭素市場からの炭素クレジットを販売する、あるカーボンオフセットプロバイダーのホームページには、ウガンダの小さな村に最新の井戸が設置された様子が、あたかも環境保護のための慈善事業のように宣伝されているが、それらはほとんどが欧米の投資家や金融機関が何らかの形で関連しているプロジェクトであり、安価に炭素クレジットを生成するために企画されている。要は、需要が増えるから供給が増すのであり、そこに投資家や金融機関が関係し、強いロビーを発揮することは、欧米ではごく自然のこととなっている。

今後、この件ついても別途、より深い考察を予定している。

企業は、日本で言うところの「脱炭素」だけではなく、上記のとおり解説した「カーボンニュートラル」を戦略に取り込むことが必要となっている。欧米を中心に、炭素を軸とした経済テンプレートの転換が行われている今、それはどのグローバル企業にとっても喫緊の課題といえるであろう。

【参考資料】
CEデルフトによるEU ETSに関するレポート

マッキンゼーによる自主的炭素市場のレポート

自主的炭素市場に関するタスクフォース(TSVCM)のホームページ