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エネルギー転換に向け欧州で見え始めた克服困難な課題

2022年3月8日、欧州委員会がRE Power EU計画を発表した。この計画の主な内容としては、液化天然ガス(LNG)の輸入を増やし、バイオメタンと再生可能水素を生産又は輸入し、エネルギーの高効率化を達成し、再生可能エネルギーと電化を強力に推進すること、となっている。特に強調されているのが、クリーン・エネルギーへの転換の緊急性である。また、2022年末までに、EUによるロシアのガスへの依存を現在の3分の1に削減する提案も含まれている。
欧州政府は現在、グリーンディールによる再生可能エネルギーの促進という「目標」と同時に、エネルギーの自立(Energy Independence)という「重い課題」に、緊急に取り組まなければならない状況となっている。

エネルギー価格の高騰は、ロシアによるウクライナ侵攻以前の2021年夏から始まっており、欧州委員会は、2021年10月、高騰するエネルギー価格に対応する政策ツールを提示し、同時にQ&A方式で詳細を回答する「エネルギー価格に対する欧州委員会からのコミュニケーション(Commission Communication on Energy Prices)」を提示した。

このコミュニケーション・ペーパーは、2022年3月2日に最新版が発行される予定であった。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻問題により延期され、草案が大きく変更になり、新たな草案の概要は3月2日にEuractiveにより報道された(参考:LEAK: EU drafts plan to ditch Russian gas (EURACTIV))。修正ドラフトでは、2030年までにEUのガス依存度を23%削減し、再生可能エネルギー推進のため、「新エネルギーコンパクト」という電力グリッドを含むエネルギーや電力へのアクセスを再構築すること、さらに1,000万トンのグリーン水素を製造・輸入する必要があり、350億㎥のバイオガスの生産を目標とすることなどが示されている。

欧州連合は、ウクライナ侵攻が始まる前の2022年1月には、すでに前年比56%増の石炭を輸入しており、英国では同じく1月、ウェールズの石炭鉱山に、今後20年間で生産量を4,000万トン増加させる許可を出している。これは、2021年11月、グラスゴーでのCOP26における「石炭を段階的に減らす」という宣言のわずか3ヶ月後の出来事となった。

欧州のグリーンディールに伴うエネルギー転換について分析する際には、一般的に報道されるもの以外に、いくつかの視点があると考えられる。以下では、その点をある程度明確にしながら、再生可能エネルギーへの転換において、欧州で徐々に顕在化しつつある克服困難な課題の例を3つ挙げて解説したい。

1.洋上風力発電


欧州の再生可能エネルギーで最も期待されている洋上風力発電については、代表的な例として、英国北海地区で建設が進められている、世界最大の洋上風力発電事業であるDogger Bank風力発電ファームがある。この事業はノルウェーの国営エネルギー企業であるEquinor ASAが投資して建設が進められており、電力は英国に販売される予定である。

2021年9月、同事業について、ノルウェーのスタヴァンゲル大学(University of Stavanger)が綿密な調査を実施したレポートを発表し、同事業が実質不採算であると結論づけ、問題となった。英国とノルウェーは2018年11月、洋上風力発電のために海洋を開放することを含む、エネルギーのための2国間の覚書を締結している。同事業は、両国が北海で国境を越え、送電と洋上風力発電を組み合わせた電力の相互接続とインフラストラクチャで協力することを目指して推進してきた。この事業に開発投資したノルウェー側の国営企業が不採算である、というレポートの結論が、問題視されたのである。調査はノルウェー政府の資金援助を得て行われ、調査結果はノルウェーの石油エネルギー省に提出されている。同レポートでは、Dogger Bank風力発電ファームへの投資におけるネット・プレゼント・バリュー(予想正味現在価値:NPV)をマイナス970百万ポンド(マイナス約13億ドル)と算出している。NPVが負の値ということは、現在の投資価値が、将来の予想収益率を下回っていることを示している。Equinor ASAは事業の採算性には反論をせず、同事業の株式を販売することで得る利益を強調した。

実質不採算の大きな要因は、英国政府が出す補助金の一種である差金決済契約(A Contract For Difference: CfD。以下、CfD)と、毎年入札によって決められる電力の販売価格にあり、この2つが、事業計画時の予測よりも早く下がっているのである。

低下の原因は、再生可能エネルギーのブームと、初期に設定されたインセンティブの高い補助金で行われた事業による競争が増えていることにある。英国では、2015年より再生可能エネルギーの補助金として、電力の固定価格買取制度(FIT)とは別に、CfDが実施されている(入札要件は2014年から提示された)。 電力の固定価格買取制度は、電源種別ごとに買取価格が長期間固定で設定されているが、これに対しCfDは、発電事業者と電力の買い手(政府系企業)との間で、契約により長期間の固定価格(ストライク・プライス)を設定する制度である。英国では、CfDは2年ごとに入札で決まるが、競争もあり、回を追うごとにストライク・プライスが下がっている。そのため、新規プロジェクトの投資機運が悪化しているのである。

英国政府は2021年12月から2022年1月に行われた第4回目のCfDのオークションであるAllocation Round 4で、2億ポンドという大幅な予算の増額を行った。それまでのCfDのストライク・プライスは、政府の予定どおり1回目が120 ポンド/MWh、2回目が75 ポンド/MWh、3回目が42 ポンド/MWhと段階的に下がっていたが、この価格では新規事業での採算が合わず、参入事業者が現れないためである。

洋上風力発電は事業数が増えていくことで開発と製造コストが下がり、政府の補助金負担が減ると見込まれていた。しかし実際には、再生可能エネルギーのインフラに使われる鉄、銅、アルミ、ニッケル等の金属は価格が非常に下がりにくく、高値圏を維持し続けていることもあり、CfDの増額、すなわち補助金なくしては、プロジェクトが成立しにくい状況となっている。元々、FITからCfDに制度を変更したのは、電力の固定価格買取制度を支えるために消費者に転嫁した(=消費者が負担する)電力料金の総額が、想定を大幅に上回ったためであり、消費者の負担を減らすことが目的であった。しかし、ここで英国政府は、2030年までに40GWの再生可能エネルギー容量を確保するというマニフェスト達成のために、補助金予算をわざわざ増額したのである。つまりこれらは、結果として様々な消費者負担の増額につながるものと考えられる。

すでに英国以外に、デンマークでもCfDが導入され、ドイツでも、2021年から運用される洋上風力発電事業には、補助金を決定する基準価格に価格競争入札制度が導入されている。
優良な立地条件にはすでにプロジェクトが組まれているが、材料を含む建設コストが増加したことで、欧州各国政府の目論見通りに補助金を下げた場合の事業採算に問題が出始めている。

野心的な発表やプロジェクト投資のためのプレゼンテーションが多く発信されている中、欧州で洋上風力発電事業をリードする1社である、デンマーク最大の電力企業Orsted社のR&D部門で10年以上トップを務めたChristina Aabo氏は、Recharge誌の独占インタビューで「洋上風力発電事業は機能不全の状態で操業し、収益のほとんどないサプライヤーが多い」ことを指摘している。Recharge誌によれば、このインタビュー記事は掲載した2022年3月で2番目に多く読まれているとのことである。
今のところ、洋上風力発電は、オランダでの事業など立地条件や電力の買取入札価格が比較的安定している所での成功事例以外は、一定額以上の補助金がなければ事業計画を組むことすら難しいものも増えているようである。

2.グリーン水素


欧州がエネルギー転換の大きな柱の1つとして掲げるグリーン水素については、より深刻な問題がある。
欧州水素戦略のグリーン水素製造で主要な工法となっているプロトン交換膜(PEM: Proton Exchange Membrane)電解槽では、イオン交換の効率を上げるために電極(電解槽ではアノード側)の触媒に白金類(PGM: Platinum Group Metals)と希土類を含む触媒が使われている。必要とされる鉱物の中で、絶対量が足りず開発の主なテーマとなってきたものが、イリジウムとスカンジウムである。

イリジウムの世界生産は年間10トン以下で、スカンジウムは20トン程度しかない。2022年1月、ドイツの連邦地球科学天然資源研究所(BGR:Germany’s Federal Institute for Geosciences and Natural Resources)は、2040年までにスカンジウムの需要は2018年の世界生産量の2.5倍以上、イリジウムの需要も2018年の生産量の5倍以上になる、と警告し、欧州の様々なメディアで取り上げられた。

現在、スカンジウムの生産は中国とロシアに過度に依存しており、世界生産量のうち75%以上が中国で、2位のロシアを含めて年間世界生産量は両国で推定14〜16トンと見積もられている。
イリジウムはスカンジウムよりもさらに希少な金属である。生産の増量が難しいだけでなく、南アフリカ共和国が世界生産の80〜85%を占め、その後にロシアが続く。2020年の世界生産量は8トン程度である。

使用量を減らす技術開発が進み、レ二ウムとの化合物、さらにイリジウムを使用しないマンガンとコバルトの合金が開発されているが、それらの触媒金属の量産技術、合金の耐用年数の検証、さらに製造コスト面の課題が解決されるまでは、この2つの金属がボトルネックになるといわれている。コバルトは、供給量を増やすためには時間がかかり、さらにEVの普及により、リチウムイオン電池の主要な材料としての需要の急増がすでに予測されているため、解決策として決定的なものではない可能性がある。BGRのレポートでは、2040年にはスカンジウムの需要は24トン、イリジウムの需要は34トンと見積もられており、特に増産が限られているイリジウムは、供給不能により大きな問題を抱える可能性が高い、と警告している。

この問題については、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が最近発行したレポート「Geopolitics of the Energy Transformation: The Hydrogen Factor:エネルギー変換の地政学:水素因子」でも、同様の内容が詳述されている。プラチナやイリジウムを含む電解槽(アンモニア製造用の固体酸化物電解槽(SOE)を含む)に必要な原材料の供給が逼迫し、水素のコストを上昇させる可能性があることも伝えている。

3.木質バイオマス


石炭の増加を抑えるために、石炭発電施設で混焼が可能な燃料である木質バイオマス(以下、木質ペレット)には期待がかかっている。欧州では科学的には炭素発生が多いという批判から「炭素会計の抜け穴」、と呼ばれて久しいが、再生可能エネルギーとして最も調達しやすい燃料の1つである。石炭を購入する際に同時に購入する炭素クレジットを必要とせず、さらに補助金が出るということは発電事業者にとっても大きな利点である。

欧州で今注目されている木質ペレット発電事業に、英国の北東部で進められているMTG Teessideがある。実は、この事業が1年以上も頓挫していることが、木質バイオマス発電事業の困難さを浮き彫りにしている。

同事業は、2021年2月からテスト稼働が始まった状態で、未だ商業稼働に至っていない。理由は、事業開始の遅れで予定していた高額の補助金が得られないからである。
MTG Teessideは、2014年-2015年に行われた第1回目のCfDの入札により承認がおりた事業である。CfDの開始は2018年9月で、期間は15年間、金額はインフレとの連動が条件となっている。本事業が稼働していれば、2021年12月に得られたCfDによる電力の固定買取価格(ストライク・プライス)は147.56ポンド/MWhと換算される。これは極めて高額といえ、同時期にスタートする風力発電事業が、2019年の第3回目CfDの入札で得られた場合の3倍近い金額にあたる。同事業の発電容量は299MWで、毎年十分な利益が得られる計画であったため、同事業は計画後に投資会社2社が買収している。

しかし、MTG Teessideの事業は、予定していた2018年9月には商業稼働が間に合わなかった。前述のとおり、英国のCfDは2年ごとに入札で見直しが行われるが、年々補助金額が下がっており、2019年の第3回の入札結果の平均はおよそ40ポンド/MWh ( https://bit.ly/3u8jVRF ) で、この金額レベルでは木質バイオマス発電事業を英国で開始することは困難である。そのため、MTG Teessideは正式稼働時に2014年に結んだ契約を行使できるよう英国政府と交渉したが、輸入木質ペレットの環境破壊やカーボンフットプリントの問題もあり、英国政府から2014年の契約時の固定買取価格の実施を否定されている。

同事業で使用される木質ペレット燃料は年間100万トンで、ほぼ全量が北米の1社から仕入れられることになっている。年間100万トンものバイオマス燃料として、国際的に流通していて入手可能なものは、現在、木質(系)ペレット以外にはほとんどないのが実状である。木質ペレットを100万トン仕入れるためには、3万トンの大型船で33回以上の輸送が必要であり、実は、膨大な炭素を発生して運搬されているのである。さらに、雨に濡れると燃料として使用できないため、港のターミナルに特別な施設を設置するための投資も必要で、現在のCfDによる固定買取価格では、新たにゼロから事業を始めることは難しい。ただし、現在稼働している石炭火力を利用した木質ペレット発電施設では、木質ペレットの使用率は増加していくものと考えられる。すでに、欧州では石炭火力発電を再稼働する動きが活発なため、炭素クレジット価格と石炭価格の和に対して木質ペレットに価格の優位性があれば、利用は増える可能性がある。


解説
欧州ではロシアのウクライナ侵攻を転機にして、エネルギーの自立(Energy Independent)という重い課題が、グリーンディールによるエネルギー転換と同等かそれ以上に緊急性の高い大きな問題となっている。欧州委員会は、エネルギー調達とエネルギー源の多様化という2つを柱に、再生可能エネルギーを最大限取り込み、推進する目論見である。

しかし、元々のエネルギー転換のシナリオとロードマップは、膨大な量のロシアの天然ガスと石油を使うことを前提に作られてきた。ロシアの天然資源を前提としたからこそ、欧州の企業や市民への影響を最小限にしながらエネルギーをクリーン化するイノベーションの時間軸を設定できたともいえる。なぜなら、ロシアのウクライナ侵攻の半年前には、すでに欧州で経済復興とサプライチェーンの問題によりエネルギー価格が上昇し、近年にないインフレを生み出し、産業や市民生活に大きな影響が出たからである。その解決策の1つが、ノルドストリーム2という、これも新たなロシアからのガス供給パイプラインのオープンであった。

現在欧州で起こっているエネルギー価格の高騰による産業への打撃は、「戦争」という非日常的な出来事が原因として一言で語られているが、実際は、その前から徐々に起こっており、科学的に十分な事前検証の欠如や、政治的なスローガンを優先した制度設計の不備による問題が要因となっていることも、少なからず露呈してきていた。

化石燃料の高騰は、再生可能エネルギーへの移行を加速させる作用があると一般的には認識されている。この認識は正しいのだが、投資家はその通りには動いてこなかった面がある。
欧米では、投資家がクリーン・エネルギーへの投資を判断する際に参考にする指標は、「S&P Global Clean Energy Index」と「WilderShares Clean Energy Index」の2つといわれている。
この指標の両方とも、昨年秋より世界的にエネルギー価格が上昇したにもかかわらず、下がり続けていた。要因は、発表されるクリーン・エネルギー関連の上場企業の財務結果が良くないことであった。投資した事業の採算が、計画通りでないことが多いというのが背景のようである。そのため、クリーン・エネルギーへの投資のセンチメントは、以前ほど強くない状況となっている。

今回のエネルギー価格の上昇によって見えてきた欧州の制度設計やシステムの実状、さらに資材や原材料を含む調達に関する課題は、他の地域の国々にとっても今後の参考になるはずである。