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グリーンフレーションのリスク対応に迫られるEV生産

グリーンフレーションとは、広義では気候変動対策のために行うグリーン政策によって引き起こされるインフレーションのことである。特に、再生可能技術に利用される原材料の急激な価格の上昇、という意味で使われることが多い。

本稿では、現在起きている、金属を中心としたグリーンフレーションの要因について、多角的に検証していく。

2022年5月10日、EVメーカーであるテスラ社の創業者であるイーロン・マスク氏が、Financial Timesの「フューチャー・オブ・ザ・カー・カンファレンス」 でのインタビューで、他の自動車会社を買収する気はないが、鉱業会社を買収することにはオープンである(考慮する)、と発言し、話題になった。この発言は、欧米の様々なメディアでも取り上げられた(”Tesla might buy a mining company, but not another automaker”(elecrek))。

その少し前にあたる2022年4月、欧州の非鉄業界機構であるEurometauxが、「クリーンエナジーのための金属:欧州の原材料問題を解決する道筋(”Metals for Clean Energy: Pathways to solving Europe’s raw materials challenge”)」という調査報告を発表し、専門誌だけでなく一般紙や投資サイトでも広く取り上げられ、注目を集めている。

112ページに及ぶ詳細な調査報告書は、ベルギーのKU Leuven大学の専門チームが行ったものである。
要点を挙げると、EUのグリーンディールを達成するために必要な金属需要の増加のうち、50-60%がEV(電気自動車)によるものであり、次がエネルギー転換に伴うものでその比率は35-45%、それ以外では5%しか金属需要を押し上げない、と結論づけている。報告では、金属需要のシナリオと、金属鉱石の埋蔵量や将来の精製・製錬能力をシミュレーションしている。また、リチウム、コバルト、ニッケル、希土類(ディスプロジウムやプラセオジミウム等)について金属ごとに分析しており、不足分への課題を明確にしている。
最も需要があるシナリオにおいては、欧州のグリーンディールの目標を達成するためには、供給に相当な投資と技術革新がなければリチウムは最大で35倍、希土類金属は26倍の量が必要になる、と分析している。

欧州では2022年4月中旬以降、電池の部材価格の高騰と半導体を含む部品の供給不足問題が重なり、主要な自動車メーカーのEV生産は、減産や一時的な停止に追い込まれている。EV専門メーカーであるテスラ社は、中国での車両販売価格を、2022年に入りすでに2度値上げしており、理由は原材料価格の上昇によるため、としている。

リチウム、ニッケル、白金類、希土類等は、需要の急増に伴う供給不足の懸念から、すでに鉱業企業と需要家の協業や投資の情報は多く発表されている。しかし、特定の原材料の自給バランスの不均衡は、全く別のリスクを内包していることを認識することが重要である。

予測不可能な市場動向とメーカーに求められる対応

2022年4月26日、証券監督者国際機構(IOSCO)の理事長であるアシュリー・アルダー(Ashley Alder)氏は、ロンドンのシティーで行われたイベントで、2022年3月8日に起こったロンドン金属取引所(LME: London Metal Exchange、以下LME)でのニッケルの暴騰事件とその後の取引停止に関する、本質的な懸念について言及した。

この事件は、中国青山集団(Tsingshan Holding Group)が、LMEで多額の売りポジションをカバーするために大量の買い注文を入れたことで発生し、LMEのニッケル価格が数時間で1トン当たり10万ドルを超えるという事態が発生したものである。2022年以前は、LMEのニッケル価格は、1トンあたり20,000ドルを超えることはほとんどなく、安定していた。
この事件の原因は、いわいる投資におけるショートスクイズ(Short Squeeze)というものである。金融・証券用語の定義では、市場が「売り持ち(ショートポジション)に傾いている時に、大きく買いを仕掛けることで、相場を高めに誘導すること」となっており、大量に空売り(ショート)された銘柄の株価や商品が上昇し始めた時に発生する現象である。売りポジションを持つ人たちは、対象の株や商品の価格が下落することを期待して空売りするが、予想に反して価格が上昇し始めると、損失拡大を防ぐために対象の株や商品の買い戻しを行う。この買い戻しが株価をさらに押し上げて買いが買いを呼び、株価や商品が急騰するのである。

2021年1月、ニューヨーク証券取引市場でも、このショートスクイズによってゲーム商品の小売業者であるGameStop社の株価が2週間で1,500%上昇した事件が起こった。そのわずか1年後に、今度はニッケルという極めて一般的な金属で同じことが起きたのである。ニッケルでこのような事態が起こることを想定していなかったLMEは、その後監督局より調査が入り、早急に是正措置を策定しなければならなくなった。

中国青山集団は、世界最大のニッケルとステンレス鋼の製造会社である。創業者の翔光(Xiang Guangda) 氏は、業界では「ビッグショット」と呼ばれる相場師でもある。同社は、事件当時LMEで15万トン以上のニッケルのショートポジションを蓄積していた。これは、当時LMEが保有するニッケルの約5倍の量で、LMEの未処理契約の約8分の1に相当する量であった。
2022年1月、ニッケル価格は25,000ドル付近に上昇し、欧米政府のEV推進政策と世界経済のコロナからの回復もあり需要が強く、市場での関心も高まっていた。

翔氏が膨大な量のニッケルのショートポジションを取っていたことは、すでに2月にブルームバーグのニュースを基にmining.comが報じていたが(”Trader known as ‘big shot’ battles mystery nickel stockpiler”(mining.com) )、LMEはこのショートポジションの約5分の1しか把握していなかったことが、後のレポートで明らかになる。これは、残りの5分の4がJPモルガン・チェース、BNPパリバ、スタンダードチャータード銀行、ユナイテッド・オーバーシーズ銀行などの銀行の店頭取引で行われていたからである。

前述の証券監督者国際機構(IOSCO)の理事長アルダー氏は、LMEニッケル事件を鑑み、次の金融危機のリスク要因として「コモディティ市場」を挙げ、特に、取引所を介さないスポット商品市場が非常に不透明で規制が少なく、店頭または取引所外の動きとの関係を精査する必要があることを強調している。

EVに使われる金属は、再生可能エネルギーの製造装置やエネルギー貯蔵装置にも使われるため、今後も需要が伸び続ける。そのため、装置や原材料製造開発に投資する資金以外にも市場に投入される投機資金が増すことで、上記のような価格の大幅な上下振幅が頻繁に現れるリスクがある。製品メーカーの資材調達部門は、通常は現物取引が主で、先物商品に対する投機をヘッジする手段を持たない。これまでの市場では、金・銀・パラジウム等の高価な金属については先物ヘッジを行う動きが見られたが、今後は、グリーン化に伴って必要とされる金属にも先物ヘッジが必要な環境になりつつあり、メーカーは投機マネーのリスクにどう対応するかを求められることになる。

政治と地政学によるリスク

その他の大きなリスクは、政治と地政学である。

グリーン化で核となる金属の一つは銅で、リチウムイオン電池を含むEVにとって不可欠な金属である。
銅の世界生産の約28%(2020年)を占めるチリの銅鉱山は、そのうち72%が民間の鉱山会社によって所有され、運営されている。また、チリは、リチウムイオン電池で使われるリチウムの世界生産の31.9%(2021年)を占めており、世界最大級のリチウム生産国でもある。

2021年12月に行われたチリの大統領選挙では、左派のガブリエル・ボリック(Gabriel Boric)氏が圧倒的な勝利を収めた。ボリック氏は選挙公約で、銅鉱業の国営化とリチウム会社及び鉱業の増税とロイヤルティ料(鉱山・鉱業施設使用料)の値上げを宣言していた。

同氏の大統領就任後、選挙公約の1つとしていた憲法改正の評議会が組織化され、銅およびリチウム鉱山のいくつかを国有化する初期段階の提案が、同評議会で承認された。

現時点では憲法改正が必要な国有化の可能性は小さいが、多数を占める外国資本の民間鉱業開発会社への税率の引き上げは予測されており、最大で75%の税率が始まる可能性があることが報道されている。国営化の議論の背景には、ここ10年で拡大する貧富の格差、鉱山労働者の労働環境と待遇の悪化、地域の水質汚染を含む環境問題の悪化が挙げられる。国連貿易開発会議(UNCTAD)による記事によれば、チリのアタカマ塩原で1トンのリチウムを製造するために使われる水の量は最大200万リットルにも上り、水資源の枯渇、土壌汚染、その他多くの環境汚染を引き起こし、先住民が居住地を放棄せざるを得なくなるという問題を引き起こしてきた(Developing countries pay environmental cost of electric car batteries(UNCTAD))。

国営化が将来どの程度の規模に落ち着くかは政治的な判断になるが、チリが銅鉱業に対する税負担が最も高い国になる可能性があり、投資している多国籍鉱業企業は、将来のチリ鉱山に対する投資の実行可能性を再検討する必要に迫られている。

2022年3月、オーストラリア・ファイナンシャル・レビュー紙(AFR)が主催するビジネスサミットがシドニーで開催され、世界最大手の金融機関や鉱山関係会社のCEOが出席してパネルディスカッションが行われた。世界最大手の鉱業開発企業の1社である豪BHP社のCEOであるマイク・ヘンリー(Mike Henry)氏は、銅需要の継続的増加による価格高騰と様々なリスク回避を鑑み、将来は比較的低品位の銅鉱石の開発を行う用意があることを発信している。しかし、同時に鉱業開発は、地域の水資源の管理、生物多様性、先住民の文化遺産などデリケートな分野で悪い結果をもたらすリスクが常にあることも強調している。これらは、現地での政治的なリスクを引き起こす可能性がある。

ロシアは高純度のニッケルと白金類の主要な生産国である。ニッケルはリチウムイオン電池の主要な構成金属の1つであり、白金類 (特にパラジウムやロジウム) はグリーン水素製造用の電解槽をはじめ、様々なグリーン工業製品に使われる金属である。ロシア産のガスや石油を禁輸する話題は多いが、ニッケルや白金類を禁輸の対象にしている国は少ない。

しかし、ウクライナへの侵攻後に制裁が課されたことで、資金の移動や輸入手続きにより時間と手間が掛かるようになっている。供給の代替地域がある場合はまだ良いが、イリジウムのような他の生産地がほとんどないものは、ロシアを除外することが難しい。イリジウムはロシアのウクライナ侵攻前には1オンス(約28.35グラム)あたり4,000ドルを切っていたが、侵攻後の3月だけで6,000ドルを超えるまで急騰した。


鉱山所有国と大手鉱業開発企業における動き

また、EV用バッテリーの主要な構成金属で、ニッケルやリチウムと並び需要が増すと予測されている金属に、コバルトがある。

リチウムイオン電池原料のうち、コバルトとリチウムの市場分析を専門とするThe Times and Benchmark Mineral Intelligence社によれば、コンゴにある19ヶ所のコバルト生産鉱山のうち、15ヶ所は中国企業が所有又は資金提供している。2015年当時コンゴで最大級の鉱山の1つであったKisanfu 鉱山は、2020年末に米国の鉱業大手Freeport-McMoRan社から、中国企業のChina Molybdenum社が買収している。中国は、2010年代中盤から、国策としてコンゴでの鉱山権益の獲得を進めてきており、借款やインフラ整備の協力から、最恵国待遇を受けている。

中国以外では、スイスの大手鉱業開発企業グレンコア(Glencore Plc)社がコンゴで世界最大級のコバルト鉱山を2ヶ所有している。しかし、鉱山労働者のストライキや児童労働の問題、また環境汚染問題が欧州の当局やマスコミから指摘を受け、所有する2つの鉱山のうち1つは最近まで閉鎖しており、再開後も増産が思うように進んでいない。欧州側のSDGsや持続可能性に対する規制や要求事項に加え、地元政府との調整をしながら事業を進めなければならないためである。

2022年5月、グレンコア社は、カナダのリチウムイオン電池リサイクル企業のLi-Cycle社 (Li-Cycle Holdings Corp.)との戦略的パートナーシップと2億ドルの出資を発表した。Li-Cycle社は北米で唯一「ハブ&スポーク」というシステムを採用し、集荷と廃リチウムイオン電池を破砕処理したブラックマス(BM)製造拠点を多数設立し、ハブ(中央集約的な拠点)で湿式精錬リサイクルを行うという事業戦略を構築しつつある。同社は、同じ戦略を欧州でも展開しようと計画している。

また、グレンコア社は、2022年2月に英国最大のリチウムイオン電池メーカーとなる予定のブリティッシュボルト社(Britishvolt)と、リサイクル事業で合弁会社を設立することを発表したばかりである。自社の英国子会社であるBritannia Refined Metals内にリサイクル工場を設立し、ブリティッシュボルト社の生産工場から出る規格非該当品や廃棄品のリサイクルを行う予定である。
これらの動きは、欧州電池指令への対応に加え、将来の「コバルト確保」が最大の狙いである。

高まる需要、進まない投資

そして最後に、グリーンフレーションにおける最大の問題は、投資家と投資へのモチベーションである。
2022年5月11日、ロイターの欧州版が、エネルギー転換における鉱業の重要性と対応の遅れに関する記事を特別コラムとして掲載した(”Column: Mining is key to the energy transition, but it’s still unloved”(REUTERS) )。

5月初頭に南アフリカで開催された2つの大きな鉱業会議で、鉱山開発企業や投資家から発せられたメッセージで圧倒的に多かったのは、「事態が悪化しており、対応が急務である」という内容であった。端的に言えば、エネルギー転換に必要な大量の銅、リチウム、コバルト、ニッケル、亜鉛、マンガン、グラファイト等の需要に対して新たな鉱山開発計画が少なく、投資家が資金を十分に鉱山開発に向けていない、というものである。主な原因の1つは、多くの新しい鉱山が、新規開発が困難な(環境保全や先住民の)管理管轄区域にあることが多く、投資のリターンを得るまでに数年から数十年かかることである。時間が長期間掛かる多くの環境アセスメントや開発承認を経て、さらに地域社会と協議して初めて土地利用が可能になり、その後にも輸送と物流の問題を克服する必要がある。仮にそこまでたどり着いても、現在の新しい鉱山開発コストは、生産する商品の価格よりも速いペースで上昇しているという現実があり、投資回収が本当に可能なのか予測が立てづらい。

仮に銅が今年1万ドルを超える記録的な高値でも、投資家にとっては、新しい銅鉱山を建設することが必ずしも経済的に投資対効果に見合うという保証が得られないのである。また、操業後も引き続き環境破壊や労働問題、さらに現地国の政治的な問題にも対応しなければならないためそれらのリスクもあり、投資が活発にならない現状がある。
これは、将来のグリーンフレーションをさらに悪化させる最大の要因の1つとなるであろう。

解説
グリーンフレーションをもたらす金属類は、需要過多のバランスの中でちょっとしたリスクでボラティリティーが高まり、そこに投機マネーが流入、さらに政治的な資源権益とナショナリズムを生み出し始めており、紛争だけでない政治や地政学の対象になりつつある。最大の課題といえるのは、グリーン化に必要な金属の多くが、埋蔵されている鉱石や製錬される地域が限定されていることである。そのため、供給先の多様化を推し進めるには限界があり、コスト面で折り合わないことも多い。それが、ナショナリズムや地政学を生み出す原因になっている。

そのため、単なる需給の予測分析だけでは将来の価格傾向を予測することができない。地政学やそれに伴うサプライチェーンの問題は、現時点で将来を予測できる範囲を超え始めているのである。
投機マネーへの対応では先物ヘッジが必要になり、また、地政学やサプライチェーンの問題にはある程度中期的なストックや権益の確保も必要になり、手持ちのキャッシュや在庫管理にも影響が出ざるを得ない。

需要家や鉱山開発企業が相次いで「リサイクル」に積極的に多額の投資をし始めている理由は、サーキュラーエコノミーへの対応以上に、「原材料の確保」を狙ったものである。
かつて産出地域が限定されている石油やガスの権益をめぐり膨大な投資資金がつぎ込まれ、さらに世界中で紛争や地政学の問題が起きてきた。今後はグリーン・エネルギー転換により、EVで求められる金属でも多かれ少なかれ同じようなことが起こる前兆が見え始めている。欧州では様々なグリーン化のロードマップが作成されてきたが、リスク要因を軽視してきたために、エネルギー危機とグリ―ンフレーションが同時に起こり、企業や経済全体を圧迫し始めている。

EVには、「車を作る前の戦いに勝たなければならない」、という重い課題が課せられている。EVメーカーのCEOであるイーロン・マスク氏が「鉱山企業の買収を考慮する」と発言したのは、当然のことなのである。