2022年9月13日、EUタクソノミーにとって衝撃的な出来事が起きた。
EUタクソノミーが受けているとされる政治的干渉を理由に、5つのNGO が 欧州委員会の諮問機関である「EU サステナブル・ファイナンス・プラットフォーム(Platform on Sustainable Finance)」から脱退したのである。
脱退に際し、この5団体は共同声明文書を発行した。
その内容は、EUタクソノミーが政治的干渉を受けることで科学的根拠に基づかない規則が採用されており、これ以上プラットフォームの独立性と欧州委員会との健全な協力関係を維持できない、とするものであった。
EU サステナブル・ファイナンス・プラットフォームは、EUタクソノミー規則第 20 条に基づいて設立された、欧州委員会の常設専門家グループである。
主な役割は、欧州委員会による持続可能な金融政策の支援、特に、EU タクソノミーを発展させていくために助言を行うこと、より具体的には、EU タクソノミーの適正審査基準を決めるために欧州委員会に助言し、持続可能な投資への資本の流れを監視、報告することとなっている。
欧州委員会は元々、金融の専門機関でも、科学的な検証を行う機関でもない。
そのため、2016年、欧州委員会は持続可能なファイナンスを開発するために、「サステナブル・ファイナンスに関するハイレベル専門家グループ」を設立した。金融部門、学界の専門家、欧州及び国際機関のオブザーバーで構成され、欧州委員会に対し、持続可能なファイナンスをどのように構築するのか、アドバイスを提供することが目的であった。
その後、2018年6月には「サステナブル・ファイナンスに関する技術専門グループ(TEG: Technical expert group on sustainable finance )」が設立され、このTEGが、現在のEUタクソノミーの具体的な審査基準の指針となる最終版の技術レポート(Final Technical Report)を、2020年3月に発行した。このレポートは67ページに及び、EUタクソノミーの技術的な審査基準の推奨事項を詳説している。
TEGは2020 年 9 月 30 日まで活動が続き、その後を引き継いだのが、現在のEU サステナブル・ファイナンス・プラットフォームである。
つまり、現在のEUタクソノミーの技術的な適正審査基準を科学的検証によって決めていく専門家の組織が、EU サステナブル・ファイナンス・プラットフォームなのである。
その専門家の組織内から、内部告発とも思える重大な内容の声明文が発表されたことは、EUタクソノミーの歴史でも例がないことであった。
今回、脱退を表明した団体は、以下の通りである。
・European Consumer Organization (BEUC:欧州消費者機構)
・Birdlife Europe and Central Asia (バードライフ ヨーロッパおよび中央アジア)
・Environmental Coalition on Standards (ECOS: 環境基準に関する連合)
・Transport & Environment (T&E:欧州輸送環境連盟)
・World Wildlife Foundation European Policy Office(WWF :世界自然保護基金 欧州政策局)
脱退した団体は、各々のウェブサイトで脱退に至った理由を掲載しているが、脱退に対する意見をまとめると、総じて同様の内容となっている。
欧州委員会は政治的な理由から、科学的根拠を無視してEUタクソノミーの「グリーン分類」を行っており、特に林業、バイオエネルギー、ガス火力発電、原子力発電に関するプラットフォームの勧告を繰り返し無視し、科学的根拠に反するものを「グリーン」として分類している。これらのことから、結果的にEUタクソノミーはグリーンウォッシングを促進するためのツールとなる。そのような分類を、プラットフォームに所属し続けることで正当化することはできない、というのである。
また、5団体の中で、EUタクソノミーの技術専門グループ(TEG)のメンバーでもあったWWF欧州政策局シニアエコノミストのセバスチャン ゴディノット氏(Sebastien Godinot)は、以下のように発言している。
“European governments and lobbies have heavily undermined the EU Taxonomy’s credibility, and the Commission has folded in front of them,”
「欧州政府とロビー団体は EU タクソノミーの信頼性を大きく損ねており、欧州委員会は彼らの前で屈服した。」
出典元:Bird Life Internationalより
ガスと原子力を条件付きでEUタクソノミーの持続可能な投資分類に含めるという案は、2022 年 2 月 に、欧州委員会による補完的な気候委任法*を承認する、という形式でスタートした。
その後、草案は 2022 年 3 月 に正式に採択され、7月に欧州議会の投票により承認された。ガスと原子力をEUタクソノミーに含めるという補完的な気候委任法は、2023 年 1 月 1 日から適用されることが決定している。
*委任法とは、欧州委員会が採択する非立法行ためであり、法律の本質的でない要素を修正または補足する役割を果たすものである。
解説
元々、EUタクソノミーの適正審査基準の指針を策定したTEGのメンバーの中には、欧州の機関投資家だけでなく、米国資本の機関投資家や金融とは関係のない家庭用品のメーカー等、利害関係の強いメンバーがリストに名を連ねていた。
保険や年金を扱う投資機関は、長期投資とリターンが期待でき政府援助のある再生可能エネルギーへの関心が高く、利害関係者そのものがメンバーの一部を構成していたといえる。TEG のFinal Technical Reportでは、エネルギーや関連する産業分野に多くのページが割かれている。
一方、今回脱退した団体は全てNGOであり、金融機関でも営利企業でもない。利害関係が少なく、科学的に公正な判断を行うことを推進していたメンバーであった。
欧州委員会が、ガスと原子力を条件付きながら「持続可能な投資先」と分類する案を議論し始めたのは、欧州でエネルギー価格高騰の問題が続き、インフレが社会問題化しはじめた2021年末からである。
欧州の年金機構や保険会社は、北海油田やガス開発を含めた化石燃料エネルギーへの投資を、長年ポートフォリオの一部として資産運用してきた。代替となる再生可能エネルギーやグリーン投資は、2021年11月頃をピークに、エネルギー価格の高騰とインフレに伴い投資インデックスが大きく下落し始めていた。
国際的なクリーンエネルギーへの投資指標であるCool Climate Ocean Solutions Indexも、S&P Clean Energy Indexも、ネガティブに転じて下落が止まらず、欧州委員会がガスと原子力をEUタクソノミーに含めるという補完的な気候委任法を正式に承認する2022年3月まで下がり続けたのである。
このような背景から、EUタクソノミーは利害関係者のためのルールブックである要素を持ち、政治や経済組織からの圧力を受けていると言われ続けてきた。
今回、それが、脱退するNGOの声明文及び発言から、白日の下に晒され、知られる所となったのである。
また、上記5つのNGOが EU サステナブル・ファイナンス・プラットフォーム を脱退した翌週には、欧州の7つの NGOが、森林バイオエネルギーやその他の林業プロジェクトをEUタクソノミーの持続可能な金融分類から除外するよう、訴訟を起こしている。訴訟提起の理由は、科学的根拠によれば 、林業およびバイオエネルギー プロジェクトのタクソノミーの適格基準が、主要な EU 法の法的義務にに違反している、というものである。この問題も、長年、科学者と業界企業の論争となっている分野である。
EUタクソノミーだけでなく、欧州のバイオエネルギーや欧州が主導するプラスチックのサーキュラ―エコノミーにも同じような傾向があり、今後、慎重な分析が必要である。
今後、EUタクソノミーをサステナブルファイナンスの業界標準として参考にする際には、専門家による十分な分析と背景調査を行う必要がある。なぜなら、現在記載された文言が、委任法という手法でいつ書き換えられるか分からないからである。
【参考資料】
Civil Society experts leaving the EU Platform on Sustainable Finance
Taxonomy: Final report of the Technical Expert Group on Sustainable Finance(TEG)
EU taxonomy: Complementary Climate Delegated Act to accelerate decarbonisation(European Commission)
EU taxonomy forest bioenergy inclusion ‘unlawful’(ESG CLARITY)