資源をめぐる昨今の世界における動き
チリ
2023年4月20日、チリ政府が国営によるリチウム企業を計画していることが世界中で大きく報じられた。2022年8月に米国が「インフレ削減法(Inflation Reduction Act)」と名付けられた事実上のグリーン産業援助法を成立させて以降、米国とFTAを結ぶチリの2大リチウム企業であるSQM(Sociedad Química y Minera de Chile)と米国資本のAlbemarleには、英米を中心とした多国籍投資企業による多額の株式購入資金が流れた。韓国のSK Onは、インフレ削減法からわずか3ヶ月後の2022年11月に、SQMと5年間の水酸化リチウム供給契約を締結している。チリ政府は、2030年にアタカマ塩原の使用権契約が満期となる予定のSQMとすでに交渉を開始する計画で、交渉は、チリ最大の国営銅鉱業企業であるCodelcoが担当する見込みである。
また、チリ政府は、リチウム国有企業がリチウムの直接抽出法(DLE: Direct Lithium Extraction)に取り組むことも伝えられている。これは、チリで現在行われている巨大な塩湖から水を蒸発させ濃縮した後に化学処理を行う「かん水産蒸発リチウム化合物精製法」に比べ、環境負荷や生産時間が圧倒的に少ないという特徴がある。現在、DLEについては、ボリビア政府、米国のゼネラル・モーターズ、鉱業大手のリオ・ティントなどが積極的に研究を進めているが、商業化には至っていない。
チリ政府が DLE 技術の開発に成功すれば、今後数十年間世界のリチウムおよび EV 産業における支配的な地位が確立されるとみられている。
インドネシア
2023年4月11日、米国ワシントンのシンクタンクであるカーネギー国際平和基金が「インドネシアが中国の産業投資を利用してニッケルを新しい “金”に変えた方法」という特別レポートを発行した。
インドネシアは、 2020 年にニッケル鉱石の輸出を禁止している。国内での処理を優先することで、ニッケルの付加価値を最大限に高める政策を打ち出したということである。2022年のインドネシアのニッケル製品の輸出額は 約300 億ドルで、これは2013 年の 10 倍以上であった。ニッケル鉱石の輸出禁止以降、インドネシア モロワリ工業団地 (IMIP)は、中国による膨大な投資とインフラ整備を呼び込み、大きく発展してきている。国内処理は今や全国に広がり、バッテリー・メーカーの誘致にまで発展している。2023年1 月 17 日、インドネシア政府はEVの世界的なメーカーである米国のテスラと中国のBYDと協議を続けていることを明かした。
インドネシアのジャカルタ証券取引所は、今年第 1 四半期に記録的なIPOを達成している。IPOで調達された 約8 億ドルは、同時期における香港やNY証券取引所でのIPOの金額を上回っている。2023年4月12日、ハリタ ニッケルとして知られているインドネシアのニッケル企業 Trimegah Bangun Persada は、インドネシアで今年最大のIPOにより、 約6 億 7200 万ドル を調達した。
ニッケルでの成功はインドネシア政府をさらに資源ナショナリズムへと導き、政府は、2023年6月にもボーキサイトの輸出禁止措置を講じる計画があることが伝えられている。
ロシアによるウクライナ侵攻前には、ロシア産のニッケルとアルミニウムは、電化を進める欧州を中心に、企業のサプライチェーンの一部であった。しかし、このサプライチェーンが分断され、調達ルートの多様化が急務となる中で、資源国によるナショナリズム化が、ますます資源国の国益を増すようになっている。
欧州
2023年3月16日、欧州委員会は「ネットゼロ産業法」と同時に「重要な原材料法(CRMA: Critical Raw Materials Act)」の法案を発表した。同法案では、既存の「EU重要な原材料リスト」に、新たに「銅」、「マンガン」、「ニッケル(電池グレード)」が加わった。EU重要な原材料リスト内の原料が、本格的な法制度によって規制の対象になる初めてのケースである。さらに、併せて新たに提案された「戦略的原材料リスト」では、「銅」、「コバルト」、「白金族類」、「ニッケル(電池グレード)」、「マンガン(電池グレード)」、「リチウム(電池グレード)」が含まれている。
この法律では、EU加盟国に対し、重要な原材料を含む製品廃棄物の収集、処理、および再利用を推進する義務を課し、レアアースを含む永久磁石の循環性要件を確立することを要求する。さらに、より強力なサプライチェーンをパートナー国との相互協力により構築する「重要な原材料クラブ」を設立することが含まれている。また、リストに掲載されている原材料について、EU消費の65%以上を単一の国から得ないようにするスキームを作ることも盛り込まれている。
重要な原材料リストは、少なくとも4 年ごとに見直されることになる。法案ではリサイクルの重要性を強調しており、EUの年間消費量の少なくとも15%はリサイクルから得ることが明記されている。
同時に発表された「ネットゼロ産業法」案では、ソーラー パネル、風力タービン、バッテリー、水素用の電解槽などの戦略的なネットゼロ技術を指定し、それらの製品のEUの年間需要の少なくとも 40%を、EU域内で製造する要件が含まれている。
これは、欧州が進めて来たWTOによる自由貿易と、中国及びロシアとの貿易拡大路線を180度変更する「グリーンブロック経済化」の転換政策である。この法案発表の後、米国のABCニュースは、「EUはクリーンテクノロジーを推進:補助金は増加、自由市場は減少」と題した記事を掲載し、その保護主義化を紹介している。
二国間における動き
2023年4月17日、インド政府がロシアとFTAの事前交渉に入ったことが明らかになった。今年6月には世界最大の人口国となる予定のインドは、ロシアとの貿易に積極的であることを強調し、原油に関してはOPECの減産が加速した場合、 G7が設定したロシア原油の上限価格かそれ以上でロシア原油を購入する可能性があると言及した。原油やガスだけでなく、ロシアは、アルミ二ウム、ニッケル、白金類、木材、鉄スクラップや鉄鋼中間製品の輸出が多く、特に電解槽による水素製造には絶対に必要となる、イリジウムの世界の半分のシェア持つ天然資源大国である。インドでは、モディ首相が西側によるブロック経済や制裁には加わらず、巨大な市場をロシアに開放しつつ資源外交の強化を推進している。
2023年3月末、中国と、資源大国で南米最大の経済大国であるブラジルは、相互の貿易決済に人民元とレアルを用いる事で合意した。このように、国際貿易から米ドルを排除する動きは徐々に増えている。
世界の中央銀行の外貨準備高に占める米ドルの割合は1999 年の 70% 超から 2022 年には約 59% に低下した。同時期の世界貿易に占める米国のシェアは、 14% から11%に低下している。世界経済の中での米ドルの地位は当面揺るぎないものであるが、資源を取り巻く貿易では、確実に地位がやや後退し始めていることは疑いようがない。自由貿易を推進してきた欧米の地位低下と保護貿易化に伴い、米ドルの国際貿易に対する決済プレゼンスも徐々に変わってきている。
急激に高まるリサイクルの重要性
2023年4月20日、廃棄物ゼロを目指す欧州のゼロ・ウェイスト・ヨーロッパと複数の廃棄物利害関係団体が、政策意見書を発行した。意見書では、改定が予定されている「EU廃棄物フレームワーク指令」を、2029 年までに「リソース フレームワーク指令」に変えるべきと提言した。
「EU廃棄物フレームワーク指令」は、EUの全ての廃棄物規制の最上位に位置するものである。意見書では、廃棄物を使用済み後廃棄するのではなく、リソースとして再度循環させる必要性が強調され、製品の再使用、修理、再製造に対する規制の緩和、拡大生産者責任 (EPR) の適用、リサイクル階層の定義化、さらに廃棄物の処理を脱炭素化するための支援を要請している。
欧州では、EU廃棄物輸送規則の改訂が進められており、金属スクラップの非OECD諸国向けの輸出規制が強化される予定である。更に、EU重要な原材料法では、重要な原材料を含む製品廃棄物の収集、処理、再利用の促進を義務化することから、事実上銅を含むスクラップの外部への輸出に制限が掛かるものと見られている。特に、戦略的原材料リストに入った電池用金属の域外流出には、規制が強化されるものとみられている。
金属リサイクルにとって重要な課題は、収集・運搬コスト、エネルギーコスト、人件費、そして二次原料市場(リサイクル金属材料市場)である。すでに多くの金属でリサイクル技術は確立されており、コストを掛ければある程度の純度を高めることができる。しかし、製品の仕様にリサイクル材の利用基準や義務がないことから、アルミニウムなど一部の金属を除き、二次原料市場の規模は大きくない。欧米はこれらの問題に対処するため、法律の改正ごとに、拡大生産者責任の範囲を拡大し、新製品にリサイクル材を含める比率を数値として規定している。域内リサイクルの拡大に関しては、エネルギーコストの低減と規制の強化が急務である。
解説
2022年2月末にロシアによるウクライナ侵攻が起きておよそ6ヶ月後に、それまで議論が進められてきたとはいえ、米国ではインフレ削減法が成立した。そして、その7ヶ月後には欧州で重要な原材料法とネットゼロ産業法の両方の案が提示された。その間、金属を含む産業発展に重要な資源のナショナリズムが各地で本格的に起こり、世界中でブロック化や保護貿易といえる政策が打ち出されるようになった。
欧米はもとより、BRICの多国籍企業もサプライチェーンの最適化に急速に対応し始めている。
そうした世界経済環境の中で、金属リサイクルは、最も付加価値が上がる産業の一つといえるだろう。欧米諸国は、WTO ルールに抵触しないよう、環境汚染や炭素排出を理由に、金属スクラップの輸出規制を様々な方法で行っている。
この流れに乗り遅れれば、産業にとって致命的な打撃となりかねない可能性があるからである。
【参考資料】
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