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中国の過剰生産能力がもたらす鉄鋼とアルミニウムのグリーン化への影響

〈目次〉

  1. 中国における過剰な鉄鋼生産とその背景
  2. 輸入国側で進む対策
  3. 補助金頼みの「脱炭素化」
  4. アルミ市場も席巻する中国の生産力
  5. 解説

1.中国における過剰な鉄鋼生産とその背景

2023年3月、OECDの鉄鋼委員会は、世界の鉄鋼業界が抱える問題の1つとして「世界的な鉄鋼生産能力の増加」を指摘する声明を発表した。世界の鉄鋼生産の47%を占める中国が景気低迷に陥ったため、内需が減速、その反動で輸出が増加し、国際鉄鋼市場が健全性を失う可能性を指摘した。

2023年8月、欧州の新興民間環境調査機関Centre for Research on Energy and Clean Air (CREA)は、中国鉄鋼産業の過剰生産能力と炭素排出に関する特別レポートを発行した。

中国政府は、2017 年から 2023 年上半期に かけて、3 億 8,430 万トン分 の新規溶銑(銑鉄製造)能力と 、4 億 2,590 万トン分の新規鉄鋼生産能力の許可を発行した。そしてこの間、年間約6,000万トンずつ鉄鋼生産能力が拡大していった。6,000万トンとは、ドイツの年間総鉄鋼生産能力のおよそ2倍にあたる量である。増加した分の生産能力は、公式には、既存の生産能力の廃止によりバランスを取る措置が講じられたが、一部の銑鉄及び鉄鋼生産施設は長年遊休施設であったため、これらへの新規投資により、実質の生産能力は大幅に増加することになった。

上記の承認を受けた新規プロジェクトは、2025 年までにほぼ全てが操業を開始する予定である。結果として、中国の鉄鋼生産能力においては約40%が最新の設備に更新されるため、中国製の鉄鋼製品の過剰供給が懸念されていた。

2022年の中国の粗鋼生産量は10億1,300万トンと膨大な量に膨れ上がっているが、実は生産量はわずかながら2年連続で減少している。コロナによる経済の減速のみならず、2022年から徐々に顕著化した不動産不況が深刻化し、内需が減ったためである。
中国のGDPの30%弱を占める不動産業の減速は、鉄鋼業へ少なからず影響を与え始めていたのである。

上海のデータプロバイダーのWindは、中国国内で完成後売れ残ったアパートが2023年2月時点で35億平方フィートあり、これは、最大で400万世帯分に相当する量であるという調査結果を出した。この情報は、米国のウォールストリートジャーナル紙が報じ世界に拡散されたが、その後、中国のデータプロバイダー各社への海外からのアクセスが全て遮断されるという事態が発生した。
中国の鉄鋼業は、不動産バブルで大きく「かさ上げ」された需要に支えられ、生産能力を拡大してきた。それが今、「余剰の生産能力」として問題化してきたのである。
中国政府は2023年7月に入り、過剰生産と製品の在庫増による国内市場の混乱を避けるため、段階的に、中国最大の鉄鋼生産都市である唐山市と四川省の鉄鋼メーカーに対する生産制限を実施した。

OECDの懸念どおり、過剰生産能力と国内での需要の減少、さらに人民元安が重なり、中国からの鉄鋼製品の輸出量は増加した。2023年の上半期までに、輸出量は前年比で31.3%増加しており、年末までの総輸出量は7,700万トンを超えるとみられている。比較するデータをあげると、2022年の日本の粗鋼生産量は8,923万5,000トン、鉄鋼製品の輸出量は、3,194万トンであった。

2.輸入国側で進む対策

中国製品の輸入国の鉄鋼メーカーは、輸入品との価格競争により利益が圧迫され、新たな投資資金を獲得することが困難になりつつある。特に、高金利で資金調達が難しい現在、この傾向が顕著になっている。中国の鉄鋼製品の主な輸出先は、東南アジア諸国、インド、中東、アフリカである。鉄鋼やその半製品は国際商品のため、価格は他地域にも影響を与えている。
鉄はあらゆる製品に使用されているため、鉄鋼価格が上がれば施設や製品のコストも連動して上がる。そのため、安価な中国製の鉄鋼製品への需要が高まるという事態が発生している。

2023年に入り中国製品の輸入が急増したインドは、対策に乗り出す予定である。インドは、2023年の上半期だけで既に、中国から57万トンの鉄鋼製品を輸入しており、この量は、前年同期比で63%も増加している。一方、韓国からの輸入量は68万5,000トンで、前年比で4%減少した。海外で中国の鉄鋼製品が増加する中、インドからの鉄鋼輸出量は、この間33%も減少した。

欧州政府は、2017年に開始され5年間の期限で実施されていた、中国からの特定の種類の厚圧延鋼材の輸入に対する反ダンピング措置を、2023年5月に、さらに5年間延長することを決定した。さらに、2024年6月30日まで、EUの鉄鋼セーフガード措置を継続する実施規則を発表した。

米国政府は、2018年に実施した、鉄鋼とアルミニウム製品の関税措置(鉄鋼25%、アルミニウム10%)を維持する方針を打ち出している。2023年8月には、米国商務省が中国製の錫(すず)メッキ鋼板とそのメーカーに122.5%の予備的反ダンピング関税を課すことを決定している。

3.補助金頼みの「脱炭素化」

中国の過剰生産能力と輸出攻勢による「国際的な価格ドミノ」で少なからず影響を受けている欧州の鉄鋼メーカーは、急務となっている鉄鋼の脱炭素化に向け、政府に巨額の補助金を求める動きを続けてきた。

2023年7月、欧州委員会は、炭素排出量削減への取り組みを支援するため、欧州の二大鉄鋼メーカーに巨額な補助金を承認した。欧州最大の鉄鋼メーカーであるアルセロールミタルに8億5,000万ユーロ、それに次ぐティッセンクルップに20億ユーロを支援することを承認した。欧州委員会は、発表の中で、鉄鋼メーカーが単独でグリーンに移行する資金を得ることができないことを認識し、補助金は、海外の競合他社との競争力を維持するためのものであることを強調していた。

中国の突出した鉄鋼の過剰生産能力、バブルで大幅にかさ上げされていた不動産業からの需要の低迷、それを受けた鉄鋼製品の輸出の急増、さらに欧米市場の保護主義的な政策により、多くの地域の鉄鋼生産とその関連業者が影響を受けている。景気減速による世界的な需要の減少もあり、消費材メーカーや建築業者は安価な鉄鋼製品を求め続けている。中国の過剰生産能力に端を発したネガティブな連鎖が重なり、鉄鋼のグリーン化は世界的に、民間投資から政府援助に依存する状況が生まれ始めている。

4.アルミ市場も席巻する中国の生産力

アルミニウムにも同様な動きがある。
2022年の中国のアルミニウム総生産量は、4,021万トンである。この生産量は、世界のアルミニウム総生産量の約58%である。中国国営の調査機関「安泰科」が発表したデータでは、中国全土のアルミニウムの生産能力は、4,430万トン/年に達している。
中国政府は、汚染とエネルギーの大量消費問題から、国内で新規のアルミ製錬所の建設に上限を課し、国内の年間生産量の上限を4,500万トン/年と定めている。

アルミニウムは、車のEV化や再生可能エネルギー関連産業での需要が堅調に伸びているため、今後も生産能力の拡張が必要である。そのため、中国のアルミニウム関連企業は、国外での生産能力を年間1,000万トンにまで拡大する計画を立てている。2022年の中国総生産の25%にあたる1,000万トンの生産能力の追加は、アルミニウムの国際市場の価格に多大な影響を与えるであろうことが、すでに予測されている。

主な投資先となるのはインドネシアである。中国企業は、インドネシアで行った「ニッケルモデル」と言われる生産拡張のビジネスモデルを、アルミニウムにも当てはめる動きを活発化させている。6月、中国アルミ大手の山東南山アルミニウムは、インドネシアに生産能力25万トンのアルミナ精錬所を建設する計画を発表し、7月には、中国政府が、華豊グループがインドネシアで生産能力200万トンの製錬所に投資することを許可している。インドネシア政府は、すでに、ボーキサイトの輸出を禁止している。

こうした中国企業によるアルミニウムの海外生産に向けた巨額な投資について、金属価格指標を専門とするAG Metal Minorは、8月、「アルミニウム価格に激震?中国のインドネシアへの進出が市場の変化を引き起こす」という特集記事を掲載している。

中国のアルミニウム生産企業の目論見が中国の鉄鋼輸出モデルと異なる点は、国内に抱える余剰生産能力の出口として海外輸出を活発化させるのではなく、国外で生産した大量のアルミニウム製品を、生産国から直接国際市場に販売していく、ということである。この方式は、中国との政治的な2国間通商関係の問題を、できるだけ抑えることができるという利点がある。米国は、輸出原産国だけではなく、生産者を対象とした関税措置を検討し始めている。

中国企業によるインドネシアでのアルミニウム生産能力の増強は、中国企業がインドネシアで行っているニッケルへの投資と極めて類似している。そこには、中国政府とインドネシア政府が深く関与してきた経緯がある。インドネシア政府は、国内産業の発展を理由にニッケル鉱石の輸出も禁止している。

アルミニウムの製造には多くの電力を使う。リサイクルと再生可能エネルギーの利用はアルミニウムのグリーン化にとって大きなメリットとなる。しかし、安価で供給力のある中国企業の製品がアジアを拠点に世界に輸出されることで、他国のメーカーがコストのかかるグリーンアルミニウムへ投資することにブレーキがかかる可能性が、早くも指摘され始めている。

 

5.解説

スウェーデンの新興低炭素鉄鋼専門メーカーであるH2Green Steelは、工場建設と2025年内の商業生産に向け、今までに35億ユーロ(約5,400億円)以上を確保してきた。さらに、低炭素鋼の原料は、ブラジルでValeが低炭素な工程で生産する練炭鉄鉱石や、Lio Tintoのカナダの工場が生産する低炭素の直接還元鉄鉱石ペレットを輸入して利用することを決めている。
巨額な投資と、限られた特別な原料を海外の企業から輸入するという試みが事業として成功するのか、注目が集まっている。投資額や原料コストを考慮すると、同社の低炭素鉄鋼製品の価格は大幅に上がると予測されている。しかし、同社は、価格についての情報を公表していない。

H2 Green Steelがこれらの投資を可能としている最大の要因は、欧州がスタートした国境炭素調整メカニズム(国境炭素税)であり、さらに、長年発展してきたEU排出権取引市場が機能しているためである。

欧州のように排出権取引市場と国境炭素税を持たない自由市場では、圧倒的な対外供給能力と価格競争力が生れた中国製の(又は中国メーカーが他国で製造した)鉄鋼やアルミニウムと、その国の製品が競争することは困難である。2023年、鉄鋼需要が堅調なインドに中国製品が流れ、インド政府が規制に乗り出す動きを見せていることは、1つの端的な例となっている。
中国の増え続ける生産能力により、他国の鉄鋼メーカーやアルミニウムメーカーにとっては、グリーンスチールやグリーンアルミニウムへ投資する資金を自社で確保することが益々難しい環境が生まれている。

また、別の問題は、グリーンスチールやグリーンアルミニウムで上昇した製品価格を、消費者が受け入れるかということである。製品メーカーは、グリーンスチールやグリーンアルミニウムを使って製品を作っても、消費者が受け入れられない価格になれば、意味がないのである。

中国の過剰生産能力は、間違いなく、鉄鋼製品やアルミニウム製品の国際価格を押し下げる効果があることが示されている。そのため、欧州のような法律による特別な規制がない地域は、今後、グリーンスチールやグリーンアルミニウムに向けた投資がより困難になる可能性が高いといえるだろう。

 

【参考資料】
Centre for Research on Energy and Clean Air (CREA)による調査結果(2023年8月)
AG Metal Minorによる中国企業のアルミニウム生産海外投資に関する記事(2023年8月24日)

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