欧州の「グリーンブーム」の波を受けて華々しく誕生し、期待されてきた多くの先進的な電池メーカーが、現在苦境に陥っている。その背景には、市場の鈍化などの理由の他に、経験不足のまま潤沢な資金だけが集められ、急速に事業を展開してきたことによる、メーカーとしての実力の不足という現実が見え隠れしている。
本稿では、欧州資本最大の低炭素EV電池メーカーであるノースボルトを中心に、欧州の企業が抱える課題について解説する。
〈目次〉
1. 欧州のEV電池産業で相次ぐ事業の停滞や遅延
2024年9月、欧州資本最大で低炭素なEV電池を生産するスウェーデンのNorthvolt AB(以下、ノースボルト)は、全世界の従業員の約20%に相当する1,600人の人員削減を行うと発表した。同社は2024年9月末時点までに、150億ドル(約2兆2000億円) 以上の資金を集めてきた。
10月9日には、同社の子会社の1つNorthvolt Ett Expansion ABの破産申請を行った。Northvolt Ett Expansion ABは、スウェーデンのシェレフテオ市にあるノースボルトの主力工場(Northvolt Ett)の拡張工事プロジェクトを管理してきた。
ノースボルトは、Northvolt Ett工場の拡張に向け、1月に50 億ドル(約7300億円)の資金を調達したばかりであった。
この50億ドルは、スウェーデン国債庁や欧州投資銀行が一部のローン保証を行い、25行の商業銀行、北欧投資銀行のコンソーシアムが関与した、欧州で過去最大の「グリーン ローン」といわれている。
10月30日、スウェーデンの大手自動車メーカーのVOLVO CARS(ボルボ・カーズ)は、ノースボルトに対し、合弁会社であるNOVO Energy(ノボ・エナジー)のノースボルトの株式を取得する「買い戻し権」を行使すると発表した。理由は、ノースボルトが契約上の資金提供義務を履行しなかった「株主間契約違反」を受けたものである。
現在、ノースボルトは、約3億ドル規模の救済パッケージを投資家と交渉しており、早ければ11月初旬には何らかの回答が公表される予定である。しかし、1月の50億ドルのローンの複雑な保証契約等があり、手続きは遅れている。
欧州でかつて「グリーンドリーム」と称されたノースボルトは、今、大きな試練に直面している。
10月29日、フィンランドの電池化学メーカーTerrafame(以下、テラフェイム)もまた、人員削減と労働時間の削減交渉を開始できるよう、地元当局に申請を行った。同社は、年間約100万台のEV向け硫酸ニッケルを生産する能力がある。テラフェイムが生産する硫酸ニッケルの温室効果ガス(GHG)排出量は、業界で最も低い部類に入る。
欧州のEV電池プロジェクトの中止や遅延は、これだけではない。
6月には、ステランティス、メルセデス・ベンツ、トタルエナジーズが所有するオートモーティブ・セルズ・カンパニー(ACC : Automotive Cells Company)が、欧州に計画していた3つのギガファクトリーのうちイタリアとドイツの2つの工場の建設を中止した。
イタリアのItalvolt(イタルボルト)も、トリノ郊外に建設予定であったギガファクトリーの建設が延期されたままである。
ノースボルトはさらに、ドイツの工場建設の延期も表明している。
完全にキャンセルされたプロジェクトはなく、「延期」や「一時中止」としているのは、投資家からの資金提供や銀行ローンに伴う複雑な契約が理由にあるといわれている。
こうした欧州資本のEV電池プロジェクトの遅延や一時中止は、2022年からすでに始まっており、欧州の民間団体であるTransport & Environment(T&E)は、2023年6月に調査報告を掲載し、欧州で計画されているリチウムイオン電池生産の3分の2以上(68%)が遅延、縮小、または中止の危機に瀕していると警告した。掲載記事の中でブルームバーグNEFによる引用を取り上げ、リチウムイオン電池生産への新規投資における欧州の世界シェアは、2021年の41%から2022年にはわずか2%に低下したことを伝えた。
2.「有利」とされていたドイツとスカンジナビア
欧州のEV電池プロジェクトのうち多くの資金を集めているのは、ドイツとスカンジナビアである。
欧州では過去2年間で、EU電池規則、重要原材料法、エコデザイン規則、さらに企業のサステナビリティ報告指令の全てが改正され、電池のライフサイクルでのGHG排出量を「バッテリーパスポート」で開示する必要が生じている。
そのような状況の中、スカンジナビアとドイツでは、再生可能エネルギーの入手が容易であり、かつ、雇用の創出により政府からの手厚い援助が期待できるため、他の地域より有利なのである。
一方、現在、中国と韓国の電池メーカーが欧州で工場を有しているのは、LGエナジーソリューション(ポーランド)、サムスンSDI(ポーランド)、SKオン(ハンガリー)、CATL(ハンガリーとドイツ)など、東欧が多い。東欧地域のエネルギーは、ほとんどが石炭や天然ガスから作られているため、新規制への対応には炭素関連コストがかかるという問題がある。
さらに、米国ではインフレ削減法の税控除の条件として懸念外国法人(FEOC)からの電池セルや原材料による制限が加わり、ドイツとスカンジナビアのプロジェクトへの注目が増した。
逆にいえば、そこしか選択肢がないという背景もあった。しかし、現実は計画通りに進まなかった。
ノースボルトが2023年に生産した電池は、わずか1GWhだけであった。2023年には12億ドル(約1750億円)もの巨額の損失を報告した。
3.欧州のEV電池産業が直面する「共通の課題」
ノースボルトが苦境に陥った理由は、欧州資本のEV用電池産業のほぼ共通した課題である。
それらの課題とは、品質管理、生産拡張、コスト競争力の3つに集約される。
品質問題に起因する生産の「歩留まり」は、大きな課題として続いている。量産では、不純物や部品の公差 (許容範囲) の問題が避けて通れない。高ニッケルのカソード材料は湿気に弱く、乾燥し安定した環境が必要である。電極やセパレーターの厳しい交差、リチウムメッキの品質、電池セルの膨張問題、電池セルのライン不良品の増加など、リチウムイオン電池特有の品質管理の問題が次々に起こり、生産性の問題が浮き彫りになっている。
欧州では、リチウムイオン電池の品質管理に経験豊富な人材も不足している。さらに、品質問題の解決ができる「現場の熟練労働力」も圧倒的に足りていない。
課題は、品質管理だけではない。中国のように電池のサプライチェーンが確立されていない欧州では、材料であるリチウム、コバルト、ニッケル、マンガンなどの主要材料の供給不足の問題も大きい。筆者がNorthvolt Ett工場立ち上げ前に電解質や材料メーカーから聞いた話では、当時は、調達部門の経験にも疑問符が付くとの評価であった。
生産における複数の段階で厳格なテストが必要なリチウムイオン電池は、品質を維持しながら原材料と生産コストの両方を削減することが極めて難しい工業製品である。そのため、欧州の電池メーカーは、常にコスト圧力に晒されてきた。工場の生産拡張がなかなか進まないのは、歩留まりとコストによる問題が解決できない、という事情がある。
つまり、資金調達やEV市場の鈍化の問題はあるものの、根本的には、欧州電池メーカーの実力が、日・中・韓の同業他社に追いついていないということである。これらの問題は、メーカーとしての知識や経験に基づくものであり、早急に解決するのは困難とみられている。
欧州のEV電池メーカーの多くは、欧州の政策的インセンティブとEVトレンドの波に乗り資金を集め、業界の幹部を多額の費用で雇用してきた。しかし、競争力という点で、日・韓・中の電池メーカーに対抗することができていないのである。
そしてもう一つ、固有の奥深い問題として、投資家の存在がある。
例えば、ノースボルトは、スウェーデンの国民年金基金AP、スウェーデンの保険・年金グループFolksam、デンマーク最大の年金基金である ATPから多額の資金提供を受けている。それだけではなく、カナダへの工場進出を画策し、オンタリオ州が持つオンタリオ投資管理公社(IMCO)、世界最大の年金基金の 1 つであるカナダのCPP Investments、ケベック州内の公共投資計画を管理するCDPQなどからも資金を調達している。さらに、ノースボルトの株主には米国のBlack Rock、Goldman Sachs Asset Management、スイスの投資管理会社Ava Investors、ドイツの自動車会社VW、BMW等が含まれている。多額の資金を集めてきた経緯もあり、複雑な契約や利害関係があり、容易にプロジェクトの遅延や中止を選択できないという事情がある。
ほぼ全ての欧州電池プロジェクトが同じような傾向を示しており、おしなべて完全なキャンセルの発表がなく、遅延や一時中止といった曖昧な発表に留まっていることが、事態の複雑さを示しているといえる。
ノースボルトに関しては、地元のスウェーデン政府がすでに動きだしている。スウェーデンのウルフ・クリスターソン首相は、政府による同社の株式の取得と納税者の負担による救済措置を否定している。しかし、政府内にノースボルト危機に対処するためのタスクフォースを設置し、ドイツとの連絡や潜在的な解決策を検討していると伝えられている。
4.解説
本サイトの過去の複数の記事でも同様の内容を示しているが、欧州で起こっている「グリーン」化の実態は、表向きに宣伝されているほど華々しいものではない。むしろ、実態は困難を極めているものも多くあり、グリーン水素用の電解槽製造、洋上風力発電プロジェクト、グリーンスチール、プラスチックのケミカルリサイクル、発電用木質ペレット製造等では、最近になって、関連企業の苦境が伝えられているものも少なくない。
2019年の欧州議会選挙の「グリーンムーブメント」によって誕生した欧州政府と議会は、野心的な欧州グリーンディールと法的枠組を基幹政策として、多くのグリーン規制を誕生させてきた。そうした政策的枠組みを背景に、いくつものグリーン企業が欧州で誕生し、補助金を含めた多額の資金を集めてきた。それらの潮流に乗った経験不足の企業の多くは、本稿で取り上げたノースボルトのように、今、様々な課題に直面している。
2024年の欧州議会選挙では、「現実路線」派が勝利した。今後、グリーンブームの修正とともに、より現実的なグリーンディールへと舵が切られるとみられている。
欧州資本のEV電池産業の課題は、「グリーンブーム」の修正の始まりを示していると同時に、多くの課題を残したグリーンムーブメントへの教訓の一つといえるのではないだろうか。
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