Carbon &
Circular Portal

カーボン&サーキュラーポータル

CARBON &
CIRCULAR
PORTAL

カーボン&サーキュラーポータル

ノースボルト破産の真相:欧州電池産業の雄が倒れた真因

2025年3月12日、欧州EV電池市場の旗艦と目されたスウェーデンのNorthvolt AB(以下、ノースボルト)が破産手続きを申請した。2016年にテスラの元幹部ピーター・カールソンらが設立した同社は、フォルクスワーゲン、ゴールドマン・サックス、ブラックロックなどから総額150億ドルを調達し、世界中から注目されながらも、なぜ崩壊に至ることとなったのか。本稿では、技術的な欠陥や経営判断の誤り、市場環境の変化、政策立案者の役割、投資家への透明性確保の課題、さらには、グリーンスタートアップ企業に多くみられる無謀な戦略的オーバーリーチの問題などについて、多角的に分析する。
※「戦略的オーバーリーチ」とは、企業の適切な計画や運用上の制限を考慮せずに、資金を確保する為、又は市場シェアを急速に拡大する為に、戦略的に行き過ぎた目標設定やコミットメントを開示すること。

目次

  1. 技術的基盤の脆弱性:中国依存の罠
  2. 生産能力の崩壊:数値が示す経営破綻
  3. 財務構造の破綻:資金繰りの致命的誤算と持続不可能な負債
  4. 戦略的過失:無謀な拡張路線(戦略的オーバーリーチ問題)
  5. 市場環境の急変:EV需要減速の逆風
  6. コンプライアンス問題:法規制違反の連鎖
  7. 破産処理の現状と教訓
  8. 欧州のバッテリー製造の未来

1. 技術的基盤の脆弱性:中国依存の罠

ノースボルトは「欧州技術主権の確立」という理念で創業されたが、スウェーデン紙の報道によると、主要製造装置の90%以上を中国企業に依存し、稼働も中国の技術者なしでは成り立たない状況が2020年以降長らく続いていたという。これは創業理念と根本的に矛盾する「技術的自主性の欠如」であり、同社の脆弱性でもあった。
さらにスウェーデンの経済評論家ラース・ウィルダーエング氏の内部情報によれば、中国から導入した設備は最新鋭機ではなく、機能仕様書も不完全な状態で引き渡されていたようである。この技術的隷属状態が、後述する生産性危機を引き起こす主要因となる。

2. 生産能力の崩壊:数値が示す経営破綻

ノースボルトの生産実績は計画値を大幅に下回り、主力のスウェーデンにあるシェレフテオ工場では16GWhの計画容量に対し、実際の稼働は1GWhに留まった。2024年9月からは、毎週の出荷可能なバッテリーセルの生産量は約20,000〜26,000個で推移した。同社が掲げた「Path to 100k」ロードマップに基づく週100,000個のセル生産には遠く及ばないものであった。この生産性の低さが、結果としてBMWから20億ユーロ規模の契約解除を招き、経営基盤を決定的に揺るがせることとなった。
それ以外にもサプライチェーンの完全な破綻を物語る事例として、未開封のまま放置された4,300万ユーロ相当の資器材が発見されるなど、プロジェクト管理能力の欠如が露呈していた。
※2024年末までに同社がバッテリーセルの生産と出荷能力を100,000個に拡大する社内生産計画

3. 財務構造の破綻:資金繰りの致命的誤算と持続不可能な負債

資金繰りが悪化したノースボルトは2024年11月、資産のある米国で連邦破産法第11条を申請した。この時点で同社は58億ドルの負債に対し、手元流動性が約1週間分の運転資金に相当する3,000万ドルしかないことが判明した。ピーター・カールソンCEOは、当面の事業を継続するためには9.2億ドルの追加資金調達が必要と認め、自主再建を目指して米国での法的整理や債権者との交渉を行ったが、最終的に必要な資金を確保するには至らなかった。
また、収益基盤における脆弱性も資金繰りを悪化させる要因として挙げられる。同社は自動車メーカー向け量産契約を収益の柱としていたものの、生産遅延が相次ぐ中、前述のBMWによる契約解除が決定打となってしまい、投資家向け説明資料で喧伝された「Path to 100k」計画は実現することができなかった。

4. 戦略的過失:無謀な拡張路線(戦略的オーバーリーチ問題)

グリーンスタートアップ企業に多くみられる典型として、資金調達で有利となる強力なマーケティング施策をノースボルトも実施してきた。同社の経営陣は「全方位拡張」という野心的な地理的拡大戦略を採用したことで、致命的なリソース不足を生み出し、同社の生産技術能力を虫食んだと考えられる。この戦略の内容は、スウェーデン・ドイツ・北米での同時多発的工場建設、リチウムイオン電池に必要なカソード材料開発からリサイクル技術まで垂直統合を図るというものだったが、これがリソースを過剰分散させた。スウェーデンのシェレフテオにある主力施設から、拡張した複数の施設へリソースが取られたことによって、結果として問題解決が先延ばしされてしまったのである。専門家は「経営陣の技術理解不足と管理能力の欠如が、アジアの競合他社との力量差を露呈させた」と指摘している。

5. 市場環境の急変:EV需要減速の逆風

自社内の問題だけでなく、市場環境の急激な変化もノースボルトにとっては逆風となった。S&Pグローバルの予測によると、欧州のEV市場では、前年と比べ2025年の市場シェア予測が27%から21%と下方修正された。主要自動車メーカーがEV戦略の見直しを始めたことに伴い収益源を失うという状況となり、さらにEUの中国製EV関税導入や米中の素材関税戦争が、サプライチェーンを直撃する結果となった。

6. コンプライアンス問題:法規制違反の連鎖

スウェーデン当局はノースボルトEttの工場の無許可運転を摘発し、不法就労や労働者死亡事故(過失致死容疑)に関する訴訟を提起した。これらの法務リスクが投資家の信頼をさらに毀損し、政府支援の道も閉ざす結果を招いた。

7. 破産処理の現状と教訓

現在ノースボルトは破産管財人ミカエル・クブ氏の下で資産売却が進められているが、2025年5月時点で買収の目処は立っていない。スウェーデンのシェレフテオ工場の勤務者が大半を占める、約5,000人の従業員の行方は不透明なままである。
このノースボルトの事態が示す教訓は、大きく分けて3つあるといえる。一つ目は「技術的基盤なしに規模拡大を急ぐべきではない」ということ、二つ目は「サプライチェーンの過度な外部依存はリスクを倍増させる」ということ、そして三つ目は「政策依存型のビジネスモデルは持続可能性に欠ける」ということである。

ノースボルトの破産は、欧州の産業政策が「技術主権」の理想から現実主義へ転換する必要性を物語っており、欧州の政策立案者はバランスの取れた産業政策に失敗したともいえる。
本来の産業政策は、新たな技術と製造能力を確立するための大きな課題を認識し、野心と実用主義のバランスを取る必要があったのではないか。しかし、今回のノースボルトの例から、「規制、野心、資金だけで全てが解決できる」と考えていたとみられても仕方がない結果となった。それらは、政策立案者の技術知識の不足や過剰な支援的規制の枠組み等に表れている。

8. 欧州のバッテリー製造の未来

ノースボルトの破産は、バッテリー製造においても主導権を握るという目標を掲げた欧州にとって、大きな打撃と後退を表す結果となった。ここまで、同社の破産は技術的な不備、管理体制の不備、不健全な財務状態、EV市場の急速な変化などが複雑に絡み合った結果に起因していることを解説してきたが、これらの情報が投資家にも顧客にもほとんど知られることなく時間だけが経過し、「グリーン・プロジェクト」の情報開示の透明性確保にも大きな課題を残した。

欧米新興企業にとっては、アジアのバッテリーシステム全体を一夜にして再現しようとするよりも、より段階的で技術的に根拠のあるアプローチの方が持続可能であることが証明されたということでもある。
より広範なEVとクリーンエネルギーへの移行にとって、今般のノースボルトの破産は、確立された分野での新しい産業能力を開発する際の大きな課題を浮き彫りにしただけでなく、それを産業政策として助長した欧州やスウェーデンの政策立案者の責任でもあることを示した。
欧州がバッテリー戦略を再評価する中で、ステークホルダーは、技術主権には資金や政治的意思だけでなく、忍耐力、集中的な実行力、真の技術的専門知識が必要であることを認識する必要がある。

【参考資料】

Details: Chinese supplier has blown Northvolt
One of Europe’s largest bankruptcy auctions begins: TBAuctions to sell €300M worth of unused Northvolt assets  – Silicon Canals
Why Europe’s EV Market Needs a New Game Plan – Electric Car Guide
ANALYSIS – Rise and fall of Northvolt | Macau Business
Northvolt Struggles with Production Goals Amid Strategic Overhaul – Interstellar News

———————————————————————————————————————————————————————————

株式会社ブライトイノベーションは、企業の環境情報開示支援、気候関連課題への対応、サーキュラーエコノミー構築など、環境・サステナビリティ分野のコンサルティングサービスを提供しています。
以下のフォームより、お気軽にご相談・お問合せください。

無料相談申込フォーム
お問合せフォーム

またX(旧Twitter)では世界の脱炭素経営とサーキュラーエコノミーに関するニュースをタイムリーにお届けしています。
ブライトイノベーション 公式X