「スポーツポジティブリーグ」(以下、SPL)とは、サッカー界のサステナビリティにおける画期的な取組みであり、プロサッカークラブの環境・サステナビリティに関する活動を測定、改善するための体系的な枠組みを提供するものである。Jリーグがこの枠組みにアジアで初めて参画するにあたり、SPLの起源、方法論、影響を理解することは、クラブとスポンサーの双方にとって不可欠である。本稿では、SPLの詳細、そしてプレミアリーグクラブが実施している活動について紹介し、日本のサッカー関係者が環境・サステナビリティの活動を始めるにあたっての情報を提供する。
目次
- SPLの発展と役割
- 採点システム
2-1.カテゴリーと評価基準
2-2.ポイント配分システム - プレミアリーグの実施と成功事例
3-1.全体的な進捗と成果
3-2.主要クラブの事例
1)リバプールFC (Liverpool FC)
2)トッテナム・ホットスパー(Tottenham Hotspur)
3)マンチェスター・シティ(Manchester City) - Jリーグの参画と実施計画
4-1.戦略的利点
4-2.スポンサーにとっての機会 - SPLの枠組み実施のためのポイント
- まとめ
1.SPLの発展と役割
SPLは2018年に設立され、サッカーファンが簡単に理解し関わることができる、包括的なリーグへの加点形式へと急速に発展した。
当初イングランドのプレミアリーグに焦点を当てていたSPLは、その後ブンデスリーガ、リーグ・アン、イングリッシュ・フットボール・リーグ(EFL)など、欧州の4つのプロサッカーリーグにまで拡大した。そして2025年、5番目のリーグとしてJリーグも参画を発表しており、アジアでは初めての参画となる。
SPLの主な目標は、既存のサッカークラブ内で、気候変動対策と持続可能な取組みに関する情報を共有し、さらなる行動を起こし、その活動を促進することである。すべてのサッカークラブの主要な環境・サステナビリティに関する情報を体系的に整理することで、SPLは透明性を生み出し、サッカーのエコシステム全体での知識を共有できるツールとなる。
SPLはクラブ同士を競争させるのではなく、クラブがお互いの成功と課題から学ぶことができる協力的な環境を作り出すことを目指している。「リーグテーブル形式※」は、複雑なサステナビリティ情報をファン、スポンサー、その他の関係者に伝えるわかりやすい方法として機能する役割を担っている。
※持続可能性評価をスコアに基づいてランキング形式で示すもの
2.採点システム
2-1.カテゴリーと評価基準
SPLは、サッカー運営による環境への影響と、クラブがそれに対処するために実施している活動を反映する以下の12のカテゴリーによって、クラブを評価・検証する。
NO. | カテゴリー | 内容 |
1 | 方針とコミットメント | クラブの正式なサステナビリティの取組み方針と外部へのコミットメントを評価 |
2 | クリーンエネルギー | 再生可能エネルギー源から得られるエネルギーの利用割合を評価 |
3 | エネルギー効率 | エネルギー消費を削減するための体系的なアプローチを検証 |
4 | サステナブルな交通 | ファン、スタッフ、選手のサステナブルな移動を促進する活動を評価 |
5 | 使い捨てプラスチックの削減 | 使い捨てプラスチックを排除する取組みを評価 |
6 | 廃棄物管理 | 埋立地からの廃棄物転換とリサイクルプログラムを評価 |
7 | 水利用効率 | 水の保全と再利用活動を検証 |
8 | プラントベースフード(低炭素食品) | サステナブルな食品の利用可能性を評価 |
9 | 生物多様性 | 自然生態系を保護・強化する取組みを評価 |
10 | 教育 | ファンと地域のためのサステナビリティ教育プログラムを評価 |
11 | コミュニケーションとエンゲージメント | クラブがサステナビリティ活動をどのように伝えるかを評価 |
12 | サステナブルな調達 | サステナブルな購買慣行を検証(2022年に追加) |
なお、「スポンサーシップとオーナーシップ」に関する追加カテゴリーが2022年に導入されたが、まだ全体のランキングでは採点されていない。
2-2.ポイント配分システム
SPLは、各カテゴリーにおけるクラブのサステナビリティ活動を評価するために、詳細なポイント配分システムを使用している。採点方法は年月を経るとともに進化してきており、継続的な改善を促すため、一度の評価ではなく、繰り返し行われることが厳格な条件となっている。
上記のほとんどのカテゴリーでは、クラブは取組みのレベルの高さと範囲に基づいて、最大2ポイントを獲得できる仕組みとなっている。以下に、取組みおよび獲得できるポイントの例を示す。
カテゴリー | 取組み内容 | 獲得ポイント |
1.方針とコミットメント |
・長期的な環境・サステナビリティの取組みへのコミットメントを示す、公表されたサステナビリティ方針・戦略がある |
2ポイント |
2.クリーンエネルギー | ・スタジアムおよび他のクラブハウスのエネルギーが100%再生可能エネルギー由来 | 2ポイント |
・40%以上が再生可能エネルギーであるか、現地で発電している | 1ポイント | |
4.サステナブルな交通 | ・包括的なサステナブルな交通政策がある | 2ポイント |
・ファンとスタッフにサステナブルな交通手段を積極的に促進している | 1ポイント |
その他にも、特定のカテゴリーでは例外的な成果やイノベーションに対して、ボーナスポイントを獲得することができる。評価基準がより包括的になるにつれ、獲得可能な最大ポイント数は増加してきており、サッカーにおけるサステナビリティの重要性の高まりを反映しているといえる。
3.プレミアリーグの実施と成功事例
3-1.全体的な進捗と成果
SPLの創設以来、プレミアリーグのクラブはサステナビリティの取組みにおいて大きな進展を遂げている。2023年の報告書では、データ収集が始まってからの5年間でクラブのサステナビリティの進捗が「著しく改善した」と報告されている。リーグ全体での主な成果には、以下が含まれる。(括弧内は全20クラブのうち取組みを実施したクラブ数)
- ネットゼロカーボン目標を設定(6クラブ)
- スタジアム、アカデミー、またはトレーニンググラウンドで現地のクリーンエネルギー発電を実施(6クラブ)
- サステナブルな交通政策を実施(7クラブ)
- 環境への取組みのための専用ブランドアイデンティティを作成(8クラブ)
- 雨水または地下水の再利用システムを採用(9クラブ)
- スタジアムに資源の効率的な使用を確保するためのビル管理システムを導入(15クラブ)
- 埋立地からの廃棄物の100%転換と実質的なリサイクルの取組みを達成(16クラブ)
- スタジアム内の売店でビーガンメニューを提供(全クラブ)
2024年2月、プレミアリーグは環境・サステナビリティに関する新たなコミットメントを発表し、各クラブに対し、2024/25シーズンの終わりまでに環境・サステナビリティ方針を策定することを要求した。このリーグ全体のコミットメントは、SPLがイングランドフットボール全体でシステム的な変化を促進するのにどのように役立ってきたかを示すものである。その後、プレミアリーグは、2025年3月に環境サステナビリティ戦略を発表した。
3-2.主要クラブの事例
1)リバプールFC (Liverpool FC)
2)トッテナム・ホットスパー(Tottenham Hotspur)
3)マンチェスター・シティ(Manchester City)
また、プレミアリーグのクラブではないが、フォレスト・グリーン・ローバーズ(Forest Green Rovers)は「世界で最も環境に優しいサッカークラブ」といわれており、グリーンエネルギー起業家のデール・ヴィンス氏のオーナーシップの下、以下のような活動でサッカー界におけるサステナビリティの先駆者となっている。
- 農薬を使用せず、雨水で灌漑される有機ピッチを導入
- スタジアムを100%再生可能エネルギーで運営し、その多くを太陽光パネルで現地で発電
- 世界初のビーガンサッカークラブとなり、選手、スタッフ、ファンにプラントベースの食品のみを提供
- 電気自動車を導入し、サステナブルな交通オプションを促進
- 世界初のカーボンニュートラルサッカークラブとして国連認証を受けている
4.Jリーグの参画と実施計画
2025年4月、JリーグはSPLへの参画を発表し、世界で5番目、アジアで初めてこの活動に参画するリーグとなった。この決定は、将来の世代が安全にスポーツを楽しむことができるサステナブルな環境を作り出すというJリーグのコミットメントを反映するものである。
4-1.戦略的利点
SPLの枠組みを採用することは、Jリーグのクラブとそのスポンサーに多くの利点をもたらす可能性がある。それらには、以下が含まれる。
1.客観的ベンチマーキング:環境・サステナビリティに関する取組みを評価し、時間の経過とともに進捗を追跡するための指標を利用できる
2.グローバルな視点:世界中の主要サッカークラブと自身のクラブのサステナビリティに関する取組みを比較できる
3.知識の共有:世界中の他のクラブが実施している成功事例から学ぶことで、地域にとって最適の方法を検討することができる
4.ステークホルダーエンゲージメント:枠組みにより、ファン、スポンサー、地域コミュニティ、政府機関にサステナビリティの取組みを伝える、構造化された方法が提供される
5.財政的インセンティブ:クラブの気候アクションに関するロードマップ又は事業計画の策定及び実践(特にSPLの12項目)に関する事業の推進に支払われる「Jリーグサステナビリティ事業活動助成金制度」
4-2.スポンサーにとっての機会
また、スポンサーにとっては、SPLは意義のあるエンゲージメントのための新たな機会を創出する可能性がある。例としては、以下が考えられる。
1.ブランド価値:スポンサーは自社のブランドをクラブのサステナビリティ活動と整合させ、消費者に共有価値を示すことができる
2.革新的なアクティベーション:サステナビリティテーマを中心としたスポンサー活動のための機会を提供する
3.コミュニティへの影響:スポンサーはクラブによるコミュニティ重視のサステナビリティ活動に参加し、また、それらを伸ばすことができる
4.測定可能な成果:採点システムにより、サステナビリティパートナーシップの影響を評価するための明確な指標が得られる
5.競争的差別化:サステナビリティパートナーシップの早期採用者は、日本市場で自らを差別化することができる
5.SPLの枠組み実施のためのポイント
プレミアリーグの経験に基づき、JリーグによるSPLの枠組みを成功裏に実施するのに役立つと考えられる取組みのポイントは、以下のとおりである。
クラブ向け
1.現状評価の実施:SPLのカテゴリーに対する現在のサステナビリティ活動を評価することから始め、強みとギャップを特定する
2.包括的な戦略の開発:明確な目標とタイムライン、全体的なサステナビリティ戦略を作成する
3.短期達成エリアの優先:活動の勢いを維持するために、高い影響力を持ち、かつ少ないリソースで成果が出る活動を特定し、優先的に実施する
4.ステークホルダーの関与:影響と、その可視化を最大化するために、ファン、スタッフ、選手、地域コミュニティをサステナビリティ活動に最大限関与させる
5.測定と報告:環境への影響を測定し、定期的に進捗を報告するためのシステムを確立する
6.部門間の協力:サステナビリティが単一の部門に孤立するのではなく、クラブ運営全体に統合されるようにする
スポンサー向け
1.クラブ戦略との整合:スポンサーシップアクティベーションを通じてクラブのサステナビリティ活動をサポートし、強化する機会を特定する
2.専門知識の活用:クラブによるサステナビリティ活動の実施を支援するために、技術的専門知識とリソースを提供する
3.共同キャンペーンの作成:共有するサステナビリティコミットメントを強調する協力的なキャンペーンを開発する
4.影響の測定:サステナビリティパートナーシップの環境的およびブランド的影響を評価するための明確な指標を確立する
5.真正なコミュニケーション:表面的な「グリーンウォッシング」ではなく、真の環境改善に焦点を当てる
6.まとめ
SPLは、Jリーグとその関係者が日本のサッカーにおける環境・サステナビリティに関する取組みを前進させるための、重要な機会を提供するものとなると考えられる。プレミアリーグの各クラブの経験から学び、枠組みを日本に適応させることで、Jリーグ各クラブはアジアのスポーツにおけるサステナビリティリーダーとして自らを確立できる可能性がある。
SPLを採用するアジア初のリーグとして、Jリーグは地域のサステナブルなスポーツの最前線に位置づけられている。この先駆的な役割は、サッカーが環境課題への対処にどのように貢献できるかを示すと同時に、クラブ、スポンサー、コミュニティのための新しい価値の形態を創造する責任と機会の両方をもたらすことになるだろう。
SPLの枠組みを体系的に実施することで、各クラブは、環境フットプリントを削減し、ファンをサステナビリティの取組みに参加させ、スポンサーとの新しいパートナーシップの機会を創出し、日本のより広範な気候目標に貢献することができる。各取組みの達成のためには、約束と責任、イノベーション、そして関係者との協力を必要とするが、クラブ、スポンサー、コミュニティ、そして地域にもたらされる利益を考慮すると、積極的に取り組むに値するものであるといえる。
【参考資料】
・Sport Positive Leagues – Ranking top flight clubs on their environmental sustainability initiatves
・Premier League statement
・Premier League publishes Environmental Sustainability Strategy
・Sport Positive Launches Premier League Clubs Environmental Sustainability Report 2023 | sportanddev
・Liverpool FC — Our Planet
・Passionate About Our Planet | Sustainability
・Sustainability | Manchester City
・Another Way | WE ARE FGR
・【公式】アジア初となるSport Positive League(SPL)参画を決定 -Jリーグ全体でサステナビリティ事業を推進-:Jリーグ公式サイト(J.LEAGUE.jp)
・Premier League Unveils Environmental Sustainability Strategy
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