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ネットゼロ・バンキング同盟解散の真相とEUの規制緩和:企業への影響を徹底分析

2025年10月2日、世界の気候金融の象徴的存在であったネット・ゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)は、会員の投票を経てただちに業務を停止し、解散すると発表した。この決定は世界に衝撃を与えただけでなく、世界の気候金融における大きな転換点を示し、金融業界が協力して進めてきた気候変動対策への取り組みが終わりを迎えたことを意味するものとなった。さらに、欧州連合(EU)による「オムニバス・パッケージ」に代表される規制のバラバラ化、独占禁止法を使った圧力、企業が環境への公約から手を引く動きという新しい時代の始まりを示すものである。

目次

  1. 何が起こったか:気候金融インフラの体系的解体
    1-1.大規模銀行離脱のタイムライン
  2. EUの規制緩和の象徴:オムニバス提案
  3. 企業気候コミットメントへの影響
  4. 深層分析:政治的、法的、経済的圧力の合流
    4-1.独占禁止法と法的圧力
  5. 欧州の規制の断片化と政策逆転
  6. 市場の力学と競争圧力
  7. 市場・金融への影響
  8. 今後の展望:戦略的含意と監視優先事項
    8-1.短期的な注目ポイントと重要な判断時期
    8-2.中長期的な戦略シナリオ
  9. 時代の分水嶺を読み解く

 

1.何が起こったか:気候金融インフラの体系的解体

1-1.大規模銀行離脱のタイムライン

NBZAの崩壊は、2024年12月に始まり2025年10月に頂点に達した。ゴールドマン・サックスが2024年12月に規制圧力と独占禁止法への懸念を理由として、最初の米国主要機関として離脱した。これに続いて、ウェルズファーゴ、シティグループ、バンク・オブ・アメリカが離脱し、モルガン・スタンレーとJPモルガンが2025年1月に撤退を完了した。
日本の三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)、野村ホールディングス、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)、みずほフィナンシャルグループは、2025年3月に相次いでNZBAから離脱した。

ヨーロッパの機関もこれに続き、UBSが2025年8月に「持続可能性・気候関連メンバーシップの年次評価」を理由として撤退を発表した。創設メンバーの一つであったHSBCは2025年7月に離脱し、「ネット・ゼロ・バンキング・アライアンスは指導的フレームワークの開発に役割を果たした」が、もはや必要ではないと述べた。アライアンスのメンバーシップは2024年10月の144行から2025年10月には わずか11機関にまで減少した。

最終的な打撃は、残存メンバーがアライアンス自体の解散に投票したことであった。2025年10月2日、NBZAはメンバー投票を受けて「直ちに活動を停止する」と発表し、スポークスパーソンが「NBZAは遅滞なく業務を停止する」と確認した。

期間 出来事
2024年12月 ゴールドマン・サックスがNBZAから離脱
2024年12月~2025年1月 ウェルズファーゴ、シティグループ、バンク・オブ・アメリカが離脱
2025年1月 モルガン・スタンレーとJPモルガンがNBZAから離脱
2025年3月 三井住友フィナンシャルグループ、野村ホールディングス、三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャルグループがNBZAから離脱
2025年7月 HSBCがNBZAから離脱
2025年8月 UBSがNBZAから撤退
2025年10月2日 NBZAが活動停止を発表


2.EUの規制緩和の象徴:オムニバス提案

NZBAの解散と並行して、欧州連合は「簡素化」の名目で持続可能性要件を削減する「オムニバス・パッケージ」を通じて前例のない規制緩和を開始した。2025年2月に公表されたオムニバス提案は、企業持続可能性報告指令(CSRD)、企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)、EU タクソノミーなどの主要持続可能性フレームワークを対象とし、60億ユーロ以上の管理負担軽減を約束している。
2025年10月12日、欧州議会法務委員会は、閾値を従業員1,000人・売上高4億5,000万ユーロから従業員5,000人・売上高15億ユーロに引き上げることでCSDDDを大幅に弱体化する投票を行った。これは実質的に数千の中規模企業をデューデリジェンス要件から免除し、気候移行計画義務を大幅に希薄化させる。

欧州中央銀行(ECB)も、銀行に対するルールを緩和するよう圧力を受けたが、ECBの責任者たちは規制緩和の要求を断った。しかし、米国が規制を緩和した例に倣って、銀行が保有すべき資本(安全のための資金)の基準を下げてほしいという業界からの圧力は、今も続いている。

オムニバス提案
図1: オムニバス・パッケージ(出所:FiSer Consulting)

3.企業気候コミットメントへの影響

政治や規制からの圧力が強まり、特に米国では企業が気候変動への公的な約束から手を引く動きが広がっている。米国の調査機関The Conference Boardのデータによると、企業の持続可能性担当幹部の80%が、新しい政治状況に合わせてESG(環境・社会・ガバナンス)戦略を変更していると回答し、さらに、52%の企業が、持続可能性に関するメッセージを見直し、「ESG」という言葉そのものを使わないようにしているという結果が出ている。

この動きは勢いを増しており、企業幹部の90%が、ESGへの反対が今後数年間も続くか、さらに強まると考えている。同じ調査で2年前は63%であった。特に「2050年までに温室効果ガス排出実質ゼロ」といった気候変動対策の目標が、政治的批判の主な標的になっており、幹部の半数がこうした約束に対してより厳しいチェックが入ると予想している。

The Conference Boardのアンケート回答
図2: ブライトイノベーションにて作成

4.深層分析:政治的、法的、経済的圧力の合流

4-1.独占禁止法と法的圧力

気候アライアンスの崩壊は、主に米国の共和党州司法長官と連邦機関が独占禁止法の執行を利用したことに起因している。テキサス州司法長官のケン・パクストンは、石油・ガス産業を「ボイコット」する企業との契約を政府機関に禁止する上院法案13に基づいて、主要銀行を州契約から除外する協調キャンペーンを主導した。このパクストンの圧力を受けて、米国の主要銀行はすべて最終的にNZBAから撤退することとなった。
この法的圧力戦略は、個別の州による執行を超えて全米に拡大した。研究によると、独占禁止法への懸念が企業の60%を気候連合への参加から思いとどまらせる可能性があり、企業はSEC 10-K年次報告書において「グリーンウォッシング」をリスク要因として言及することが増加している。
ハーバード法科大学院の分析では、ESGイニシアティブは条件次第で合法と認められている。具体的には、拘束的なコミットメントを避け、競争を促進する利益をもたらす場合には、米国独占禁止法の下で防御可能であることが確認されている。しかし、規制に関する不確実性と執行リスクの存在が、企業の参加意欲を大きく抑制する要因となっている。

5.欧州の規制の断片化と政策逆転

EUは、これまで気候変動対策で世界をリードしてきた立場から、大きく方向転換している。
EUが提案した「オムニバス・パッケージ」という新しいルールは、企業の環境関連の報告義務を全体で25%、中小企業では35%減らすことを目指している。専門家たちは、これは単なる「手続きの簡略化」ではなく、実質的には「ステルス規制緩和」である批判している。
Finance Watch(金融監視団体)は、このオムニバス提案は、企業の環境報告ルール(CSRD)や環境分類ルール(タクソノミー)の適用範囲を大幅に縮小することで、「簡略化どころか、法的な混乱を増やしている」と指摘している。また、この政策は性急に進められたため、EU委員会自身が定めた「より良い規制のためのルール」に違反しているとして、EUオンブズマン(行政監察官)に苦情が寄せられている。

2025年10月13日、欧州議会でオムニバス提案に関する重要な投票が行われた。この投票によって、企業の持続可能性に関するルールが大幅に弱められることになった。環境保護団体ClientEarthの弁護士たちは、これを「政治的な駆け引き」と批判し、「これまで何年もかけて作ってきた企業の環境責任を守る仕組みが、今日の投票で台無しにされた」と警告を発した。

6.市場の力学と競争圧力

米国と欧州では銀行に対するルールが異なっており、ルールが緩い国で営業する銀行の方が有利になるという状況が生まれている。専門家の分析によると、アメリカの銀行は規制が緩和されることで、約260兆円(1.72兆ドル)もの追加の融資枠を手に入れることができる見込みだ。
これにより、厳しいルールを維持しているヨーロッパの銀行は、競争で非常に不利な立場に立たされることになる。英国は米国のやり方に追随する準備を進めているようで、約65兆円(5,000億ドル)相当の融資枠を増やせる可能性がある。
一方、スイスだけは逆の方向に進んでおり、重要な銀行に対してより厳しい資本ルールを課す可能性がある。

7.市場・金融への影響

規制を緩和している国の銀行にとって、NZBAの解散と規制の緩和は、資金運用面で大きな有利さを生み出している。米国の銀行は規制緩和によって、推定で約340兆円(2.6兆ドル)相当の追加融資枠を手に入れることができ、融資業務や資本市場での活動において実質的な競争上の優位に立っているのである。この金額は現在の銀行が保持すべき資本基準の約14%に相当し、銀行業務の積極的な拡大を可能にしている。
一方、欧州の銀行はより複雑な状況に置かれている。EUは2025年1月1日から「バーゼルIII」と呼ばれる国際的な銀行規制の完全実施を維持しているが、米国の規制緩和による競争圧力が、戦略的なジレンマを生み出しているのである。欧州銀行監督機構の評価によれば、段階的な導入期間があるため、最新の銀行規制改革の影響は全体として「管理可能」であるとされているが、各銀行のビジネスの特性によっては、より厳しい資本要件の増加に直面している機関もあるのが実情である。

8.今後の展望:戦略的含意と監視優先事項

8-1.短期的な注目ポイントと重要な判断時期

EUでは2025年1月1日から「バーゼルIII」という厳しい銀行規制が完全に導入される予定である。これは、規制緩和の恩恵を受ける米国の銀行に対し、欧州の銀行がどれだけ力を発揮できるかを試すことになる。その競争が実際にどう影響するかは、2025年第1四半期(1〜3月)の融資や資本市場での動きで明らかになる見込みであり、その結果によっては、EUが米国式の規制に合わせるよう求める声が強まる可能性がある。

また、EUによる「オムニバス・パッケージ」や気候アライアンスに関する米国の独占禁止法の執行に挑戦する複数の裁判が進行しており、これは今後の企業のサステナビリティ戦略を大きく左右する前例となるだろう。2025年後半から2026年初めにかけて下される判決は、異なる協力の形やそれぞれの規制の方法が法的に実行できるかどうかの重要な判断になる。

8-2.中長期的な戦略シナリオ

世界全体の規制をどのようにそろえるかという方向性は、企業同士の競争や各国の政治的な動きに左右される可能性が高い。米国が規制を緩和したことで経済的に有利な状況が続けば、それに合わせてEUも規制を見直す圧力が高まる。一方で、気候変動リスクが意識されれば国や地域ごとの違いがむしろ大きくなるかもしれない。企業は、世界の主要な国や地域の経済指標やルールの議論状況をしっかりと見る必要がある。
また、業界団体やテクノロジープラットフォームは、厳しい規制のチェックを避けながらも企業同士の協力による利益を守るため、意外な形での連携方法を生み出す可能性がある。それがうまくいけば、法律ではなく市場が自らルールや標準を作る時代になるのかどうかの試金石となるだろう。

9.時代の分水嶺を読み解く

2025年10月のネット・ゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)の解散は、単に一つの組織がなくなったということではなく、世界全体の気候金融の仕組みが根本から崩れ始めたことを示している。この歴史の大きな転換点は、これまで各国の銀行が協力して進めてきたやり方が終わり、今後は各国・各企業がバラバラに対応する時代への移り変わりを意味しており、金融業界と企業経営にとって、ここ20年間で最も重大な戦略の見直しを迫るものである。
米国とEUの間でルールがバラバラになっていること、独占禁止法という法律を使った政治的な圧力、そして企業の80%が環境への取り組み戦略を見直しているという異例の状況は、もはや一時的な向かい風ではなく、新しい普通の状態として受け入れるしかない現実である。企業の経営幹部は、この複雑で先が読めない状況の中で、目先の政治的な圧力に従うのか、長期的な気候変動のリスクに備えるのか、あるいはその両方のバランスを取るのか、はっきりとした戦略上の立場を決める決断を迫られている。
しかし、この危機は同時にチャンスでもある。ルールの断片化は、地域ごとに競争で有利になる機会が生まれ、戦略的に賢い企業は、資金の使い方、事業の広げ方、技術への投資において新しい優位性を築くことができる可能性がある。米国の銀行が手に入れる約340兆円(2.6兆ドル)相当の追加資金枠がもたらす競争力、EU企業が持続可能性への取り組みを続けることで生まれる他社との違い、そして日本企業が取るべき独自の位置取り—これらはすべて、今後5年間の企業の価値を左右する重要な選択肢である。
企業が今すぐ実行すべきことははっきりしている。第一に、複数の規制パターンに対応できる柔軟な戦略の枠組みを作ること。第二に、地政学的なリスク(国際政治のリスク)と気候変動のリスクの両方を一体的に管理する体制を作ること。第三に、公の場での約束と実際の事業運営の一貫性を保ちながら、政治的・法的なリスクを最小限に抑える現実的なやり方を採用すること。そして第四に、目先の圧力に動揺せず、2030年代以降を見据えた長期的な視点で意思決定を行うことである。
世界の気候金融の仕組みの解散は終わりではなく、新しいルールでの競争の始まりである。企業には、この分断と不確実性の時代を生き抜くための戦略的な決断力、それを実行する力、そして何よりも、変化をチャンスに変える柔軟な考え方が求められている。

【参考資料】
・UN-backed climate banking alliance ceases operations
・Six big US banks pull out of Net Zero Banking Alliance | Global Trade Review (GTR)

・UBS has withdrawn from the Net-Zero Banking Alliance | UBS 日本
・Early movers in sustainability regulation lead the way
・MEPs vote in favour of major rollback of corporate sustainability laws | illuminem
・Simplification without deregulation: European supervision, regulation and reporting in a changing environment
・Survey: 80% of Corporations Are Reworking ESG Strategies Amid Policy Shifts
・Following Attorney General Ken Paxton’s Urging, All U.S. Based Major Banks Withdraw from Anti-Oil and Gas Net-Zero Banking Alliance | Office of the Attorney General
・The EU is walking a fine line between simplification and deregulation – CEPS
・Bank Deregulation Primer 2025 | Alvarez & Marsal | Management Consulting | Professional Services
・Basel III – Finance – European Commission