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CDP質問書のTNFDフレームワークとの整合

2024年、CDP質問書はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース、以下、TNFD)フレームワークとの整合が行われ、これまで気候変動の質問書にはなかった「依存」や「影響」、「バリューチェーンマッピング」などに関する質問が追加された。本稿では、CDP質問書のTNFDフレームワークとの整合の背景や、企業が気候変動対策をはじめとする環境関連課題への対応を包括的に進める上での、TNFDフレームワーク対応の重要性について解説する。

目次

  1. CDP質問書のTNFDフレームワークとの整合 
  2. 気候関連課題と自然関連課題の関係性
  3. 依存と影響:自然関連課題を理解するための第一歩
  4. CDP質問書のTNFDフレームワークとの整合 まとめ

1.CDP質問書のTNFDフレームワークとの整合

2024年、CDP質問書はTNFDフレームワークとの整合が行われ、TNFDフレームワークの4つの柱(ガバナンス・戦略・リスクと影響の管理・指標と目標)のほとんどの項目と整合した。具体的には、CDP質問書の全質問のうち90の質問がTNFDフレームワークと整合しており、CDP質問書で「気候変動」にのみ回答する場合であっても、TNFDフレームワークや自然資本に関連する44の質問への回答が求められる。これらの質問は2023年から修正された質問、あるいは新規の質問である。一例として、「気候変動」でも採点対象の質問である2.2.2「環境への依存、影響、リスク、機会を特定、評価、管理する貴組織のプロセスの詳細を回答してください」は、TNFDフレームワークの「ガバナンス」や「リスクと影響の管理」と整合されており、これまで問われてこなかった環境への「依存」や「影響」についても回答が求められている。
TNFDフレームワークと整合による大幅な変更や新規質問の追加により、たとえCDPの「ウォーター」や「フォレスト」に回答しない企業であっても、自然関連課題を理解し、TNFDフレームワークに対応することが求められるようになった。このため、 CDP質問書の「気候変動」にこれまで回答してきた企業でも回答に苦戦した企業が多くみられた。

CDP質問書のTNFDフレームワークとの整合

図1:CDP質問書のTNFDフレームワークとの整合(ブライトイノベーション作成)

2.気候関連課題と自然関連課題の関係性

なぜ、CDP質問書の「気候変動」の質問に、自然関連課題を対象としているTNFDフレームワークの要素が盛り込まれたのか。背景として、気候関連課題と自然関連課題が独立したものではなく、相互に深く関係していることが挙げられる。各々の課題に個別に対策するのではなく、これらを総合的に評価し対応するように企業は求められている。
これを象徴する質問が、2024年に新規質問として加わった質問2.2.7「環境への依存、影響、リスク、機会間の相互関係を評価していますか」である。本質問のガイダンスでは、「気候と自然に関連した開示情報の統合が重要。具体的には、気候と自然の間の調整、相乗効果、貢献、トレードオフの可能性を明確に特定することが重要であり、本質問は、環境への依存、影響、リスク、機会の間の相互関係を評価することが、組織の評価プロセスの一部であることを示している」といった旨が記載されている。つまり気候関連課題と自然関連課題をそれぞれ個別に対応するのではなく、より広い視点から総合的に評価し対応することが重要であることを示している。
また、気候関連課題と自然関連課題の二つの課題を統合した対応の重要性は、生物多様性や生態系に関する動向を科学的に評価しているIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)と、気候変動に関する科学的な研究の情報や報告書をまとめているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が共催で行ったワークショップの報告書でも示されている。ワークショップの報告書では「気候変動緩和・適応のみに焦点を絞った対策は、自然や自然の恵みに直接的・間接的な悪影響を及ぼす可能性がある」と指摘されている。例えば、再生可能エネルギーである水力発電は、建設エリアが水没することによって周辺を含めた生態系に影響を与えることからトレードオフの関係にあることが示されている。つまり、自然生態系は温室効果ガス(以下、GHG)を吸収し、大気を安定させる役割も担っているため、気候変動対策によって自然生態系を損失させた場合、結果として同対策がGHG削減に貢献できない可能性があるだけでなく、企業活動や人々の生活の基盤である生態系サービスの低下を招くおそれがある。
これらのことから、気候関連課題と自然関連課題は切り離せない関係にあり、いずれか一方の対応が他方に影響を及ぼすことを踏まえた統合的な視点が不可欠である。したがって、両者の相互関係を評価した上で対策を講じることは非常に重要であり、CDP質問書がTNFDフレームワークと整合された理由の一つといえる。

気候変動緩和策による生物多様性保全策への影響
図2:気候変動緩和策による生物多様性保全策への影響 (出典:IGES『生物多様性と気候変動 IPBES-IPCC合同ワークショップ報告書:IGESによる翻訳と解説』)

3.「依存」と「影響」:自然関連のリスクを理解するための第一歩

前項にて紹介した、CDP質問書の2.2.7「環境への依存、影響、リスク、機会間の相互関係を評価していますか」が指す「依存」と「影響」はTNFDフレームワークの要となる要素であり、自然関連のリスク・機会を把握する上でも非常に重要である。「影響」とは、企業が被る影響のことではなく、企業が自然に対して与える影響のことを指し、GHG排出だけでなく、水の利用、廃棄物や汚染物質の排出などが該当する。これらについては自社ですでに把握し、モニタリングや対策を行っている企業も多く、理解しやすいと思われる。
一方、主に生態系サービスへの依存を示す環境への「依存」についてはイメージが掴みづらく、特にTNFDフレームワークが求める、バリューチェーン全体における環境への依存については、まだ多くの企業が把握できていないのが現状であると考えられる。しかし、企業活動や人々の生活を支えるものは、水や食料とその原材料から、快適な気候や安全な環境に至るまで、元を辿ればすべてが自然や生物多様性がもたらす「生態系サービス」によって成り立っている。TNFDフレームワークでは、生態系サービスのなかで自社の直接操業やサプライヤーなどのバリューチェーン上の操業が、特にどのようなタイプの生態系サービスに「依存」しているかの把握が求められているのである。
企業活動や人々の生活が大きく依存している生態系サービスやそれを支える生物多様性は、世界中で劣化・損失し続けており、日本も例外ではない。国内の生物多様性の状況を評価している生物多様性総合評価(以下、JBO)の最新版であるJBO3では、国内の生物多様性は依然として劣化傾向にあり、回復軌道に乗っていないことが示されている。生態系サービスが担っていることは、GHGを吸収するなど大気の安定だけでなく、洪水リスクの軽減や、水の安定供給などがある。生態系サービスや生物多様性の劣化は自然災害の増加や甚大化、水不足などを引き起こすため、ほぼすべての企業にとって重大なリスク・機会となる。
このような背景から自然関連のリスク・機会を把握するために、まずは自社やバリューチェーン全体で、どのような生態系サービスにどの程度依存をしているのかを特定することが求められており、CDP質問書においても、依存・影響を特定、評価、管理するプロセスやバリューチェーンに関する質問が2024年より追加されている。

4.まとめ

本稿ではCDP質問書のTNFDフレームワークとの整合の背景を中心に解説した。CDP質問書に回答するため、 TNFDフレームワークの重要な要素である「依存」と「影響」、また「バリューチェーン」などついて情報収集などを実施した企業も多いのではないだろうか。その場合、TNFDフレームワーク対応に向けてもすでに前進しているといえる。
生態系サービスの劣化や損失は現在も進行しているため、企業にとってのリスクも重大化しており、自然関連課題の情報開示は今後ますます重要になるだけでなく、企業は適切な対策を迫られることが予想される。早めに対策することで将来のリスクを低減でき、機会の創出にもつながるため、企業は開示に向けた取り組みを進めることが望ましい。
【参考資料】
Correspondence between TNFD Disclosure Recommendations and CDP’s 2024 Questionnaire
生物多様性と気候変動 IPBES-IPCC合同ワークショップ報告書:IGESによる翻訳と解説
JBO3_pamph_jp.pdf