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2021年01月12日 (火)
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考察

考察:欧州のEV戦略とグリーンディールの関係

 

近年急速に進む欧州のEV戦略について考察する時に最も重要なのは、欧州のグリーンディールを取り巻く状況を、正確に認識することである。本稿では、欧州のEV戦略とグリーンディールとの関係について、複数の視点から考察する。

 

1.推進されるエネルギー転換

欧州がグリーンディールで強力に推進しているものの1つは、エネルギー転換である。温室効果ガス削減は最も重要な最終目的だが、このエネルギー転換の背景には、他にも少なからず別の側面がある。

 

欧州のエネルギー源の1つである北海油田は、推定埋蔵量は豊富なものの、新たな掘削コストと老朽化した施設の解体のコストの両面で負担が増し、新規投資は海岸近隣に限られている。生産量はピーク時と比べ、英国領で3分の1、ノルウェー領でも半分以下に下がっており、原油価格の下落で採算が悪化した掘削拠点が増え、将来展望が見えづらい状況が続いている。この傾向は、2010年代初頭から徐々に見られていた。2020年12月、北海油田産油国の1つであるデンマークは、化石燃料の使用削減を目的に、新規の油田探査を中止し、北海からの石油とガスの生産を2050年までに終了することを発表している。

原子力発電については、2011年3月の東日本大震災で起きた、福島の原子力発電所での事故以来、世界各国の世論の風当たりは強くなり、欧州でも新規開発投資を得ることが困難な状況が続いている。欧州でもドイツが脱原子力を発表し、英・仏を中心としたウラン濃縮や使用済燃料の再処理を含めた原子力ビジネスも伸びしろに陰りが見え始めた。中国による原子力技術と燃料供給の自給化、さらに海外展開への目論見は、英・仏にとっても将来の手ごわい競争相手になることが予測されている。

欧州の別のエネルギー源の1つである天然ガスは、輸入量の約40%がロシアの国営ガス独占企業であるガスプロム1社によるもので、その81%は西ヨーロッパ諸国に消費されている(2018年時点)。2014年のロシアによるクリミア併合問題の際、欧州各国首脳は言葉による非難とG8からのロシアの除名以外、強硬な対抗政策を打てなかった。天然ガスはこのように、地政学問題にも関係している。

また、CO₂発生の多い石炭開発投資に対する風当たりも依然として強く、欧州域内での新規開発が承認されにくい状況となっている。

欧州における化石燃料と原子力へのエネルギー投資は、このように過去10年間で大きく様変わりした。エネルギー転換のタイミングが、そう遠くない将来に必要となっていた背景は、すでに存在していたのである。そのような中、2018年12月に発効した欧州再生可能エネルギー指令2018/2001/EU (RED II)で、2030年までに使用エネルギー容量の32%を再生可能エネルギーとすることが規定された。これを機に、エネルギー転換はさらに大きく動き始めた。

 

2.エネルギー転換の巨大な投資市場への発展

欧州のエネルギー転換には、さらに別の側面もある。

2019年12月のCOP25(国連気候変動枠組条約第25回締約国会議)において、欧米を中心とする世界631の大手金融機関と投資家が、気候変動対策のために投資を行うことを発表し、各国政府宛にステートメントとして示した。この活動は、2018年の先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7サミット)から始まっている。

ステートメントを主導したのは、The Investor Agendaという気候変動に対応するための世界の投資家の共同イニシアチブだ。現在、The Investor Agendaへの参加団体はおよそ1,200、その運用資産の総額は約3,600兆円(US $35 trillion)にのぼる。The Investor Agendaの発足共同団体には、事実上世界のデファクトスタンダードとなっている、環境影響の管理・開示システムを運営するCDP、気候変動に対処するために必要な投資を促す国際的な投資家の組織であるIIGCCが含まれる。

この間、欧州委員会はタクソノミー(投資分類法)によるグリーン投資の分類作業を進め、2018年7月に組織された「持続可能な金融に関する技術専門家グループ(TEG)」が、タクソノミーの技術的なフレームを構築した。欧州政府とTEGは、2020年3月に最終レポートを提出、内容は2020年6月に欧州政府によって公開された。

欧州政府によるサーキュラーエコノミーの グリーン投資分類法(タクソノミー)は、The Investor Agendaの活動と同じ時期に進められてきた。

気候変動に対応するためのエネルギー転換は、重要な政治テーマであると同時に、国際的な金融資本と投資機関がサポートする、巨大な投資市場にまで発展し始めたのである。

その間、環境や社会的影響を組み込んだインパクト投資の市場は、欧米投資機関を中心に運用規模が急激に拡大している。

 

3.「エネルギー転換とCO₂削減の象徴」としてのEV

欧州では、CO₂排出の約4分の1が輸送セクターによるものであり、そのエネルギーとして90%を化石燃料に依存している。そして、輸送セクターでは、一般市民には分かりやすい、直接購入し普段使用する乗用車が、数の上では半分以上を占めている。

このような背景もあり、EVはエネルギー転換とCO₂削減の象徴的な存在になっている。そして、EVを支える再生可能エネルギーと充電設備を含む膨大な電力エネルギー関連インフラは、巨大な投資対象でもある。また、その技術開発と標準化ビジネスは、欧州企業と投資家にとって、将来的に大きな利益となり得る。

欧州では、EVが科学的に環境に優しいのか、また、その膨大な消費電力をコストの高い再生可能エネルギーで供給する場合、その負担を誰が行うのか、という議論は、極所的に起きたとしても、大きな政治的議論に発展することはない。

2015年秋以降、ドイツ自動車メーカーのディーゼル・スキャンダルによって、特に自動車メーカーの欧州政府に対するロビー活動能力は、大幅に低下した。一時期は、欧州政府へのロビー活動をほとんど行うことができない状況だったという。

自動車の完全な電動化は、エネルギー転換における象徴的な存在となり、巨額な投資マネーを含めたエネルギー転換の1ピースとなった。この流れは、欧州大手自動車メーカーのロビー力の低下も加わり、急加速した。

では、欧州の自動車メーカーは、グリーンディールによるエネルギー転換の中で、どのような戦略を取り、対応しているのだろうか。

まず、現在欧州の自動車メーカーが目指すビジネスモデルを理解するためには、欧州と日本の乗用車の作り方を含めたビジネスモデルの違いを知る必要がある。

 

4.欧州と日本における自動車のビジネスモデルの違い

欧州におけるビジネスモデル

欧州では、乗用車は通常、エンジン、タイヤ、トランスミッション、シャシーなど車を駆動するパワートレイン全体を1つのユニットとして製造する。操作系と座席を含む「車の上側」の部分、すなわちボディー部分は、別のユニットとして製造され、極端に言うと、ラジコンカーのようにパワートレインユニットとボディーユニットが別々になっている。この2つのユニットを、組み立て工程で上下にドッキングさせるという製造工程になっている。欧州メーカーの製造ラインでは、このドッキング工程を、「マリッジ(結婚)」と呼ぶ。

一例だが、ドイツ・フォルクスワーゲン社では、このパワートレインユニット部分を、グループ会社のアウディ、シュコダ、セアトを含めたほとんどのブランドで共有している。横置きエンジンモデル用にMQB、縦置きエンジンモデル用にMLB、そしてスポーツモデル用にMSBの3種類のプラットフォームがある(注:ポルシェ専用のMMBは除く)。それらのプラットフォームは、車種や車輌のクラス毎にホイルベースやトレッドを変更する。

パワートレインユニットを主体とするプラットフォームをグループ各社で共有する、というビジネスモデルが、既に行われているのである。この方式は、部品の共通化率が高く、コストダウンに有利でもある。

フォルクスワーゲンでは、上記の3種類のプラットフォームに、最近、EV専用のMEBというプラットフォームが加わった。

フォルクスワーゲンのパワートレインユニットを主体とするプラットフォームをグループ各ブランド会社で共有する、という既存のビジネスモデルは、EV化にも有利である。なぜなら、このパワートレインユニットを他社に販売して、ボディーユニットだけを他社が製造すれば、少々極端だが上部分だけ「載せ替える」事で、車が完成するからである。

フォルクスワーゲンは、フォルクスワーゲン、アウディ、セアト、シュコダの4つのグループ内ブランド会社で、2022年末までの短期間に27車種のEV車(MEB)を投入、さらに「2023年末までに100万台のEVを製造・販売する」と発表している。これを可能にしているのは、この「載せ替え」方式に他ならない。

フォルクスワーゲンは、グループ以外の他社へのMEBの販売を含めた、この「載せ替え」のビジネスモデルをEV化の大きな戦略の柱としている。

例えば、米フォードモータズは、既にフォルクスワーゲンと具体的なMEBプラットフォームでの車輌製造に合意し、計画も発表している。

フォルクスワーゲンに限らず、欧州メーカーは、グループ内あるいは提携先と似たようなビジネスモデルの構築を急いでいる。そのため、バッテリーを含むEV部品の各モジュールの標準化を進めている。

このビジネスモデルを可能としているのは、上記のとおりEVプラットフォームの開発、そして製造方法の存在だ。

 

日本におけるビジネスモデル

日本メーカーの乗用車は、多くの場合、パワートレインとボディーのユニットを別々に製造しない。

ほとんどの場合、乗用車の製造は、まずプレスの工程から始まる。プレス工程で車のシャシーを含む骨格全体の部品を作り、その部品をボディー製造ラインに送る。ボディー製造ラインとは呼ばれるが、実際は車の下回り(アンダーボディーと呼ばれる)を含めた車体の骨格全体をこのラインで作る。この全体骨格は、塗装工程に送られ着色した後、組み立て工程に送られる。組み立て工程で、エンジン(HVの場合はモーターやバッテリーユニットを含む)、タイヤ、ミッション、シート、操作部品、バンパー等の周辺部品が、全体骨格に順次取り付けられていく。つまり、まず車体骨格を作って、そこに部品を順次取り付けていく方式だ。

この製造方法では、パワートレインユニットだけを供給してボディーユニットを「載せ替え」するビジネスモデルは、容易にはできない。載せ替えできるのは、ボンネットやバンパー等、「スキン」と呼ばれる、後から取り付け可能な表面の部品のみである。

「載せ替え」型にビジネスモデルを変更する場合、供給側も受領側も、車輌や部品の設計プロセスの変更、部品サプライチェーンの変更、製造ライン全体の根本的な変更が必要となり、大きな投資が必要になるだけでなく、時間もかかる。日本のメーカーでは、EVのパワートレインユニットを車体モジュールとしてプラットフォーム化して他社販売を目指している所は、まだない。

日本の自動車メーカーは、世界最高のハイブリッドと内燃機関の技術を持っている。長年のたゆまぬ努力で生み出したこの2つの基幹技術の蓄積は、個々のブランドと同義語であるほど、企業にとって重要なものである。これらを放棄する決断は、経営的に容易ではない。また、系列取引を商慣行とする日本の自動車業界にとって、急激なEV化は裾野への影響も大きい。

他国のメーカーからすれば、EVの存在は、超えられない日本のハイブリッドや内燃機関のアドバンテージを葬り去る、ゲームチェンジャーとなる。各国の政府が巨額のEV購入支援金を支出する理由の1つは、ここにある。

 

5.複雑化するビジネスモデル

EVというとバッテリーの技術や供給能力にばかり話が集中しがちであるが、自動車のビジネスモデルは実際にはもっと複雑である。

自動車の開発・製造には、材料研究、製造技術、安全性、耐久性、対候性、部品の共通化やサプライチェーンを含む高度なノウハウと供給網が要求され、プラットフォーム開発には数千億円が必要とされる。また、販売では宣伝や信用取引、販売後もサービスや部品供給網の拡充など、大規模なネットワークと各分野での投資が必要となる。新規参入にはあまりにも壁が高い。

今後、例えばフォルクスワーゲンから上記のノウハウを詰め込んだパワートレインユニットMEBを購入して、ボディーユニットだけを製造する自動車メーカーが、新興国でも現れる可能性がある。技術的には、「載せ替え」のボディーユニットの製造は部品メーカーでも可能であり、自動車販売後のパワートレインユニットのサービスは、フォルクスワーゲンのネットワークが使えるため、初期投資が大幅に下がり、参入障壁も現在より低くなる。

フォルクスワーゲンは、2018年のMEBプラットフォームの開発発表時、MEB車の製造を、将来1,500万台にするという目標を出していた。フォルクスワーゲングループの年間生産台数はおよそ1,000万台であり、他社へのMEBの販売を、EVビジネスモデルに組み込んだ数字である。

 

6.需要が高まるリチウムイオン電池

さらには、もう1つ別の重要なポイントがある。

欧州委員会は、2020年1月、洋上再生可能エネルギー戦略を公表し、洋上風力の発電容量を2030年までに60GW、2050年までに300GWに増強するという目標を公表している。

元々、洋上の石油掘削設備のためのインフラとノウハウは、イギリス、ノルウェー、ドイツ、デンマークを中心に豊富である。

また、洋上風力発電には一部に蓄電設備が必要であり、そこに産業用のリチウムイオン電池(二次電池)が使われる。一部といっても膨大な発電容量のため、使用するリチウムイオン電池も膨大な量になる。そのため、リチウムイオン電池の大量生産は、材料調達や製造コスト削減に大きく貢献する。2020年12月に発表された欧州電池指令の改訂版の最終案では、リチウムイオン電池のリサイクルによる原材料の再利用についても、初めて規定されている。

欧州のグリーンディールによるエネルギー転換は、間接的にEVのバッテリー普及に貢献する事になる。

EVと産業用のリチウムイオン電池については、改定される欧州電池指令案において、 2024年7月1日より「カーボンフットプリント」の情報開示義務が盛り込まれている。そうなれば、EV用リチウムイオン電池を作る電力エネルギーのグリーン化も要求される。EVと産業用リチウムイオン電池を製造する欧州資本のノースボルトは、既にこの問題を会社の事業戦略の柱としている。

 

 

欧州のグリーンディールは、気候変動に対する政治的なアジェンダにとどまらず、国際金融資本や投資機関が参入するエネルギー転換の巨大な投資市場にまで発展しており、EVを含めた欧州における戦略を正しく理解するには、この認識を持つ事が肝要である。なぜなら、彼らの政治に対するロビー能力は、強大だからである。

EVは、その中の象徴的な1ピースに過ぎない。そのため、その1ピースの中で科学的な根拠を示し議論したところで、大きな潮流には何の影響も現れないであろう。これが、現在の欧州のEVが置かれている立場だ。

欧州の自動車メーカーは、この事を理解し、製品のライフサイクルマネージメントを含めたサーキュラーエコノミーのプログラムに対応し始め、新しいビジネスモデルの推進に大きく舵を切っている。日本の自動車メーカーにとっては、非常に難しい舵取りが要求されるであろう。繰り返しになるが、欧州のEV戦略がグリーンディールによるエネルギー転換の1ピースに過ぎず、それらを踏まえた戦略がすでに打たれているという事実を、まずは認識することが重要である。

この問題は、100年ごとのエネルギー転換による、日本全体の黒船になり得ると考えられる。

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