再生可能エネルギーと木質バイオマスの長い議論
欧州では、管理再生林を利用した発電用の木質バイオマス燃料(主に木質ペレット。以下「森林バイオマス」とする)について、本当にカーボンニュートラルなのか、また、生物多様性と環境の破壊を引き起こしていないか、という2つの点で、長い間議論が続いてきた。これについて、本サイトでは2020年12月4日の記事にて欧州での状況を解説した(詳しくはこちら)。
これまでの長い議論の中心は、環境保護団体や科学者によるものであり、それらに対する欧州の政策担当者や各国政府による見解は、あくまで「改正欧州再生可能エネルギー指令(RED II)」に沿うものであった。具体的には、環境破壊への懸念は認識しているものの、森林バイオマスがカーボンニュートラルであることを、公式に否定はしてこなかった。
欧州以外の各国の政府にとっても、このRED IIは、森林バイオマスを再生可能エネルギーに含める根拠であり、さらには、補助金の正当性を担保する拠り所となってきた。
欧州委員会のレポートのポイント
2021年1月25日、欧州委員会から委託を受けた合同調査センター(JRC: Joint Research Center)は、「EUのエネルギー生産における森林バイオマスの使用」という182ページの公式調査レポートを公表した。このレポートの発表は、昨年、欧州政府が 2030年生物多様性戦略(COM / 2020/380)を採択した際、「エネルギー生産のための森林バイオマスの使用に関する調査」を約束したことに端を発している。
この公式調査レポートが現在、欧州の関係者の間で波紋を呼んでいる。なぜなら、欧州の政策当局者である欧州委員会が、公式に「森林バイオマスはカーボンニュートラルではない」という内容を含んだ、最初の公式文書を発表したからである。
これは、欧州の政策当局者による森林バイオマスに対する基本的な態度の転換、と認識することもでき、これまで環境団体や科学者が中心となっていたこの問題について、政策当局者自身が言及したという意味でも、インパクトが大きいといえる。
このレポートの最大のポイントは、森林バイオマスを燃料として使用する過程24パターンにおける影響についてまとめている部分にある。レポートによると、このうち23パターンでは、森林バイオマスは化石燃料よりも二酸化炭素(以下、CO₂)を多く発生させるか、あるいは環境破壊のリスクがある、というのである。
要約すると、収穫残渣の小枝や葉を一定の条件で利用する場合に限り、環境影響がなく短期的にではあるがカーボンニュートラルになるとしている。ただし、それでも10年~最大20年間は、化石燃料とCO₂の発生量が同等か、増える可能性があるという。その他の23パターンでは、その全てにおいて化石燃料よりもCO₂のネット排出量が短期、中期、あるいは長期的に増えるか、生物多様性と環境破壊のリスクがある、とされている。特に、自然林の伐採に続く植林による再生林バイオマスの場合、4パターンあるうち全てにおいて、長期的にも化石燃料よりCO₂の発生量は増え、環境破壊リスクが非常に高いとしている。
これは、これまで森林バイオマスをエネルギー利用するために一般的に普及してきた、「木は伐採されるまで体内にCO₂を固定してきたため、伐採、燃焼してCO₂を発生しても、繰り返し管理して植林すればカーボンニュートラルである」という理論とは、かなり異なった見解といえる。
「木のCO₂体内固定論」は、森林バイオマス製造業者と補助金政策の正当性の大きな拠り所となってきた。しかし本レポートでは、エネルギー利用に伐採と再植林を繰り返した場合は、森林バイオマスは化石燃料よりもCO₂を多く発生させ、さらに生物多様性と環境破壊のリスクを長期に増大する、と結論づけているのである。
欧州委員会のレポートの影響
このレポートの発表後、欧州の著名な政治家による森林バイオマス発電への補助金に対する、疑念の声が報道され始めている。
レポートが発表された翌日である1月26日、欧州の環境政策に強い影響力を持つWWF(世界自然保護基金)が、本レポートについて同団体のサイトで詳細な見解を報じ、さらに同レポートにNGOの解説をつけたファイルを投稿している。詳細について確認されたい場合は、本ファイルを併せてご参照いただきたい。
既にいくつかのメディアでも報じられているが、2月11日には、世界の科学者500人が署名した書簡を欧州委員会のフォンデア・ライエン委員長、欧州理事会のシャルル・ミシェル委員長、米国のジョー・バイデン大統領、日本の菅首相、韓国の文在寅大統領に送り、森林バイオマス発電への補助金政策を変更するよう求めた。
さらに3月13日には、Sky Newsが欧州の環境政策にかかわる著名な政治家の森林バイオマスに関する見解を伝えており、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の元副議長であるジャン・パスカル・ファン・イペルセレ氏が、世界最大の森林バイオマス燃料の補助金に対し、
To subsidise an activity that has negative consequences for the climate and the environment is totally contradictory with the goals of the Paris Agreement and the goals of the conference (COP26) due to take place in Glasgow at the end of the year.
「気候と環境に悪影響を与える活動に助成金を支給することは、パリ協定の目標とグラスゴーで開催される会議(COP26)の目標とは完全に矛盾している。」
出典元:Sky Newsより
と述べていることが報じられた。
日本をはじめ他数ヶ国では、欧州の再生可能エネルギー指令を参考に、森林バイオマスがカーボンニュートラルであることを根拠とした再生可能エネルギーの固定価格買取制度(「FIT制度」)による補助金政策を採用しているが、逆に欧州では、補助金廃止を求める動きが始まったのである。
森林バイオマスの輸入による発電が始まる日本では、今後、補助金と燃料サーチャージを払い続けることがCO₂を増大し、さらに生物多様性と自然破壊のリスクを増長するという、皮肉な結果になりかねないといえる。
欧米木質バイオマス業界の政治へのロビー活動の影響
ではなぜ、このような事態が欧州で起きたのか。
この問題を本質的に理解するためには、世界におけるこの分野の動きを深堀りし、認識を確かにする必要がある。世界の森林バイオマス燃料産業の方向性を決めてきた当事者とその背景について理解を深めれば、このような転換が今後も起こり得ることは、推測が可能である。
欧州委員会による公式調査レポートのエクゼクティブサマリー部分に「強調したい」内容として記載され、さらに、WWFのコメント付きレポートでも特に強調されている1節がある。内容は、以下のとおりである。
We highlight the fact that the governance of bioenergy sustainability is characterised by uncertainty about consequences, diverse and multiple engaged interests, conflicting knowledge claims and high stakes, and can thus safely be dubbed ‘a wicked problem’.
「バイオエネルギーの持続可能性のガバナンスは、結果に関する不確実性、多様かつ複数が関与する利益、矛盾する知識(人)の主張、および利害関係(者)によって特徴付けられる。したがって『邪悪な問題』と呼ばれる可能性があるという事実を、ここに強調する。」
出典元:WWFより
本質を得た見解であるといえるが、オブラートに包んだ表現で理解が難しいため、具体的な一例を下記に記す(ただし、現存する機関については実名でなくイニシャルで記載する)。
欧米木質バイオマス業界の背景の一例
世界1位の森林バイオマスの需要家は英国のD社(発電・エネルギー会社)で、年間688万トン(2019年)の森林バイオマスを発電用に燃焼している。
この量は、世界の需要家の中でも突出している。特にアメリカからの購入が多く、年間460万トン(2019年)を購入しており、供給元には、自社で所有するアメリカの森林バイオマス製造拠点と、世界最大の木質ペレット燃料の生産会社であるE社が含まれる。つい最近まで、このE社が最大の森林バイオマス供給先であった。
2019年に英国政府からD社が受け取った再生可能エネルギーの補助金の総額は、およそ7億8,950万ポンド(約1,180億円)である。
そしてD社の株主のトップ10は、欧米系の資産運用会社と投資会社である。その中には、世界最大級の資産運用会社が何社か名を連ねている。
D社の補助金を基にした利益の一部は、配当として欧米の資産運用会社や投資会社に流れることになる。この利益のほとんどは、英国国民が支払う税金(補助金) や燃料サーチャージである。
元々D社は、2003年頃に負債13億ポンドを抱え、倒産の危機に瀕していた。英国政府は当時、大手エネルギー会社の倒産を非常に懸念し、バックアップを検討していたが、のちにD社には、資産運用会社、投資会社、他のエネルギー会社から資金が注入されている。
後述するが、米国の大手金融機関のGS社は当時、D社の21%の株を1億3,000万ポンドで買い取るオプション契約をしている(これは別の米投資会社の反対で頓挫するのだが、のちに関連会社を通じて投資したようである)。
その後D社は、英国政府のRenewable Obligation(再生可能エネルギー義務政策)に対応する戦略を取り株式を公開、2009年の欧州再生可能エネルギー指令を背景に、再生可能エネルギーの補助金を軸とした事業戦略を拡張していった。その間、これらの超大手金融機関を背景に持つD社は、森林バイオマスのクリーンさを強調し、政府機関へのロビー活動や、様々な専門家会議や政府間パネルを通して、森林バイオマスがカーボンニュートラルであることを訴え続けてきた。
再生可能エネルギーとして最も設備投資額を抑え、かつ補助金が得られるのは、現在の石炭発電用の炉で混焼する森林バイオマスであったため、D社は、森林バイオマスの購入と石炭混焼を拡大していった。こうして、D社が多額の補助金を得るビジネススキームは、長年、投資家に潤沢な利益を還元してきたのである。
このD社が多くの森林バイオマを購入しているのが、先述した米国のE社である。このE社を事実上コントロールしているのは、環境関連投資会社のR社であり、E社の取締役会の主要メンバーのうち数名は、R社の関係者である。このR社は、実はかつてD社を買収するためにオプション契約を結んだ大手金融機関GS社の幹部社員が独立しスピンオフした会社なのである。そしてE 社の取締役の1人は、かつてGS社でエネルギー産業向けに投資銀行業務を行っていた人物である。
つまり、森林バイオマスの供給側も需要側も、補助金を軸に利益を得るスキームが出来上がっていたのである。
これが、欧州委員会のレポートの一節で“強調したい”とされた「多様かつ複数が関与する利益、および利害関係(者)」であり、「矛盾する知識(人)」とは、この利害関係(者)側に立つ科学者と、環境保護側に立つ科学者のことである。
欧州委員会と委託を受けた合同調査センターは、レポートの中で、同レポートの役割は科学的証拠の収集であり、バイオマスに関する政策は「政治の問題である」と記載している。これは、長年のロビー活動による政治的影響を、端的に示している一文であるといえる。
レポートは世界の動きに影響を与えるか
長期契約と補助金の2つは、投資家にとって魅力的な投資対象であることは間違いない。長年森林バイオマスの問題を複雑にしてきたのは、上記のような背景であったと推測することができる。
実は、日本が最も多く森林バイオマス燃料を購入している先は、この世界最大の木質バイオマス燃料の生産会社E社である。E社は、2020年だけでも、日本向けのFITを信用の一部として、市場から総額で1,000億円近い資金を集めている。20年にわたる買取契約は、安定した信用を形成しているのである。
日本では、運搬と販売を担う何社かの商社の名前が上がっているが、彼らは、世界の森林バイオマス利権構造のうちの、1ピースの「機能」に過ぎない。先述のような背景を考慮すると、補助金を軸とした巨額のビジネススキームは、2000年代初頭から、英米を中心に着々と進められてきたのだと考えられる。
今回の欧州委員会のレポートは、Brexitにより、主に英国を中心とする英米金融機関が利権の多くを持つ森林バイオマス産業から、欧州政府が距離を置き始めたと見ることもできる。欧州委員会のレポートがBrexitの直前に出されたことは、単なる偶然なのかもしれない。
森林バイオマスの供給先として急激に供給量を伸ばしているロシア、ブラジル、東欧、そしてアジアでの森林破壊は、このレポートの背景となっていることは想像に難しくない。
欧州委員会による本レポートは、世界的な森林バイオマスの補助金政策のターニングポイントになりかねないであろう。
【参考資料】
Most forest biomass harms climate, biodiversity, or both – EU Commission(WWF)