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欧米で民間投資が活発化しない「水素戦略」

水素については欧米を中心に水素戦略やロードマップが発表されており、今年に入り米国では「クリーン水素製造インセンティブ法」が議会に提出され、欧州委員会も水素について欧州指令や規制に盛り込むためのフレームワークを昨年12月15日に発表した。欧米を含め世界でも水素関連の報道が続き、科学的な検証や極所的なコストの問題も徐々に議論されるようになった。しかし、エネルギーに巨額な資金を投入する国際的なエネルギー・インフラ投資機関は、水素に対し依然活発な動きを見せていない。本稿では、なぜ彼らがまだ動かないのか、という視点で解説する。


水素の製造方法と色分け

現在、エネルギーとしての利用を目指す水素は、製造工程における温室効果ガス(Green House Gas:以下、GHG)の発生量に応じて、以下のように大きく4つに色分けされている(厳密にはその他の色もあるが、本稿では割愛する)。

グレー水素

(Gray Hydrogen)

天然ガス(中のメタン)を高温の水蒸気と混合し、触媒化学反応(水蒸気改質反応:SMR(Steam Methane Reforming)によって生成される。製造工程では、化学反応により水素と同時に二酸化炭素(以下、CO₂)が生成され、発生したCO₂は大気中に放出される。この方法が最も安価かつ大量に水素を製造できるが、世界の水素戦略の対象からは外れている。Forbsの2020年6月2日の「Estimating The Carbon Footprint Of Hydrogen Production」のレポートによると、1kgの水素を得るために製造工程全体で発生するCO₂は約9.3kgになる。1kgの水素と同じ燃焼エネルギーを得るために必要なガソリンは約3.8リットルで、ガソリン3.8リットルが燃焼時に発生するCO₂の量は9.1kgと、水素を生成する際に発生するCO₂のほうが多いのである。

ブルー水素

(Blue Hydrogen)

グレー水素と同じSMR工程で製造されるが、製造工程で生成されたCO₂を回収し貯蔵する事で、CO₂をほとんど大気中に放出しない。炭素の回収貯蔵装置は、Carbon dioxide Capture and Storage(CCS)技術として知られており、開発が進められている。しかし、CO₂の回収率は90%程度で、また、地下に貯蔵するためにコストが掛かる。さらに、CO₂の搬送や運搬時のコストも課題として残っている。

一方、ブルー水素はグレー水素よりも炭素排出量が少なく持続性が高いことから、グレー水素の代替手段として議論されている。

グリーン水素

(Green Hydrogen)

水を電気分解することにより、水素分子と酸素分子に分離することで得られる。この時製造に使用する電気エネルギーについて、風力や太陽光発電など炭素を排出しない再生可能エネルギーを利用することから、グリーン水素と呼ばれる。ただし、電気分解で1kgの水素を得るためには、効率が100%と仮定しても 39.4 kWhの電力が必要となる(現在の設備の効率では48 kWh程度が必要と言われている)ため、この電力は、そのまま使用した方が効率が良いという議論が常に存在している。電気分解槽や設備が高額なことや、再生可能エネルギー源である太陽光や風力発電の供給能力にも問題があり、現時点では商業ベースで製造するためにはハードルが高い状況となっている。ただ、現在の世界各国の水素戦略で対象としている主な水素は、このグリーン水素である。

ピンク水素

(Pink Hydrogen)

原子力エネルギーを利用した電気分解によって生成される。高温の原子炉の熱を利用してメタンの水蒸気改質を行う方法も検討されているが、現状具体的なプロジェクトがほとんどないため、本稿では詳述を割愛する。


欧州で議論が過熱する「ブルー水素」

2020年7月、ドイツの水素評議会は、現時点においてはグリーン水素を主とする水素戦略では脱炭素化は困難で、グリーン水素が商業的な目途が立つまで、ブルー水素をドイツ水素戦略の柱の1つとするべきだとの見解を示した。ドイツの水素評議会の議長であるKatherina Reiche氏からは、今後数年間は、グリーン水素かブルー水素ではなく、ブルー水素か石炭の選択になるべきである、との言及があり、ドイツ国内で議論の発端となった。

2021年8月12日、英国のコーネル大学と米国のスタンフォード大学の研究者チームがブルー水素に関するレポートを発表した。レポートでは、ブルー水素を燃焼させると、従来の天然ガスを燃焼し熱を得る(主に暖房利用)場合よりも20%、灯油・軽油を熱(主に暖房)に使用する場合よりも約60%程度、ライフサイクルベースでのGHGを多く発生する、と分析している。

2021年8月16日には、英国のグリーン水素のプロジェクトデベロッパーであるProtium Green SolutionsのCEO兼創設者で、英国水素産業協会(UK’s hydrogen industry association)の会長であるクリス・ジャクソン氏(Chris Jackson)が、英国水素燃料電池協会での役職を自ら辞した。この辞任は、英国が8月17日に「水素戦略」を発表する前日に同氏の意思で行われた。ジャクソン氏はこの辞任に際し、「ブルー水素は脱炭素化に向けた多くの”間違った答え“の1つであり、それは”高価な気晴らし”に過ぎず、最悪の場合、脱炭素化の目標を阻害するものになる」、との見解を示した。

また、ドイツのシンクタンクであるAgora Energiewendeも、2021年11月に「水素に関する12の洞察(12 Insights on Hydrogen)」という特別レポートを発行し、レポートの中で同様の見解について述べている。このレポートは、水素の利用を科学的に検証し、特に過去2年間に水素が誇大広告の対象になった分野についての分析を行っている。このレポートでも、ブルー水素を「燃焼」させて得るエネルギーの脱炭素については、科学的根拠が乏しいという見解を示している。

この他、詳細については本サイト2021年6月2日の記事「欧州の水素戦略の政策的意図と科学者による論争」に記しているが、「燃焼のため」にブルー水素を製造することについては、欧州でも多くの科学者が GHGの増加やエネルギー損失の面から、一貫して反対している。


冷静なグローバル投資家

一方、2021年9月、英国のグローバルビジネスコンサルティング会社大手のArupは、国際インフラ投資協会(Global Infrastructure Investor Association:以下、GIIA)の協力を得て、「水素投資への触媒(Catalyzing hydrogen investment)」という調査レポートを発表した。GIIAのメンバーには世界的な投資機関が多数含まれ、現在の管理資産合計は$940ビリオン(約105兆円)と膨大な額に上る。

このレポートでは、調査に参加したGIIAメンバーのうち、わずか16%しか現在水素に投資していないことが明らかになっている。参加メンバーの90%は水素が将来のエネルギーシステムで「一定の役割」を果たすと考えており、70%は2030年までには「特定の産業」で水素が重要になると考えている。しかし、調査対象の20%は、「2025年までに水素にどの程度投資を行うかはわからない」とし、残りの80%は、2025年までに水素に投資する可能性を示したものの、最大投資額は1~2.5億ドル(110~275億円)に留まった。この額は、国際的なエネルギー投資機関が投資する金額としては決して多くない。規模としては、まだパイロットベースのプロジェクトへの投資額と言える。
レポートでは、結論として、民間投資を促すような政策的な補助が必要であることを強調している。

2021年8月17日に発表された英国の「水素戦略(UK hydrogen strategy)」では、2030年までに5GWの低炭素水素を生成するための強化案が含まれており、戦略には、グリーン水素とブルー水素の両方が含まれている。
しかし、水素製造に支払われる予定の補助金である「差金決済取引」と水素の「製造戦略」については、具体的な内容が示されていない。
これは、意図的に示していないということではなく、技術的なブレークスルーがない現在の状況では、「差金決済取引」の基準価格や「製造戦略」を具体的に示すのが困難な状況であることを、暗に示唆している。

鍵となるグリーン水素の「プロジェクトファイナンス」は現実的なのか

技術開発や研究プロジェクトは公的支援が得やすく、既に欧州でも融資が始まっているが、それらはあくまでパイロットプロジェクトに過ぎず、商業ベースでの成功を目標としていない。

商業ベースで個別企業が行う水素のエネルギー開発では、巨額な資金を調達する必要があるため、エネルギー専門に投資する国際的な機関投資家の役割が不可欠である。

2021年11月18日、資産管理や金融サービスのための法律サポートを専門とする英国の国際法律事務所であるGowling WLGは、特にグリーン水素への民間投資が現在どのように進んでいるのかを端的にまとめたレポートをウェブに公開している。詳細は下記のリンクをお読み頂きたいが、以下に内容の一部を紹介する。

まず現時点では、グリーン水素のプロジェクトに対する融資はほとんどが公的融資で、一部にベンチャーキャピタルが出資している、という実態を紹介している。政府がエネルギー転換を進めるための前提となる、公的融資による技術開発や研究プロジェクトに範囲が留まっており、それらの研究プロジェクトで商業的に利用可能な「ブレークスルー」が得られなければ、投資は活性化しない。

レポートによると、現在、水素関連企業のプロジェクト向けに銀行が一般的な融資(債務融資)をしているケースはほぼ皆無である。公的融資やベンチャーキャピタルの出資額程度のみでは、エネルギー転換を行う商業ベースの規模拡大には到底及ばない。

製造した水素を長期間(ほぼ)固定された金額で買い取る契約(オフテイク契約)を持つような、将来の「安定した信用」を得ているプロジェクトに融資される「プロジェクトファイナンス」が期待されているが、グリーン水素の製造価格が高すぎて、長期的な買い手がいないのが現状である。補助金の額や比率も、米国のクリーン水素製造インセンティブ法案を除いては、未だ定められておらず、高価格なグリーン水素の製造コストと実際の販売額との差をどの程度補完できるのかは、まだ定かではない。

2021年12月よりS&P Global Plattsが「グリーン水素」の価格アセスメントを地域別に出し始めた。最新の欧州での価格は$8.3/kg(工場渡し)で、天然ガスと同じMMBtuに換算すると$66.4/ MMBtuとなる。2021年7月の欧州の「輸入」天然ガスの価格は、$10.30/ MMBtuである(2021年9月以降暴騰したため、平均的な価格を指標とする)。しかも、水素の熱エネルギーは天然ガスのおよそ1/3のため、同じ熱量を得たい場合、価格は3.3倍となる。このように、現状では価格に少なくとも20倍以上の差があり、この差を補助金で埋めることによって企業が利益を得ることは、事実上不可能である。そのため、英国の水素戦略でも、補助金である差金決済取引について、具体的な指針を示すことができないのである。

技術面でも依然として課題が多い。水素の比重は天然ガスの主成分であるメタンの15%しかなく、液化温度も−253℃と極めて低いため、輸送においても管理コストが増大する。また、水素は吸熱性で天然ガスに比べ燃焼速度が7倍速いため、天然ガスのように燃やしたい場所まで運び「燃えて欲しい場所で燃やす」、という技術管理が難しい。それらに加え、周知のとおり安全管理でもコストが増大する。

このような事実から、現時点では、民間企業が水素プロジェクトに対し金融機関からプロジェクトファイナンスを得られるだけの「オフテイク契約」を得る可能性は、極めて少ないのである。
そして資金が動かなければ、プロジェクトは進展せず、商業化の目途は立たないままである。

仮に高炉の鉄鋼生産でコークスの代替としてグリーン水素の利用を考えた場合、コークスの原料と工程コストを合わせても1kgあたり5-9円程度であり、現状で「グリーン水素」を利用した場合と比較すると、100倍近いコスト差になる。さらに、水素利用のための研究開発費と設備投資費用が掛かり、グローバル投資家や金融機関がプロジェクトファイナンスを組むことは難しい。水素は地域によって価格差が大きく、国境を越えた輸出入の可能性も検討されているが、輸送コストだけで高炉の製造工程で使用するコークスのコストの数倍掛かることになる。鉄鋼業では、工程で使用する代替燃料(原料)として水素以外の選択肢が現在ほとんどないため、グリーン水素が代替燃料・原料として注目されているが、それでも、天然ガスの生産国でのブルー水素を利用した小規模な直接還元鉄と電炉の組み合わせ以外、現在はお金が動いていない。


解説
各国・地域の水素戦略は規模の拡大と技術的なブレークスルーを見込んだものであり、現時点ではエネルギー関連の国際投資機関は冷静に見守っている段階にある。

欧米では、水素投資が「鶏と卵の問題」と呼ばれ始めている。製造側としては資金がなければ(グリーンやブルー)水素の製造ができない。製造できなければ販売できず資金は回収できない。投資側からすれば、販売見込みに至るまで課題が多く明確でないので、資金が出せない、ということである。

筆者の調査では、大手の国際金融投資機関は、ある一定の範囲の産業(鉄鋼や肥料等)、つまり、水素以外に代替品がない分野に水素投資の焦点を当てており、水素による「エネルギー転換」に対しては、技術的なブレークスルーと補助金スキーム次第、という状況である。

これだけ先進国では政治が主導してムーブメントを起こしているにもかかわらず、冷静で非情なエネルギー関連国際機関投資家は、現在も活発に水素に投資していないという事実が、世界の水素ブームを読み解く1つの鍵となることは、認識しておくべきことと考えて良いであろう。

【参考資料】

スタンフォード大学とコーネル大学のブルー水素に関するレポートサマリー

Gowling Wlgによる水素ファイナンスの現状レポート

ArupとGIIAによる水素投資に関する研究レポート