前回の「気候シナリオ分析の進め方(1/2)」にて、気候シナリオ分析実施の際の準備事項についてふれた。
今回は、気候シナリオ分析プロセスの実施ポイントについて解説する。
気候シナリオ分析の実施の枠組みは下記の通りである。
Step1:気候シナリオ分析対象事業分野の特定
Step2:重要な気候関連リスク・機会の特定
Step3:既存の参照シナリオの選定と社会シナリオの検討
Step4:社会シナリオに対する、リスク・機会とその財務影響の検討・明確化
Step5:今後の対応の方向性・方針・戦略の検討
上記各Stepについて、下記に解説する。
(1)気候シナリオ分析対象事業分野の特定
気候関連リスク・機会との関連性の深い事業分野が明らかである場合や、事業上のニーズにより、シナリオ分析の対象事業分野が元々定まっている場合には、その事業分野を対象としてシナリオ分析を実施すれば良い。一方、シナリオ分析の対象事業分野が明確に定まっていない場合や、どこから取り組んで良いかわからない場合には、全ての事業分野を対象として気候関連リスク・機会を抽出し、重要性評価を行い、重要な気候関連リスク・機会が存在する事業分野をシナリオ分析の対象とすると良い。「気候関連リスク・機会の抽出」及び「重要な気候関連リスク・機会の特定」については、次項参照。
(2)重要な気候関連リスク・機会の特定
本Stepでは、分析対象事業分野について、当該事業のバリューチェーンを俯瞰した気候関連リスク・機会を抽出し、それら気候関連リスク・機会の重要性を評価し、特に重要な気候関連リスク・機会を特定する。
気候関連リスク・機会の抽出の枠組み及び重要性評価の視点は下記の通り。
<気候関連リスク・機会の抽出の枠組み>
バリューチェーンの各プロセス(例:開発~調達~物流~製造~物流~製品使用~製品廃棄・リサイクル)における、気候関連リスク(移行リスク、物理リスク)及び機会を抽出。
(参考)気候関連リスク
・移行リスク(政策・規制、技術、市場、評判)
・物理リスク(急性、慢性)
(参考)気候関連機会
・資源効率(例:効率的な輸送手段の利用、効率的な生産・流通プロセスによる操業コスト削減)
・エネルギー源(例:低炭素エネルギー源の利用による操業コスト減、化石エネルギーリスクの低減)
・製品及びサービス(例:低炭素製品・サービス及び気候変動適応製品・サービスの需要増)
・市場(例:新規・新興市場へのアクセスの増大、金融資産の多様化の拡大)
・レジリエンス(例:再エネ・省エネ推進、資源の代替・多様化による市場価値増大・操業能力の向上)
<抽出した気候関連リスク・機会の重要性評価>
事業/財務インパクトの観点及びステークホルダーにとっての重要度の観点で総合的に評価し、重要性の高い気候関連リスク・機会を特定する。評価に際しては、各社の基準でスコアリングを行って定量的に決定する方法や、会議体での議論によって決定する方法等、複数の方法がある。
(3)既存の参照シナリオの選定と社会シナリオの検討
上記(2)で特定した重要な気候関連リスク・機会をふまえ、それに関連する社会シナリオ(どのような社会になっていくか)を検討・設定する。
社会シナリオの設定においては、2℃シナリオ、NDC(Nationally Determined Contribution, 国別目標)シナリオ、BAU(Business as usual)シナリオ等、想定される複数のシナリオを設定することが望まれる(TCFD提言でも複数のシナリオ設定が推奨されている)。但し、ゼロから社会シナリオを検討・設定することは困難な場合が多い。そのため、関連する既存の社会シナリオを選定・参照の上、各社が想定する社会シナリオを検討・設定することが一般的である。既存の社会シナリオの選定の際には、まずは、それぞれの重要な気候関連リスク・機会に関する指標・パラメータ(例:「カーボンプライシングの導入によるコスト増に係るリスク」の場合、「カーボンプライス」が指標・パラメータ)を明確にする。そして、その指標・パラメータに関するシナリオが示され、かつ各社のシナリオ分析の時間軸(例:2030年/2040年/2050年/2060年)に合った既存のシナリオを選定する。
既存の参照シナリオの主な例として、下記が挙げられる。
移行リスクシナリオ(例) | 気温上昇幅想定 | 発表組織 |
450 Scenario | 2℃ | 国際エネルギー機関(IEA) |
Sustainable Development Scenario | 2℃ | 同上 |
B2DS Scenario | 2℃ | 同上 |
2DS Scenario | 2℃ | 同上 |
New Policies Scenarios | 3.6℃ | 同上 |
Current policies Scenarios | 6℃ | 同上 |
Greenpeace Advanced Energy[R]evolution | 2℃ | Greenpeace |
Deep decarbonization Pathways Project (DDPP) | 2℃ | 各種研究機関・組織による グローバルリサーチチーム |
IRENA REmap | 2℃ | 国際再生可能エネルギー機関(IRENA) |
物理リスクシナリオ(例) | 気温上昇幅想定 | 参考 | 発表媒体 |
RCP8.5 | 6℃ | 最大排出シナリオ | IPCC第5次報告書(2014) |
RCP6.0 | 4℃ | 高位安定化シナリオ | 同上 |
RCP4.5 | 2.6℃ | 中位安定化シナリオ | 同上 |
RCP2.6 | 2℃ | 2℃シナリオ(低排出シナリオ) | 同上 |
既存の社会シナリオを参照の上、各社が想定する社会シナリオを検討・設定する。既存のシナリオの内容をそのまま採用するケースもある一方、各社の想定・実態・研究成果等に基づいて調整するケースもある。上記既存のシナリオは英語版のみかつそれぞれ数百頁の膨大な資料であるため、事務局レベルでこれら既存シナリオの内容を凝縮・一覧化した資料を準備・共有して進めると良い。
(4)社会シナリオに対する、事業分野のリスク・機会とその財務影響の検討・明確化
上記(3)で設定した複数の社会シナリオをふまえ、それぞれの社会シナリオ下において、事業分野ごとにどのようなリスク・機会とその財務影響(例:P/L影響、B/S影響)が想定されるかを検討・明確化する。
(5)今後の対応の方向性・方針・戦略の検討
上記(4)で検討した事業分野ごとのリスク・機会とその財務影響をふまえ、今後の対応の方向性・戦略・方針について検討する。
以上が気候シナリオ分析の大まかな枠組みである。
弊社ではシナリオ分析に関する支援・助言を行っており、かつ既存のシナリオに関するポイント解説も実施しているため、関心があるお客様はお問合せください。