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次のサーキュラーエコノミーのテーマとなる衣料・ファッション産業 

欧州のプラスチック・サーキュラーエコノミーと同じ組織が主導するファッション産業のサーキュラ―エコノミー

2017年5月、英国のエレン・マッカーサー財団が「メイク・ファッション・サーキュラー(以下、Make Fashion Circular)」というプログラムを立ち上げた。同時に、「ニュー・テキスタイル・エコノミー:ファッションの将来を再設計する(A NEW TEXTILES ECONOMY:REDESIGNING FASHION’S FUTURE)」という40ページのレポートを公開し、衣料を中心とした繊維製品とファッション産業の、サーキュラ―エコノミーへの移行の重要性について詳細なデータを示し訴えた。

Make Fashion Circularは、衣料・ファッション産業(以下、ファッション産業)に関わる企業、各国の都市、慈善団体、NGO、ビジネスや技術を開発する企業や団体と協力し、ファッション産業を根本的に再構築することが目的である。具体的な取り組みとしては、製品設計の変更(や基準の制定)、大量在庫の削減、未使用品の削減、環境負荷と温室効果ガス発生の低減、中古衣料品の再販売、修理、安全なリサイクル、リサイクル材料の利用促進が含まれており、「繁栄するファッション産業のビジネスモデルの再考」、「ジーンズの再設計」、「ファッションをサーキュラーにする方法」といった個別プロジェクトが立ち上げられ、活発に活動を継続している。

エレン・マッカーサー財団は、Make Fashion Circularの必要性を主張する理由として、前述のレポートの中で以下のような内容を挙げている (注:レポート内のデータは2015年のもの) 。

  • 世界で年間およそ5,300万トンの繊維(Textile)が衣料用として生産され、使用される繊維の97%以上にバージン材料が使われている。およそ63%が石油などの化石由来の原料を使う(合成)化学繊維で、26%が綿花、残りの11%はその他の原料である。繊維生産のために膨大な化石由来の原料を使用し、天然素材の繊維の場合は、収穫する植物を栽培するために土地、水、肥料を大量に利用しており、さらに、繊維を染色する化学物質は、多くが再生不可能な原料である。
  • ファスト・ファッション産業の繁栄や流行サイクルの短期化などにより衣料品の着用期間は短く、リサイクルされずに廃棄される衣類は、年間数十億ドルの損失に値する。
  • 古着の73%以上が最終的には焼却または埋め立て処分されており、毎年1,000億ドル相当の資材が失われている。2015年に繊維及び衣料産業から排出された世界の温室効果ガス発生量は約12億トン(CO₂換算)であり、この量は、航空機の国際線と海運会社のカーボンフットプリントの合計量を上回っている。
  • 繊維や衣類の生産は、その地域の環境に悪影響を与えるに留まらず、プラスチックと同じ化学組成を持つ合成繊維の場合は、海洋プラスチック汚染の1つであるマイクロファイバープラスチック汚染の主な原因となっている。さらに、衣料生産労働者の多くが、長時間労働、危険な労働環境、低賃金など、劣悪な労働条件に苦しんでいることがしばしば報告されている。


エレン・マッカーサー財団は、世界経済フォーラムのPACE(Platform for Accelerating the Circular Economy)の設立主要メンバーとして、PACEと共同で特に欧州のプラスチック政策に多大な影響を与えてきた。現在主導するThe New Plastic Economyにおける「Plastic Pact」や「The Global Commitment」といったイニシアチブは、既に欧米各国や多国籍企業のデファクトスタンダードとなっている。特に、The Global Commitmentは欧米の主要な多国籍企業が多く参画しているが、日本をはじめアジアではほとんど知られていない(前述のMake Fashion Circularは、このPACEの議題(Agenda)の1つでもある)。


2022年2月28日から3月2日までケニアのナイロビで開催される国連環境会議(UNEA-5.2)では、プラスチック汚染に関して国際的に法的拘束力のある措置に向けたハイレベルブリーフィングが予定されている。これは、プラスチック汚染に関する国際条約に向けた討議が開始されることを意味している。この国際条約に向けて、ホワイトペーパーを発行し影響を与えてきた機関の1つがエレン・マッカーサー財団なのである。

実は、プラスチックのサーキュラーエコノミーと同様に、世界経済フォーラムも2018年に「シェイピング・ファッション (Shaping Fashion)」というファッション産業の持続可能な変革を拡大するためのグローバルなイニシアチブを立ち上げている。それ以降、毎年スイスのダボスで行われる世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)では、このイニシアチブも議題(Agenda)に上がっている。世界経済フォーラムの同議題におけるデータやプログラムについては、エレン・マッカーサー財団の資料が利用されることが多々あり、ウェブサイトでも頻繁に引用されている。

2022年1月17日~21日に開催されたダボス会議では、世界経済フォーラムがウェブサイトに「サーキュラーエコノミーがあなたのファッション習慣を変える5つの方法」を掲載した。この中で、サーキュラーエコノミーによるファッション産業の再構築について主張し、以下の5つをその方法として挙げている。

  1. レンタルや再販の推奨(価値基準の明確化やプラットフォームの構築)
  2. 過剰供給の抑止(未販売製品の40%削減:ITを利用したより精緻な需要予測)
    *衣服用に生産された繊維材料のうち最大40%が最終消費者に届いていないという実態を踏まえて
  3. 衣料品の修理サービスの充実
  4. リサイクル材の使用の推奨
  5. デニム生地(ジーンズ)のデザイン(設計)に関する新しいガイドライン


両団体の活動の活発化と共に強化されつつあるファッション産業のグリーンウォッシング規制

サーキュラ―エコノミーを推進し欧州の政策に影響を与えてきた上記2つの組織がファッション産業のサーキュラーエコノミーを推進することで、関連する多くの欧米多国籍企業は、サーキュラーエコノミーへの取り組みを強化し、自社のマーケティングの重要テーマとして推進してきた。

しかし、2021年6月、オランダの非営利団体であるA Changing Markets Foundationが、「化学製品の匿名性:ファッションブランドの化石燃料への依存症(Synthetics Anonymous: fashion brands’ addiction to fossil fuels)」というレポートを発行し、その内容が話題を呼んだ。このレポートの発表後、欧州ではファッション産業のグリーンウォッシングに対する批判が大きくなっていった。

レポートの詳細については下記リンクからご確認いただきたいが、要約すると以下のような内容となる。

英国とヨーロッパのファッション産業の合成繊維(衣料用化学繊維)の使用実態を調査したところ、調査対象の46のファッション・ブランド(企業)のうち60%が、環境(レポートでは「環境」のことを「グリーン:Green」と記載している)への取り組みについて誤解を招く、または単に虚偽の主張をしていることが判明した。レポートは名指しでブランド名を挙げており、これらの中には、世界的に有名なファッション・ブランド(企業)がいくつも含まれていた。その中には、業界でも屈指の環境戦略を掲げて評価を得ている企業もあった。

同団体は、現代のファッション産業は、過剰消費、雪だるま式に増加する繊維廃棄物、広範囲にわたる汚染、グローバル・サプライチェーンにおける労働者の搾取の代名詞となっており、ファスト・ファッションのビジネスモデルは化石燃料、主に石油とガスから生産される安価な合成繊維によって担われている、と主張している。実際、ファスト・ファッション産業は、その繊維製品の半分以上を占めるポリエステルを大量に使い、今後も生産量は増化すると予測されている。同団体が主催するいくつかのキャンペーンの目的は、合成繊維の成長とファスト・ファッション産業との明確な相関関係を明らかにすることである。

2020年5月にフィンランド・アールト大学を含む研究チームが発表した論文では、ファスト・ファッションの急激な成長により世界の衣料品の生産量が2000年から2020年までの間に倍増し、毎年廃棄される布地や未使用の衣料品の量は年間9,200万トンにまで増加したことが報告されている。

2021年9月20日、英国の競争市場局(以下、CMA: Competition and Markets Authority )は、「英国で環境に対する主張(グリーン・クレーム)を行う企業向けのガイダンス」を発行した。このガイダンスでは、企業が環境に関する主張を行う場合に、消費者保護法に基づく既存の義務を理解し遵守するための6つの主要な原則を規定している。CMAは、このガイダンスの発表から数ヶ月以内に実態を調査する産業セクターに優先順位をつけることを表明した。そしてこれらの調査対象の産業セクターには、消費者への誤解を招く懸念があると考えられる業界(繊維とファッション、旅行と輸送、日用消費財(食品と飲料、美容製品、クリーニング製品))が含まれることが明記された。
翌月の10月13日、同じくCMAは、「消費者向けのグリーン・クレーム・コード」を発表しており、企業が行う虚偽のグリーン宣伝、いわいるグリーンウォッシングについて、消費者から企業に対し、説明の要求を可能にする内容を規定した。
これらの一連の規制は、英国政府が企業によるグリーンウォッシングを2021年末までに終わらせるとする目的のためのものである。企業がグリーンウォッシングにより上記の規定に違反した場合は、罰則の対象となる。


2022年1月14日、英国では一般紙のGuardianをはじめいくつかの専門サイトでも、CMAが有名ファッションブランドのグリーンウォッシングの調査を優先していることを伝えた。市場の規模と消費者が抱いている懸念の大きさが理由、と伝えられている。


衣類・繊維製品のリサイクルの難しさ

オランダ政府の「発展途上国からの輸入促進センター(CBI: Centre for the Promotion of Imports from developing countries)」によると、現在、欧州でリサイクル用に収集される衣料品や繊維関連製品(以下、まとめて「繊維品」と記載)は、主に以下の3つである。

1)衣服、室内装飾品などを含む消費者によって使用された後のもの
2)糸や布の製造から副産物として生成された繊維スクラップ
3)様々な産業で使用されたものや、未使用の繊維品

欧州では、収集された繊維品(主に衣類)の約50%が輸出を含め中古品とし再利用され、残りの約50%がリサイクルされるが、そのうち実際の繊維品に再生される量は、わずか1%しかない。リサイクルのうち約35%は工業用に利用され、主に「ウエス(ぼろきれ)」になる。
中古品として輸出される繊維品はほぼ全量が途上国に向けられ、再々利用後は、リサイクルされることなく最終的には廃棄処分となる。

リサイクル率が極めて低い大きな理由の一つには、コスト面の課題がある。
まず、リサイクル工程の違いから、化学繊維と天然繊維を分別する必要がある。特に使用済みの混合衣服の場合、現在は機械的な分別処理が難しく、収集時から人の手で分けなければならない。
また、天然繊維はリサイクル時に生地の再染色を避けるために、色別に分別する必要がある。脱色し再染色する場合には大量の水とエネルギーを使い、汚染物質の処理を含めたコストがさらにかかるからである。色別に選別してもロット数が安定せず、再洗浄を含めた再紡糸工程でコストがかかる。そのため、再紡糸する代わりに別の用途に利用されることが多い。

(化学)合成繊維であるポリエステルの場合は、衣服を破砕しポリエステル・チップに造粒する。
その後、溶融や熱分解処理を行い再生ポリエステルとして利用する。しかし、品質の安定や、染料や不純物の処理等はプラスチックのケミカルリサイクルに類似しており、前処理を含めコストがかかる。

使用済みの繊維品を再度製品用布地に戻し循環させるには、上記のとおりコストの壁が大きく、現実的な解がないのが現状である。
そのため、「Make Fashion Circularではファション業界のビジネスモデルと製品設計の再構築に重点を置いている」と冒頭でも示したとおり、ファション業界のサーキュラ―エコノミーは、製品のリサイクルよりも、製品を作る前の設計段階の変更に力点が置かれている。つまり、製品をより循環(サーキューラー)しやすい設計に大きく変更していくことである。

ファッション業界大手のH&Mは、2021年11月25日に、2025年までにすべての製品をサーキュラーエコノミー向けに設計するという目標と、革新的なデザイン・ツールである「サーキュレーター(Circulator)」を発表した。サーキュレーターは、製品のデザイン画から製造、さらにリサイクルに至るまでのライフサイクルの全工程で、H&Mグループがサーキュラーエコノミーに適した製品を製造できるようにするためのツールである。ツールのデモ・バージョンのコンプセントとガイドは、すでに同社のウェブサイトで公開されている。ツールは、自社使用のみならず、業界向けに販売を目論んでいる。H&Mは、エレン・マッカーサー財団のMake Fashion Circularに参画している企業である。


解説
本稿で「ファッション産業のサーキュラ―エコノミーが次のテーマになる」とした最大の理由は、現在も欧州におけるプラスチックのサーキュラーエコノミーを主導しているエレン・マッカーサー財団と世界経済フォーラム(現在は世界資源研究所が継承)が、同じく主導して進めているからである。

欧州政府は2018年1月にプラスチック戦略を採択し、同じく2018年初頭に、それまでプラスチックのサーキュラ―エコノミーを推進していたエレン・マッカーサー財団と世界経済フォーラムは前述のPACEを立ち上げた。そして現在、エレン・マッカーサー財団のNew Plastic EconomyのGlobal CommitmentやPlastic Pactは、欧米各国や多国籍企業が採用する事実上のデファクトスタンダードになっている。さらに、前述のとおり同財団は2021年8月、プラスチックのサーキュラーエコノミーへの移行を支援する新しい国連条約のためのホワイトペーパーを発行し、この動きを受け、2022年2月の国連環境会議(UNEA-5.2)ではプラスチック汚染に関する国際的な法的拘束力のある措置に向けたハイレベルブリーフィングが行われるまでに至っているのである。

過去プラスチックのサーキュラ―エコノミーで起きてきたことが、同じ「主人公」が主導することで、ファッション産業でも起きようとしている。
歴史的に、欧州(欧米)には「法規制」と「デファクトスタンダード」という2つの戦略が存在する。例えば、過去にはISOやIFRSのような各国の法規制(法律)に落とし込み採用されるまでに時間がかかるものは、まず世界標準のデファクトスタンダードとして広めてしまう、ということがなされてきた。
本サイトでは何度か強調しているが、今起こっているエネルギー転換やサーキュラ―エコノミーは、経済原則によって自然発生したものではなく、いずれも人が創り出しているものである。

そのため、最も重要なのは、まずは「柳に吹く風」を見つけることである。

【参考資料】
世界経済フォーラムによる「サーキュラーエコノミーがあなたのファッション習慣を変える5つの方法」

PACEのファッション産業のサーキュラーエコノミー

エレン・マッカーサー財団のMake Fashion Circular

A Changing Markets Foundation の「化学製品の 匿名性 :ファッションブランドの化石燃料への依存症 ( Synthetics Anonymous: fashion brands’ addiction to fossil fuels)」