企業による環境課題への対応、情報開示が求められる中、近年では各企業における温室効果ガス削減目標の設定及びその達成に向けた取り組みが活発となっている。その中でも、温室効果ガス排出削減活動の推進と共に企業評価向上に資する科学的根拠に基づく目標設定の一つの手段であるSBT認定の注目度が増し、SBT認定の取得を目指す企業が増えている。一方で、その認定プロセスの煩雑さから取得を躊躇する企業がいる状況を鑑み、Science Based Targets Initiative(SBTi)は2023年後半からそのプロセスを効率化し企業によるSBT取得を促進するため既存の基準、規定類を更新すると共に審査に必要な要件をまとめた文書を公開している。今後、SBTiはさらなる文書類の更新と共に、目標達成における環境属性証明書(EACs)の有効性評価を行うなど、ネット・ゼロ目標達成を推進する取り組みを計画している。
〈目次〉
1.最近のSBTiの動き
近年、気候変動、生物多様性等、企業は環境課題への取り組みの情報開示が求められ、TCFD等の枠組みを用いサステナビリティレポートや有価証券報告書等を通して自社の活動に関する情報を発信している。また、それらの活動を評価するCDP等への参加企業数も増え、投資家やNGOを中心に企業による取り組みへの関心が高まってきている。
CDPの評価基準では、近年、環境課題に対するサプライヤーとの協働活動や温室効果ガス排出量等のパフォーマンスに関してより重きを置く傾向にあり、その中において温室効果ガス排出削減目標に関するSBT認定の取得は、高い評価を得るための一つのポイントとなっている。
このような背景もあり、近年多くの企業がSBT認定取得を目指すようになった。一方で、従来のSBT認定取得プロセスでは、申請書の作成の段階で英文による企業の基本情報の提供や温室効果ガスのインベントリーデータの提供など、多くの準備が求められ、また審査にも数か月の時間を要するなど取得を目指す企業にとっては大きな負担となっていた。このような状況に対し、SBTiの本来の目的「科学的根拠を持った排出削減目標を多くの企業が設定することを支援し、それらを通して1.5℃の世界を実現する」を踏まえ、2023年後半からそのプロセスの効率化、各種基準の更新が実施されている。加えて、目標を設定した企業は、そこにとどまらずその目標を達成すべく温室効果ガスの排出量の実際の削減を求められることから、Scope3排出量やバリューチェーンを超えた温室効果ガスの排出量の削減を如何に実現するかが大きな課題となっている。
今回は、その効率化の流れと今後想定されている企業向け基準の更新、及びScope3排出量の削減に向けたSBTiの動向を紹介する。
2.SBT認定申請プロセスの効率化
2023年12月、企業が気候変動対策を活発化させる状況を汲み、SBTiはSBT認定プロセスの効率化に向け以下の3文書を新規に作成、更新したことを発表した。
・Procedure for Validation of SBTi Targets
目標設定に関する実践的な情報を統合し、SBTiが基準(criteria)と規定(standard)をどのように適用するかを説明するための新しい文書
・SBTi Criteria Assessment Indicators
短期目標、ネット・ゼロ目標、セクター別ガイダンスの全基準を集約し、それらに整合を図るために必要最低限の要件を概説した新しい文書
・SBTi Corporate Target Submission Form
企業が目標を策定してSBTiに提出し、評価を受けるための更新された資料
上記文書のうち、特に企業として注目したいのは、SBT認定のための申請書(SBTi Corporate Target Submission Form)の更新とSBTi Criteria Assessment Indicatorsの公開である。申請書はこれまでのMicrosoft ワードフォーマットからエクセル形式となり、インベントリーデータ等の収集、入力の利便性は向上した。加えて、SBTi Criteria Assessment Indicatorsには、SBT認定プロセスにおける審査段階で事務局から聞かれるような質問が集約されており、審査時のポイントが明確に示されている。当社が企業によるSBT認定を取得する支援を行う中では、やはり審査時における追加の情報提供依頼や算定根拠の説明などを求められることが多く、効率的に審査の受審、質疑への対応を進めるには申請書作成時に同文書を参考にすることをおすすめする。下記に、弊社が仮翻訳したSBTi Criteria Assessment Indicatorsの一部を掲載する。
表 SBTi Criteria Assessment Indicatorsから抜粋
基準評価指標 | 適用 | 詳細 | 最低限必要な記載 |
GHG C1 – Suitable GHG accounting: Scope 1 | |||
1.1 完全性の確認 | 温室効果ガス排出量算定 | 企業は、組織境界内の燃料の燃焼、漏洩、プロセス排出に関連する全ての排出量を開示しなければならない。 企業は、GHGプロトコルのコーポレートスタンダードに準拠した計算方法を使用しなければならない。 |
申請書のセクション2.1にてよる確認 |
1.2 Scope1のエネルギー源の開示 | 温室効果ガス排出量算定 | 企業は、Scope1排出につながる主な事業活動とScope1のサブカテゴリー(移動燃焼、固定燃焼、プロセス排出、漏洩による排出)を開示しなければならない。 | 申請書の表1に記載されているScope1のGHG排出源の詳細提供 |
GHG C2 – Suitable GHG accounting: Scope 2 | |||
2.1 完全性の確認 | 温室効果ガス排出量算定 | 企業は、組織境界内で購入したエネルギー(電力、冷・熱及び/または蒸気)に関連する すべての排出量を開示しなければならない。企業は、GHGプロトコルのコーポレートスタンダードに準拠した計算方法を使用しなければならない。 | 申請書のセクション2.1にて確認 |
2.2 Scope2のエネルギー源の開示 | 温室効果ガス排出量算定 | 企業は、Scope2排出につながる主な事業活動とScope2のサブカテゴリー(電力、冷・熱及び/または蒸気)を開示しなければならない。 | 申請書の表2.1、2.2に記載されているScope2の温室効果ガス排出源の詳細提供 |
2.3 Scope2の品質基準の使用 | 温室効果ガス排出量算定 | 企業は、マーケットベースのScope2排出量を報告する際、GHGプロトコル・Scope2ガイダンスに示されたマーケットベースのアプローチに関する品質基準(GHGプロトコル・Scope2ガイダンスの第6 章)に従わなければならない。 | 申請書の質問2.8.3にて確認 |
GHG C3 – Suitable GHG accounting scope 3 category 1: Purchased goods and services. | |||
3.1 GHGプロトコル最小境界(minimum boundary)への適合性 | 温室効果ガス排出量算定 | カテゴリー1では、GHGコーポレートバリューチェーン基準の表5.4に準拠し、報告対象企業が報告対象年に購入または取得したすべての財・サービスの抽出、生産、輸送(ティア1サプライヤーとそれ以降)に関連するすべての排出量を含めなければならない。 排出量は、報告対象年度に購入した財・サービスの100%に相当するデータを用いて報告されなければならない。 GHG算定には、購入した全ての物品とサービスを含めなければならない。 |
申請書の表3.1に記載されている内訳の提供 |
3.2 算定方法 | 温室効果ガス排出量算定 | 企業は、GHG プロトコル・Scope3算定のための技術ガイダンスに準拠した計算方法を用いなければならない。報告対象年に購入した商品やサービスからの排出量は、ゆりかごからゲート(Cradle-to-gate)ベースで報告しなければならない。 | 申請書の表3.1における計算方法、仮定、データの出所、関連資料の記載、及び申請書の質問 2.9.1.2におけるカテゴリー1排出量がゆりかごからゲート(cradle-to-gate)ベースで報告されていることの確認 |
3.3 集計の正当性 | 温室効果ガス排出量算定 | 企業は、データ収集方法によって提出時に集計が不可能な場合を除き、カテゴリー1の最小境界以外の排出量を細分化しなければならない。 (例:廃棄物排出量はカテゴリー5に分類されなければならない) |
すべてのScope3カテゴリーを正確に細分化するか、または申請書の質問2.10.2に集計の正当な理由による確認 |
※ブライトイノベーションが要約・仮和訳
3.Corporate Net-Zero Standardの更新
2021年10月に公開されたCorporate Net-Zero Standardは、数回のマイナーチェンジが行われ2024年3月の更新により現在のVer.1.2が最新版となっている。2024年は定期的な見直しのタイミングということで、これまでのマイナーチェンジではなく、主たる更新としてVer.2.0の策定、公開を行うプロジェクトを実施することが発表された。同プロジェクトにおけるレビューのポイントとして4点が示されている。
1. IPCCや国連事務総長の「非国家主体のネット・ゼロ・エミッションの約束に関するハイレベル専門家グループ(HLEG)」などの最新の科学的考え方や優良事例に合わせる
2. Scope3の目標設定と実施に関する課題に取り組む
3. 継続的改善と目標達成を統合する
4. 構成を改善し、他のSBTi 規格及び他の関連する外部フレームワークや規格との相互運用性を高める
これらから推測される狙いの一つとしては、国連等による国レベルの動きや現在立ち上がっている多くの気候変動関連の動きと協調し、温室効果ガス排出量の削減に向けた取り組みを加速させたいということであろう。そして、最終成果物として、3つの文書の公開が予定さている。
・Corporate Net-Zero Standard V2.0
・Updated Corporate Target-Setting Tool(s)
・Criteria assessment indicators
上述したCriteria assessment indicatorsも更新されることから、今後SBTiへの申請及び目標の更新を検討している企業の皆様にはぜひ活用頂きたい。また、改訂プロジェクトに関連したスケジュールもSBTiホームページで公開されている。その中ではScope3排出量の削減方法に関する議論が行われ、クレジットを含む環境属性証書の扱いに関する記述も見られることから、SBTを設定する企業にとって、これから温室効果ガスの排出量の削減を行う際に重要な手段となり得ると考えられるため、成果物の発表が待たれるところである。
表 Corporate Net-Zero Standard V2.0に向けた各種取り組み(SBTiのWebページを当社が仮翻訳)
出版物 | スケジュール | ステークホルダーからのインプット |
「Scope3ディスカッションペーパー」 SBTiは、Scope3の目標設定に関し検討されている変更の可能性にについて、SBTiの現在の考え方(基本原則や概念を含む)を示すディスカッションペーパーを発表する。 |
2024年7月 | ステークホルダーは、プロジェクト・フィードバック・フォームを通じてフィードバックを提出することができる。 |
「環境属性証明書(Environmental Attribute Certificates (EACs))の有効性に関する根拠資料の募集」 SBTiは、公募の一部として受け取ったすべての根拠資料*を公表する。 |
2024年7月 | ステークホルダーは提出された根拠資料を読んでいただきたい。 |
「企業の気候変動目標における環境属性証書(EACs)の有効性に関する根拠資料の評価 – Part 1: 炭素クレジット」 企業の気候変動目標における炭素クレジットの有効性に関するSBTiの評価報告書が発行される。SBTiは、査読を受けた文献に基づく、このテーマに関する独立した第三者による体系的レビューについても公表する。 |
2024年7月 | ステークホルダーは、プロジェクト・フィードバック・フォームを通じてフィードバックを提出することができる。 |
「Corporate Net-Zero Standard V2(案) 標準業務手順書に定められている通り、Corporate Net-Zero Standard V2草案は公開協議のために公表される。寄せられたフィードバックは公開され、SBTi技術部によって検討され、同Standard V2の策定に反映される。 |
2024年第4四半期 | すべてのステークホルダーには、透明でオープンなプロセスで意見を提供する機会が与えられる。 |
※SBTiのウェブページをブライトイノベーションが要約・仮和訳
4.今後の展望
このように企業による温室効果ガス排出削減に向けた取り組みを後押しするようにSBTiは規定・基準の更新を積極的に行っているため、SBT認定を保持している、または今後取得を予定している企業は、タイムリーにその更新を把握し効率的にSBTiへ申請を行うことが重要である。加えて、多くの国がNDCとして2030年までに温室効果ガス排出削減目標を決め、経済界もそれらに基づいて活動を進めていることから、今後、温室効果ガス排出削減活動が活発化することが見込まれる。その流れの中で、ネット・ゼロを実現するためにはScope3排出量の削減は避けては通れない課題であり、その方法を多くの企業が模索する中、その方法を検討するSBTiの動きは、今後も要注目である。
【参考資料】
SBTiウェブサイト
・Driving efficiencies in the SBTi target validation process、2023/12/20
・SBTi releases plans for the Corporate Net-Zero Standard major revision、2024/5/9
・DEVELOPING THE CORPORATE NET-ZERO STANDARD、
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