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議論が進むSBT企業向けネットゼロ基準の改訂

SBTi(Science Based Targets Initiative, 科学的根拠に基づく削減目標イニシアティブ)は2024年9月、企業向けネットゼロ基準の大規模な改訂としてVer.2.0の策定を発表した。この改訂は定期的なレビューサイクルに沿って行われるもので、2026年に発効予定となっている。本稿ではSBT企業向けネットゼロ基準改訂に向けた現在の議論について解説する。

目次

  1. 企業向けネットゼロ基準の改訂目的
  2. 改訂項目と内容
    2-1. Scope3目標
    2-2. 炭素クレジット
    2-3. 二酸化炭素除去・貯留の役割
  3. 今後のスケジュール
  4. まとめ

1. 企業向けネットゼロ基準の改訂目的

今回の大幅な改訂の目的として、以下の4点が挙げられている。
・最新の科学的な考え方とベストプラクティスとの整合
・バリューチェーン排出量(Scope3)への取り組みの強化
・継続的な改善と目標達成の評価の統合
・構成と相互運用性の改善

各項目の概要や用語について説明する。
まず、一つ目の「最新の科学的な考え方」とは、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change, 気候変動に関する政府間パネル)、HLEG(High-Level Expert Group on sustainable finance, 国連事務総長の非国家主体のネットゼロ排出公約に関するハイレベル専門家グループ)などの新たな知見に合わせることを意味している。これには化石燃料関連要件の強化や、中和に関するガイダンスの改善が含まれている。二つ目のScope3排出量への取り組み強化に関しては、Scope3目標設定についてより精緻なアプローチを検討するものであり、バリューチェーン全体でのネットゼロ目標に整合するための指標の開発も含まれている。続いて三つ目の継続的な改善と目標達成の評価の統合は、定期的な再検証サイクルの一環として目標に対する進捗状況を評価するフレームワークを策定する、とある。さらに、炭素クレジット、エネルギー属性証明書を含むEAC(Environmental attribute certificates, 環境属性証明書)の使用を見直すとしている。四つ目の構成と相互運用性の改善は、企業向けネットゼロ基準とその他のSBTi基準の関係を明確にする目的がある。

2. 改訂項目と内容

改訂草案は2024年内に発表される予定であったが遅延しており、2025年2月時点では決定事項がなく、未だ議論の段階である。そのためSBTiが発表しているディスカッションペーパー等から、現状の議論と今後の方向性を読み取っていく。今回は主にScope3目標、炭素クレジット、二酸化炭素除去・貯留の役割に焦点を当てながら、改訂項目と内容について解説する。

2-1. Scope3目標

現状のScope3目標は、Scope3が総排出量の40%以上の場合に設定し、Scope3排出量全体の2/3以上をカバーした、Well below 2℃(世界の気温上昇が産業革命以前より2℃を十分に下回る水準)以上に整合した目標である必要がある。この要件については継続して議論されており、今後さらに厳しくなる可能性がある。

まず、効果的なScope3目標設定として、企業の影響力を考慮したフレームワークの導入と、気候関連の重要な活動の優先順位付けが検討されている。影響力を考慮したフレームワークの導入は、企業がバリューチェーン内の異なる排出源に対して持つ「影響力の度合い」を適切に反映することを目的としている。例えば、ひと口に同じScope3排出量といっても、企業は、サプライヤーに対しては影響力が大きく、顧客に対しては影響力が比較的弱い傾向がある。そのため、それらの影響力に濃淡をつけて排出削減のエンゲージメントをするためのフレームワークが議論されている。

気候関連の重要な活動の優先順位付けについては、Scope3目標設定の境界アプローチを見直し、バリューチェーン内で最も気候に関連する活動に焦点を当てることが提案されている。また、カテゴリ1~15の中でも、排出量の多いカテゴリに優先順位を付けて取り組むことも議論されている。これは、1つのカテゴリの中でも、排出量の多い排出源がある場合、それらについて優先して排出削減に取り組んでいくことが含まれる。(例えば、製品の廃棄の場合、ある特定の廃棄物の排出量が多い場合は、それに優先的に取り組む、など)

また、Scope3目標において、上記の優先順位付け等を含む5段階のアプローチを求めることも検討されている。ただし、これはSBT申請企業に対する要求事項ではなく、このようなフレームワークにより、排出量算定がより正確になり、排出量削減に向けた取り組みが促進され得るとした、概念的なものとして議論されている内容である。具体的には、以下の5段階である。
 <5段階のアプローチ>
 ①バリューチェーン全体の温室効果ガス排出量を測定し開示する
 ②気候関連の重要な排出源を特定し、優先順位付けを行う
 ③特定された重要な排出源に対する目標と方針を設定する
 ④まだ目標の範囲に含まれていない排出に対しても責任を持つ
 ⑤排出源に対して実施する取り組みの効果を測定し、進捗状況を評価する

⑤の最後の段階に関しては、サプライヤーとの協力、製品設計の変更、新技術の導入など、気候関連の排出源に対して実施する具体的な行動や対策がどれだけ排出量を減らしているかを定量的に測定し、進捗状況を開示することになる。

2-2. 炭素クレジット

現状の企業向けネットゼロ基準において、目標達成のためのカーボンオフセットの使用は認められておらず、直接的な排出削減が求められている。しかし、2024年4月、SBTi理事会は、企業が炭素クレジットを使用してScope3排出量を相殺(オフセット)し、炭素クレジットをネットゼロ基準に組み込む可能性を示唆するステートメントを発表した。一方、SBTiが発行するディスカッションペーパー類では、信頼性の高い論文等を根拠に、「現状の炭素クレジットは気候変動の緩和には効果的に貢献できていない可能性がある」とし、ステートメントの軌道修正が示唆された。

このSBTiのディスカッションペーパー類によると、炭素クレジットは、ネットゼロ転換の妨げや気候変動対策資金の減少などの意図しない影響を及ぼすことが懸念されており、オフセット目的での使用には明確なリスクがあることが示されている。例えば、企業が自社の排出削減努力を怠り、事業モデルや操業方法の根本的な変革を遅らせる恐れがあるとしている。また、オフセットへの依存が企業の直接的な排出削減投資を減少させ、結果として、低炭素技術やイノベーションへの投資が減少し、長期的な気候変動対策に必要な資金が不足する恐れがあるという点も指摘されている。さらには、炭素クレジットやプロジェクトが「効果的」となる条件・特性が明確でないことや、炭素クレジットの効果に関する科学的根拠が現時点では非常に限られていることも反対意見として挙がっている。

炭素クレジットやエネルギー属性証明を含むEACもまた、追加性、トレーサビリティ、品質等の課題が挙がっている。追加性の課題として、追加的に新たな削減活動に繋がっているかどうかが明確でないとの指摘や、排出削減への貢献の証明が難しい、という指摘もある。また、EACのトレーサビリティが十分に確保されていない可能性がある点と、すべてのEACが同等の品質や信頼性を担保していないため高品質な属性証明書の識別と使用が課題である点も議論されている。

2-3. 二酸化炭素除去・貯留の役割

ネットゼロ転換の加速と気候変動対策資金の増加のためのより望ましいモデルとしてBVCM(Beyond Value Chain Mitigation, バリューチェーンを超えた緩和)や貢献主張アプローチが議論されている。BVCMとは、企業が自社のバリューチェーン(Scope1,2,3)を超えて実施する気候変動対策のための投資や緩和行動を指す。BVCMの具体的な活動として、炭素除去技術への投資、マングローブ林や泥炭地の保全、再生可能エネルギー事業の展開、気候技術への研究開発支援などがある。貢献の主張は、このような企業によるバリューチェーン外の活動に対して、企業が支援や融資を行ったことを公開するものである。しかし一方で、このような主張は、その企業が気候変動に与える環境影響を直接的に軽減することを示唆するものではないということも指摘されている。

3. 今後のスケジュール

当初のタイムラインでは2024年12月に草案が発表される予定であったが、草案発表が遅れた分、スケジュールは後ろ倒しになるものと想定される。今後の想定としては草案が発表された後、公開協議からフィードバックレポートが発表され、その後修正を加えてパイロットテストに入り、最終案、最終版という流れになると見込まれる。

SBT 今後のスケジュール予想

SBTi資料を参考にブライトイノベーションにて作成

4. まとめ

前述の議論から読み取れる今後の改訂に向けた動向について、以下のようなことが可能性として挙げられる。

<短期目標、特にScope3の算定方法等への影響>
短期目標はネットゼロ目標のマイルストーンのため、短期目標にも影響があると考えられる。
Scope3の算定方法がより詳細に>
バリューチェーンの企業から直接取得する1次データに関して、より多くの1次データの取得を求められる可能性がある。また、排出量の多いカテゴリに優先順位を付けた取り組みに関しては、1つのカテゴリ内で排出量の多い排出源に優先順位を付けることが含まれるかもしれない。
<EACの厳格化>
EACは数多くの種類が出ているため、ECAの品質基準等を明確にしてより信頼できるものを採用していく可能性がある。
<炭素クレジットの使用が拡大>
現在は認められていないScope3排出量を相殺(オフセット)することを認める可能性がある。
<BVCMの取り組みの推奨>
バリューチェーン外での緩和の取り組みとして、下記のような活動が求められる可能性がある。
– 高品質なカーボン(炭素)クレジットの購入(特に国家レベルでのREDD+
– 炭素除去技術への投資
– マングローブ林や泥炭地の保全
再生可能エネルギー事業の展開
– 気候技術への研究開発支援

REDD+:途上国の森林減少・劣化の抑制や持続可能な森林経営などによって温室効果ガス排出量を削減または吸収量を増大させる努力にインセンティブ(例:クレジット)を与え、取り組みを促進させる気候関連の経済的インセンティブ制度の1つ

2024年12月に予定されていた企業向けネットゼロ基準の草案発表が遅れており、これらは現時点では可能性の域を出ない。大幅な改訂が予想されるため、今後の動向を注視していく必要がある。


【参考資料】
Corporate Net-zero Standard V2.0 Terms of Reference
SBTi RESEARCH: SCOPE 3 DISCUSSION PAPER, ALIGNING CORPORATE VALUE CHAINS TO GLOBAL CLIMATE GOALS
EVIDENCE SYNTHESIS REPORT PART 1: CARBON CREDITS
Statement from the SBTi Board of Trustees on use of environmental attribute certificates, including but not limited to voluntary carbon markets, for abatement purposes limited to scope 3

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本稿は、『【無料ウェビナー】SBTi Corporate Net-Zero Standardの改訂点の解説』の概要です。
※ウェビナーは終了しています。

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日時  2025年2月6日(木) 14:00~14:45
場所  オンライン(Zoom)
受講料 無料

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