現代社会において、「生物多様性」はサステナビリティを考える上で避けては通れないテーマである。日々の生活ではあまり意識しないかもしれないが、生物多様性は自然の恵みを支える基盤であり、経済にも密接に関わっている。しかし、近年の急速な個体数減少や種の絶滅スピードの加速は無視できない。本稿では、生物多様性の基礎知識とその重要性、喪失の危機と保全の必要性を解説し、自然との共生を目指してより良い環境を次世代に引き継ぐための視点を探っていく。
目次
- 生物多様性とは
1-1.生物多様性の3つのレベル - 生物多様性がもたらす恩恵とその重要性
2-1.恩恵をもたらす4つの生態系サービス - 現状と危機的状況
- 生物多様性喪失の主な要因
4-1.土地の開発・乱獲による生態系の撹乱
4-2.森林・里地里山の管理不足
4-3.外来種や化学物質の汚染による生態系の撹乱
4-4.気候変動などの地球環境の変化 - まとめ:生物多様性の保全に向けて
1.生物多様性とは
生物多様性とは、地球上に存在するあらゆる生き物の多様性と、それらが形成する複雑で豊かな相互関係を指す概念である。この多様性は、自然環境の健康を保ち、私たち人間の生活や社会の持続可能性にとって欠かせない基盤となっている。
生物多様性は、大きく以下の3つのレベルで定義されている。
1-1.生物多様性の3つのレベル
生態系の多様性
生態系の多様性とは、地球上のさまざまな生態系の存在を指している。生態系とは、生物とそれを取り巻く環境が相互に作用しながら成り立っているまとまりのことである。生態系は、森林、草原、湿地、海洋など多様な環境に存在し、それぞれが独自の特性を持っている。各生態系の中では、植物、動物、微生物などの生物が、光合成や食物連鎖を通じて資源を分け合い、互いに依存しながら生存している。各生態系はその地域の気候、地形、土壌などの環境要因に応じて独自の生物群集を育んでおり、これが生態系の複雑性を生み出している。例えば、熱帯雨林やサンゴ礁は、生態系内に生育する生物種が特に豊富であることが知られている。
種の多様性
種の多様性は、地球上に存在する様々な生物種の豊かさを指す。これは生態系の健康や安定性に直接関連しており、特定の種の絶滅や個体数減少は、生態系全体のバランスを崩す可能性がある。例えば、食物連鎖の中で特定の捕食者が減少すると、それまで捕食されていた種が急増するなどして、結果として生態系全体が変化することがある。このような影響を最小限に抑えるため、様々な種の保全が求められている。
遺伝子の多様性
遺伝子の多様性は、同種の生物の個体間や地域ごとの個体群における遺伝子の違いを指している。たとえ同じ生物種であっても、地域によって形態や生態が微妙に異なるなど、遺伝子レベルでは違いがあることがある。遺伝子の多様性が豊富であることは、その種が環境の変化に適応しやすくなることを意味する。例えば、病害や気候変動などのストレスに対して、遺伝的に多様な集団は、より高い耐性を持つ可能性がある。これにより、個体群全体の生存可能性が高まる。
これら3つのレベルは相互に関連し合いながら、自然の健康を支えている。生態系の多様性が失われると、そこに生息する種の多様性や遺伝子の多様性も影響を受け、生物多様性全体のバランスが崩れてしまう。そのため、それぞれのレベルでの保全活動が重要となる。
2.生物多様性がもたらす恩恵とその重要性
生物多様性は、地球上の生命を支える基盤であり、私たちの生活にも多くの恩恵をもたらしている。生物多様性が豊かな環境では、生態系が安定し、自然の恵みを持続的に享受することができる。例えば、森林は酸素を供給し、湿地や森林などの生態系は水質を浄化して清潔な水を自然環境や人間社会に供給している。また、多様な種が存在することで病害虫の発生が抑制され、農業の生産性が向上するなど、間接的な恩恵もある。さらに、生物多様性は気候変動の影響を緩和する役割も果たす。例えば、湿地やマングローブ林は洪水や高潮から地域を守り、土壌の流出を防ぐ天然の防波堤となる。また、多様な生物資源は医薬品の開発にも利用され、新たな治療法や薬品の発見につながっており、人間の健康にも直接かかわっている。経済的な視点からみると、生物多様性は観光業や農業、水産業など多くの産業においても重要な資源となっている。観光客は自然の美しさや希少な動植物を求めて訪れ、地域経済を活性化させる。また、多様な遺伝資源を利用することで農業の収量が向上し、食料安全保障の強化にも寄与する。

図1:自然の恵み
(出典:環境省)
2-1.恩恵をもたらす4つの生態系サービス
私たちの生活は、生物多様性がもたらす恩恵によって支えられている。その恩恵は「生態系サービス」と呼ばれ、主に供給サービス、調整サービス、文化サービス、基盤サービスという4つに分類される。
供給サービス:食料や水、木材、繊維など、人々の生活に直接必要な資源を提供する
調整サービス:気候や水質の調整、害虫の抑制、洪水の緩和など環境の安定性を維持する
文化サービス:レクリエーション、精神的な癒し、教育の場など、精神的・文化的な価値を提供する
基盤サービス:土壌の形成や栄養循環、植物の生育など、他のサービスや生命活動全体を支える基盤となる
これらのサービスは相互に関連し合い、地球上の生命を支え、私たち人間が社会・経済活動を行うためにも不可欠である。そのため、生物多様性の維持は、私たちの日常生活の質を高め、持続可能な未来を築くために極めて重要であるといえる。これらのサービスが失われると、私たちの暮らしや経済活動に重大で深刻な影響を及ぼす可能性がある。
3.現状と危機的状況
生物多様性は近年、さまざまな要因によって著しい減少が続いており、これにより地球は深刻な危機に直面している。自然状態における種の絶滅速度は通常、非常に緩やかであるが、人間活動の影響により、現在は通常の100倍から1000倍もの速さで種が絶滅していると推定されている。この急激な絶滅スピードの増加は、生態系のバランスを大きく崩し、将来的には生態系サービスの喪失や機能低下を引き起こすリスクが高まっている。
WWF(World Wide Fund for Nature:世界自然保護基金)の『生きている地球レポート2024(Living Planet Report:LPR)』では、野生生物が絶滅の危機に瀕していることや、生態系の健全性が損なわれつつあることをいち早く知らせる指標である「生きている地球指数(Living Planet Index:LPI)」が、過去50年間で73%減少したと発表された。地域別では、ラテンアメリカ・カリブ海地域で最も大きく(95%)減少し、次いでアフリカ、アジア太平洋地域が続く。ヨーロッパや中央アジア、北米では減少幅は比較的小さいが、これは1970年以前から自然への影響が生じていたためだと考えられている。

図2:地域別のLPIの減少傾向
(出典:WWF)
この傾向は今後も続くと予測されており、絶滅のスピードはますます加速している。こうした危機的状況に直面している今、生物多様性の現状を正確に把握し、持続可能な未来のために具体的な対策を講じることが急務となっている。前述したように、生物多様性はさまざまな地域や環境に存在し、それぞれ異なる特性を有しているため、保全には、国際的な協力のみならず、地域や企業、個人レベルの意識改革や取り組みが重要な要素となる。私たちの行動や企業活動ひとつひとつが、地球の未来を左右している。
4.生物多様性喪失の主な要因
生物多様性の喪失は、単一の原因ではなく多様な要因が複雑に絡み合って進行している場合が多い。これらの要因は相互に影響し合い、自然環境や生態系のバランスを崩すことで、種の減少や絶滅、生態系の機能低下を招いている。国内の生物多様性国家戦略において、以下のように「生物多様性4つの危機」として、その原因を大きく4つに分けて整理している。
4-1.土地の開発・乱獲による生態系の撹乱
土地の開発による自然環境の破壊は、森林伐採や都市化、農地拡大などの形で進行し、動植物の生息地を奪っている。その結果、生物が生息場所を失い、種の多様性が減少する。また、断片化された生息地は遺伝子の多様性の維持を困難にし、生物多様性全体に悪影響を及ぼす。また、乱獲は魚類や野生動物の個体数を急激に減少させ、生態系の機能を損なう大きな要因である。特に商業的な大規模な漁業や狩猟は、持続可能な管理が行われない場合、種の絶滅リスクを直接高める。乱獲による種の減少は食物連鎖のバランスを崩し、他の生物の生存にも悪影響を与える。
4-2.森林・里地里山の管理不足
日本では、開発などの「人的介入の増加」だけでなく、里山の放棄など「人的介入の減少」も生物多様性喪失の大きな要因となっている。森林や里地里山といった環境には多くの生物種が生育しており、生物多様性の維持において極めて重要な役割を果たしているが、近年これらの自然環境の管理不足が問題となっている。適切な管理が行われないことで、生態系のバランスが崩れ、種の減少や生態系の劣化を招くケースが増えている。森林は多様な生物の生息地であり、気候調整などの生態系サービスも提供している。しかし、過去の過剰伐採や放置された人工林の増加により、森林の質が低下し、多様な生物が生存しにくい環境になっている。適切な間伐などの管理が不足すると、単一樹種の密集(森林や植林地が同じ種類の樹木のみで構成されている状況)や土壌劣化が進み、森林内の生物多様性が損なわれる。また、里地里山は元来人間の生活と自然が調和した地域であったが、管理不足は放置された森林の荒廃や草地環境の消失を引き起こし、動植物の生息環境が失われる原因となる。
4-3.外来種や化学物質の汚染による生態系の撹乱
外来種の侵入は在来種との競争、捕食、病気の伝播などを通じて、生態系の撹乱を引き起こす。外来種はしばしば在来の生態系に適応できず、多様性を低下させる一因となっている。例えば、ある地域で特定の外来種が急激に増加すると、元々その地域にいた生物の生息場所を奪ったり、交雑によって遺伝子の多様性が失われるなどしてその地域の生物群集のバランスが崩れ、結果として生物多様性の喪失を招くおそれがある。汚染については、20世紀以降急速に化学物質の開発・利用が拡大し、生態系が長期間ばく露される状況が生じている。化学物質は生活に利便性をもたらす一方で、生物に有害なものや環境中に残留するものもあり、生態系への影響が懸念されている。そのため、農業における化学肥料・農薬のリスク低減や、工場・生活排水の適切な処理など、環境負荷を減らす取組が求められている。加えて、近年はマイクロプラスチックを含む海洋プラスチックごみの影響が世界的な課題となっている。
4-4.気候変動などの地球環境の変化
気候変動は地球規模で進行している環境の大きな変化であり、生物多様性にも深刻な影響を及ぼす重要な要因である。地球温暖化に伴う気温の上昇や降水パターンの変化は、多くの生態系や種の生息環境を変化させ、生物多様性の減少を招いている。まず、気温の上昇は多くの生物の生息範囲を変化させ、特に寒冷地に適応していた種は生息地の縮小を余儀なくされる。一方で、温暖な地域では新たな種の侵入や分布拡大がみられることもあるが、生態系のバランスが崩れ、在来種の減少を招くこともある。また、降水量や季節的な気象パターンの変化は湿地や河川、森林などの生態系に影響を与え、水資源の不足や洪水の増加をもたらすことがある。これにより、生息環境が悪化し、種の生存が困難になる場合もある。海洋環境においても、気候変動は海水温の上昇や酸性化を引き起こし、豊かな生態系をもつサンゴ礁の白化現象や海洋生物の分布変化をもたらしている。
これらの要因は単独で作用するのではなく、複合的に結びつきながら生物多様性の減少を加速させている点が重要である。こうした多様な要因が絡み合いながら進行する生物多様性の喪失は、私たちの生活基盤となる自然資本の減少を意味しており、これにより食料や水などの供給が不安定になるだけでなく、災害への抵抗力の低下や健康被害の増加など、社会全体に影響を及ぼすおそれがある。
5.まとめ:生物多様性の保全に向けて
生物多様性が豊かであることは、私たちの生活や地球全体の健全性にとって極めて重要である。本稿では、生物多様性がもたらす多くの恩恵と直面している危機、そしてその喪失の要因について解説した。これらをふまえると、生物多様性の保全は単なる生物保護を超えて、私たちの暮らしやビジネスを維持しながら持続可能な未来を築くために、不可欠な取り組みであることが明らかである。自治体や企業には、生物多様性に配慮した持続可能な開発を推進することが求められる。これには、土地の適切な管理や、持続可能な資源利用の推進、外来種の管理、気候変動への対応も含まれる。また、里地里山や森林の管理を強化し、生態系の回復を促進することも重要である。さらには、地域における取り組みだけでなく、国際的な協力も不可欠である。生物多様性保全は一国だけで解決できる問題ではなく、国際的な枠組みの中で協力し合う必要がある。これには、各国が環境関連の各種条約に基づき、具体的な行動を取ることが含まれる。生物多様性に関する理解を深め、まずはこの問題に対する意識を高めていくことが、豊かな生物多様性を守る鍵となり、未来の地球をより良いものにするための確かな一歩となる。
【参考資料】
・生物多様性 -Biodiversity-:環境省
・Living Planet Report 2024 – A System in Peril:WWF
・生きている地球レポート2024ファクトシート日本語版:WWF