企業の気候関連財務情報の開示は、世界の諸地域で規制当局からの要求事項に組み込まれたり、法制度化されたりしつつある。
諸地域における気候関連財務情報開示に関する規制当局からの要求事項または義務化のうち、代表的なものとして以下が挙げられる。
• 米国証券取引委員会(SEC)による規則提案
• カナダのCanadian Securities Administrators(CSA)による規則提案
• 英国政府による大企業を対象とした気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言の気候関連財務情報の開示義務化
• ブラジルの中央銀行と金融評議会による規則と一部の適用
• 欧州政府によるSFDR規則(Sustainable Finance Disclosure Regulation)及びCSRD指令(Corporate Sustainability Reporting Directive)
• 中国の環境関連開示規則(Environmental Disclosure Rule)
• ニュージーランドのClimate Risks and Opportunities Law(2023年会計年度から義務化)
上記のいずれも、基本となる骨組みは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言及びGHGプロトコル(Greenhouse Gas Protocol)を基礎としており、全体的または部分的にTCFD提言による情報開示を義務付けている。
2022年、新たに下記の2つの組織による気候関連開示基準の開発と協議が行われていることから、実質的な国際基準は、上記のSECの規則提案と併せて近い将来3つになり、将来的には共通のフレームワークを持つように統一化されていく予定となっている。
• 国際持続可能性基準委員会(ISSB): International Sustainability Standards Board
• 欧州財務報告諮問グループ(EFRAG): European Financial Reporting Advisory Group
しかし、現状3つの基準の違いについて、簡素に説明している情報は少ない。
そこで、本稿では以下に3つの基準の概要について紹介する。(なお、基準(案)の詳細については本稿では記載しないため、各基準の詳細な内容については、ページ下部の参考資料のリンクよりご参照ください。)
国際持続可能性基準委員会 (ISSB: International Sustainability Standards Board):
国際持続可能性基準委員会(ISSB)は、2021年に開催されたCOP26で国際財務報告基準(IFRS)財団が創設を発表したものである。
現在、各国、各地域における気候関連情報開示の基準やガイドラインは、基本的には TCFD提言に基づいて構築されているため、基準の要件は共通した部分が多いが、細かな部分では断片的に独自化されている。
ISSB設立の目的は、各地域で個別に規制化が進む気候関連財務情報開示に関して、世界レベルでの標準化を目指し、その基準案を作成することにあり、ISSBが作成する上記基準は、TCFD提言の影響を受けたものとなることはすでに示されている。
ISSBは、2022年3月31日に 、基準の2つの草案を公開した。1 つは「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項案」の草案(IFRS S1)であり、もう 1 つは「気候関連開示基準案」の草案(IFRS S2)である。
これらの草案に対しISSBは、7月29日までのパブリックコンサルテーション期間を設けた。そして、9月に行われたISSBによる会議で、パブリックコンサルテーションからフィードバックされた意見のレビューを開始することが決定した。
ただし、今後数ヶ月にわたり回答者のフィードバックについて引き続き議論するため、基準となるIFRS S1 および IFRS S2 の公開は、2023年の「できるだけ早い時期」としており、タイムラインが明確になっていない。これは、2022年末までに基準を公開するというISSBの当初の目標から遅れている。
欧州財務報告諮問グループ(EFRAG:European Financial Reporting Advisory Group ) :
EFRAGは、EUの官民の会計関連機関で組織されており、企業の非財務情報開示の指令である「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」のフレームワークを作成してきた組織である。
EFRAGは、 TCFD提言 を活用しながら、欧州委員会に対し、European Sustainability Reporting Standards(ESRS)の草案を作成した。この草案は、CSRD の一部として使用される予定である。
2022年4月、EFRAGと欧州委員会は最初のESRSの草案を公開した。この草案では、「ダブルマテリアリティー」(Double Materiality)の原則を適用し、その両方を評価することが求められている。このEUによるダブルマテリアリティーのアプローチは、ISSBの基準とは異なる部分といえる。
ダブルマテリアリティーとは、従来型の企業価値に影響する財務的な評価に加え、企業活動が、環境、社会、人々へ与える影響の観点を評価することである。
IFRS 財団の責任者である リー・ホワイト(Lee White)氏によれば、ISSBの 基準は「ビルディング ブロック」というアプローチを採用している。
これは、ISSBの 基準があくまで「ベースライン」として機能するということである。その上で、諸地域による政策的意図や利害関係者の利益を求める法領域により、ISSBの「ベースライン」に追加要件を構築できる仕組みとすることを目指している。
しかしながら、全体を通してみると、ESRSの草案内容はISSBの草案と概ね類似 しており、 2 つの基準の主な要件のカテゴリは、ほぼ一致している。例えば、ESRSでは、「ガバナンスと組織」というカテゴリがあるが、ISSBでは、「ガバナンス」という独立したカテゴリと「リスクマネジメント」という独立したカテゴリの2つが対応するものとなる。
前述のダブルマテリアリティー以外でESRS草案がISSBの草案と異なる点は、ESRSの草案が、より包括的かつ詳細な開示要件を提案している部分があることである。それらには、以下が含まれる。
• エネルギー消費 (MWh 単位の合計および詳細なエネルギー消費量);
• エネルギー原単位 (MWh/金額単位の情報);
• 温室効果ガス(以下、GHG) 削減量 (mtCO₂e 単位);
• 製品およびサービスにより回避された GHG 排出量 (mtCO₂e)
EFRAG は、2022年11月に初期の最終草案を欧州委員会に提出する予定である。暫定的な適用は2023年から予定されており、義務化は2026年になる計画である。
米国証券取引委員会 (SEC) :
SECは、2022年3月に米国内外の SEC 登録者に対し、気候関連情報の開示を要求する規則案を提示した。開示情報には、GHG排出量、気候関連リスク、気候変動への影響、そして、それらに関連した財務情報が含まれる。この提案は、2010年にSECより提起された、強制力のない「気候変動関連に関する開示ガイダンス」(Commission Guidance Regarding Disclosure Related to Climate Change)に代わり、気候関連情報の開示を強化し規則化するものである。
提案された規則の内容は、現行のガイダンスよりも強化されたものとなっており、米国における気候関連情報開示のターニングポイントになる可能性がある。
まず、SECに登録した企業は、スコープ 1 及び 2 の GHG 排出量について、規則により分類された詳細な排出量と全体量の両方を開示する必要がある。また、これらの情報には、信頼性を確保するため、第三者からの証明書を含める場合がある。さらに、重要性があると認める場合、またはGHG排出量削減のターゲットやゴールにスコープ3が含まれている場合には、スコープ3のGHG排出量の開示も必要となる。
さらに、異常気象等の気候に関連する事象、及び移行活動での特定のリスクが連結財務諸表の各項目に与える影響についても開示する必要がある。これは、「財務上の仮定」(Financial assumptions)と分類されており、財務諸表の各項目に1%以上の影響を与える場合は、開示が必要である。移行活動には、排出削減やネットゼロに向かう低炭素化の取り組み以外にも、新しいGHG排出価格、新規制、サプライチェーンの上流(材料の輸送など)でのコスト に関連する変更が含まれる場合がある。
また、SECの規則案には、企業の経営陣や取締役会のメンバーが気候関連リスクの評価と管理に責任を負う場合、それらの個人の気候関連の専門知識を開示することが含まれている。
SEC は、2023年以降の規則の部分的な施行を目的とした施行スケジュールを提案している。施行スケジュールは、企業の規模と要件の難易度により順次展開されることになる。具体的には、事業体が大きくなればなるほど、開示を早期に開始する必要がある。
解説
多国籍企業は、上記のように欧州と米国でやや異なる基準について、今後考慮する必要がある。また、ISSBの基準が今後「ベースライン」となり、各地域で追加要件が加わる可能性もある。
多国籍企業にとって、地域や国による差異を比較し予めマトリックスとして認識、把握することは、開示情報の作成コスト削減にあたり有力なオプションとなり得る。
今後、気候関連財務情報の開示要件を正確に把握することは、企業にとって益々重要性を増すため、専門家のアドバイスが必要となる分野である。
【参考資料】
NATIXIS CORPORATE & INVESTMENT BANKINGによる解説
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