昨今、気候変動リスクの顕在化により、企業は事業活動のあらゆる段階で温室効果ガス削減を求められている。こうした流れの中で、企業の温室効果ガス排出量削減目標が科学的妥当性を有しているかを第三者的に検証する枠組みとして、急速に普及したのがSBTi(Science Based Targets initiative)である。日本でも、投資家対応やサプライチェーン要請への対応として、SBT認定取得の動きが加速しており、2025年第2四半期時点で日本企業は1,731社の認定を取得し、世界第1位となっている。本稿では、これからSBTiを学ぶサステナビリティ担当者向けに、SBTiとはどういうものか、SBT認定とは何なのかといった基礎的なことから、2025年11月に公表された企業ネットゼロ基準バージョン2.0第2草案を含む最新動向まで、実務に直結する要点を平易に解説する。
目次
- SBTiとは
- SBTiが与えるSBT認定(Science Based Targets認証)とは
2-1. SBTとは
2-2. 認定プロセスの基本的な流れ
2-3. 現在の認定状況(2025年現在) - SBTiが掲げる基準とは
3-1. 目標設定とSBTi基準の概要
3-2. 企業ネットゼロ基準バージョン2.0への改定の動き
3-3. 移行期間と企業の対応 - SBTi参加企業のメリットとは
- まとめ
1.SBTiとは
SBTiは、企業の気候変動対策として、「科学的根拠に基づいた温室効果ガス削減目標」を設定するための国際的な枠組みである。2015年に国連グローバル・コンパクト(UNGC)、世界資源研究所(WRI)、CDP、世界自然保護基金(WWF)によって共同で設立された。パリ協定で合意された「気温上昇を産業革命以前から2℃未満、できれば1.5℃以下に抑える」という目標達成に向けて、企業が持続可能な未来を築くためのガイドラインを提供している。世界の平均気温上昇を1.5℃に抑えるためには、地球規模でCO2排出量を2030年までに半減させ、2050年には実質ゼロにする必要があり、この実現には、温室効果ガスの大半を排出する企業セクターが着実に削減を実行することが不可欠となる。従来、企業の気候目標は各社バラバラで、どの程度削減すれば十分なのかが不透明であった。SBTiは、気候モデルや「炭素予算」に基づく削減軌道を提示し、それと照らし合わせることで、企業目標が「科学的に妥当かどうか」を判定する仕組みを整えている。SBTiの取り組みは、気候変動に対する企業の責任を明確にし、持続可能なビジネスモデルへの移行を促進するうえで重要な役割を果たしている。
2.SBTiが与えるSBT認定(Science Based Targets認証)とは
SBT(Science Based Targets, 科学に基づく目標)認定は、企業が設定した温室効果ガス削減目標が科学的根拠に基づき、パリ協定の目標と整合しているかを第三者機関が評価・認証する仕組みである。SBT認定を受けた企業は、その目標が科学的に妥当であり、国際的な基準に沿っていることを示すことができる。この認定により、企業の削減目標が信頼性を持ち、ESG投資の対象として選ばれる可能性が高まり、CDPなどの外部評価機関から高い評価を得ることが期待できる。以下にて、そもそもSBTとは何なのか、認定プロセスの流れや現在の認定状況について解説していく。
2-1. SBTとは
SBTとは、パリ協定が求める水準と整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減目標のことである。気候科学に基づいて「このペースで削減すれば、世界全体として気温上昇を◯℃以下に抑えられる」と計算された削減軌道と整合する企業の排出削減目標を指し、世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準(1.5℃目標)に抑えるために、科学的根拠に基づいて設定される。単に「前年比◯%削減」といった相対的な削減目標ではなく、「地球全体の炭素予算の制約と整合しているか」が問われる点が特徴である。具体的には、2050年までのネットゼロ(温室効果ガスの排出量から吸収・除去量を差し引いて、正味ゼロにすること)やそれ以前の中期目標(多くは5〜10年程度)について、SBTiが提示するセクター別・温度水準別の削減経路に沿って目標を設定する。
重要なポイントは、自社のみならず、サプライチェーンの上流から下流までの温室効果ガス排出量(サプライチェーン排出量)を削減対象とすることである。排出量はScope1、Scope2、Scope3の3つに分類される。Scope1は、事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)を指す。Scope2は、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出である。Scope3は、Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)であり、サプライチェーン全体の排出を含む。

図:SBTが削減対象とする排出量
(出典:SBT(Science Based Targets)について|環境省)
2-2. 認定プロセスの基本的な流れ
SBT認定のプロセスは、企業が科学に基づいた温室効果ガス排出削減目標を設定し、その目標がSBTiの基準に適合しているかを確認し、認定を受ける一連のステップで構成されている。SBTiへの参加は、おおまかに以下の5ステップで整理できる。
| ステップ | 内容 |
| 1. コミットメント提出(任意) | ・自社がSBTを設定し、一定期間内にSBTiへ提出することを公表する ・これにより「参加企業」としてリストに掲載されるようになる |
| 2. 排出量の算定と目標案の策定 | ・自社のScope1,2,3排出量を算定し、SBTiのガイダンスに沿って削減目標案を作成する ・この段階で、どのセクター分類を適用するか、1.5℃目標に整合させるかなどの方針を社内で決める |
| 3. SBTiへの提出・審査 | ・自社のScope1,2,3排出量を算定し、SBTiのガイダンスに沿って削減目標案を作成する ・この段階で、どのセクター分類を適用するか、1.5℃目標に整合させるかなどの方針を社内で決める |
| 4. 認定・公表 | ・審査を通過すると、企業の目標がSBTとして認定され、SBTiのウェブサイトなどに掲載される ・企業側もプレスリリースや統合報告書などで認定取得を公表することが多い |
| 5. フォローアップと更新 | ・認定後も、定期的な排出量報告や目標の進捗管理が求められる ・大きな事業構造の変化があった場合は、目標のアップデートを行う必要が生じることもある |
目標の設定においては、温室効果ガス排出量のScope1、2、3を含む全体の削減目標が、1.5℃または2℃のシナリオと整合していることが求められる。特にScope3の排出削減目標設定が重要視されており、企業のサプライチェーン全体の排出削減努力が反映されることが期待されている。
2-3. 現在の認定状況(2025年現在)
2025年第2四半期末時点で、認定を取得した企業は世界全体で約11,000社に達し、日本企業は1,731社の認定を取得しており、世界第1位となっている。特に日本では中小企業の参加が急増しており、コミットメント数を含めると2,000社を超え、その約80%が中小企業で構成されている。2023年から2025年第2四半期にかけて、SBT認定企業数は全世界で227%増加しており、短期目標とネットゼロ目標の両方で成長が見られている。アジア地域では、日本がトップであるものの、中国が228%という最速の成長率を記録している。企業ネットゼロ基準(Corporate Net-Zero Standard)に沿った包括的な目標を設定した企業数も、2022年から2024年にかけて245%増加し、449社に達した。製造業、エネルギー、小売、金融など、多様な業種と地域にわたって導入が進んでいる。
3. SBTiが掲げる基準とは
SBTiが掲げる基準は、「気候科学と整合した水準で、いつまでにどこまで排出を減らすか」を企業に求める共通ルールになる。企業サステナビリティ担当者は、目標の”種類と時間軸””改定(V2.0)の方向性””移行期間中に何をすべきか”の3点を押さえておく必要がある。
3-1. 目標設定とSBTi基準の概要
現行のSBTiの基準は、「短期目標基準V5.3(Near-term Criteria V5.3)」および「企業ネットゼロ基準V1.3(Corporate Net-Zero Standard V1.3)」である。これらは2025年9月15日に発効した。SBTiでは、5〜10年程度を対象にした「短期目標(Near-term SBT)」と、2050年前後のネットゼロ達成を見据えた「長期目標(Net-zero/Long-term SBT)」の2階建てで目標を設計することを求めている。
短期目標は中期経営計画と連動する実務フェーズ、長期目標は2050年に向けた脱炭素ビジョンの位置づけになる。具体的には、短期目標ではScope1、2は合計で1.5℃目標に整合するよう最低年4.2%の絶対量削減、Scope3は2℃目標に整合する年2.5%の削減を目安に目標を設定する。
長期目標では、2050年までにScope1、2、3全体の90%を削減することが求められる。手法としては、排出総量そのものを一定割合で減らす「絶対量目標(Absolute Contraction Approach)」と、生産量・売上高あたりの排出量を減らす「強度目標(原単位目標)」が認められるが、長期的には絶対量の大幅削減が重視されている。実務上は、①信頼できる基準年データの確定、②事業成長シナリオを踏まえた削減カーブの設計、③選んだ手法が最新のSBTi基準に適合しているかの確認、が必須のステップになる。
3-2. 企業ネットゼロ基準バージョン2.0への改定の動き
SBTiは現在、企業ネットゼロ基準の包括的な改定作業を実施中で、2021年以降の最新の気候科学や優良事例、これまで得られた知見を反映させることを目的としている。V2.0では、上述の「短期目標基準V5.3」および「企業ネットゼロ基準V1.3」が統合される見込みである。
2025年3月に公表された第1ドラフトには800を超えるコメントが寄せられ、(*1)2025年11月6日には第2ドラフトが公表された。第2回パブリックコンサルテーション期間は当初12月8日までの予定であったが、ステークホルダーからのフィードバックに応じて12月12日(米国太平洋時間午後11時59分)まで延長された。最終版は2026年に公表される予定である。
主な変更としては、「企業カテゴリー」の導入がある。企業の規模や事業を行う地域の所得水準に応じて、大企業・中規模企業を対象とする「カテゴリーA」と、低所得地域での事業や小規模企業などを含む「カテゴリーB」の2類に分け、それぞれに異なる削減軌道や柔軟性を認める方向で議論が進んでいる。さらに、検証サイクルは、現在の「初回検証+5年ごとのレビュー」から「周期的検証プロセス(Entry Check→Initial Validation→Renewal Validation)+進捗評価(Assessment of Progress)」に変更される方向である。このサイクル検証モデルでは、企業は5年ごとに目標を更新し、継続的な改善を示す必要がある。
Scope1については、現在の「総量/原単位ベースの削減目標」から、「資産脱炭素化計画(Asset Decarbonization Plan, ADP)」と「活動整合性(Activity Alignment)」を組み合わせて削減経路を示す形に拡張される方向である。Scope2は、現在の「マーケットベースの削減目標」から、「2040年までに100%低炭素電力+地理的整合(Geographic matching)と時間的整合(Temporal matching)の要件化」に強化される方向である。
Scope3のカバレッジは、現在の「短期目標67%・長期目標90%」を維持しつつ、「優先排出源(Prioritized sources)を明確化し、複数の目標オプションから選択できる構造に再設計される方向である。
第2ドラフトでは、BVCM(Beyond Value Chain Mitigation、バリューチェーン外の削減貢献)と除去活動に関する立場がより明確化されている。企業は移行期間中も排出を続けるため、継続排出に対する責任を取ることで、気温上昇の抑制、移行リスクの低減、気候ソリューションへの資金提供が可能になると認識されている。
2035年までは任意の「責任フェーズ(Accountability Phase)」、2035年以降はカテゴリーAの企業に対して、継続排出の最低1%について除去活動による責任を果たすことが義務化される方向である。さらに、「リーダーシップ」ステータスを取得したい企業は、短期目標期間中に継続排出の100%について責任を取り、そのうち最低40%について検証可能な削減成果で対応する必要がある。
3-3. 移行期間と企業の対応
SBTiは企業の混乱を避けるため、移行期間を設定しており、2027年12月31日まで(つまり2025年、2026年、2027年の3年間)は従来の基準V1.3による目標設定が可能である。しかし、2028年1月1日からはV2.0の使用が義務化される予定のため、企業は早期の準備が求められる。移行期間中(2027年12月31日まで)に現行基準で認定された短期目標は、5年間または2030年末まで(いずれか早い方)有効であり、その後V2.0に基づく次期間の短期目標を設定する必要がある。企業サステナビリティ担当者が取るべき実務対応としては、少なくとも次の3点が重要になる。
第一に、自社がカテゴリーA/Bのどちらに該当し得るかを整理し、それに応じて求められる削減水準やスケジュール感を把握しておくことである。
第二に、現行の短期目標・ネットゼロ目標がV2.0の要件とどの程度ギャップがあるかをギャップ分析し、次回改定や更新のタイミングでV2.0に合わせて上方修正できるよう準備することである。
第三に、投資家・取引先からの期待水準がV2.0を前提に高度化していくことを踏まえ、社内の経営計画・設備投資計画・サプライチェーン戦略とSBTを一体で設計する体制を整えることである。特に、日本企業の事例では、日本たばこ産業(JT)のように、FLAG(森林・土地・農業)セクターの排出を含む包括的な目標設定に向けた取り組みが進んでいる。
4. SBTi参加企業のメリットとは
SBTiへの参加企業は、気候変動対策において科学的根拠に基づく温室効果ガス削減目標を設定し、認証を受けることで多くのメリットを享受できる。以下にその主なメリットを整理する。
【投資家・ステークホルダーからの評価向上】
ESG投資の拡大により、環境・社会・ガバナンスを重視する投資家からの信頼が高まる。企業の気候変動対策の透明性と科学的妥当性を示す重要な指標となり、資金調達や株価の安定・向上に寄与する。SBT認証を受けていることにより、数多くの投資家が署名するCDPにおいて評価を上げることができる。
2023年のCDP気候変動質問書Aリスト企業125社のうち、87社(約70%)がSBT認定済み、13社がコミットメント済みとなっており、SBT認定がCDP高評価に直結していることが分かる。CDPには640以上の機関投資家が署名しており、運用資産総額は127兆米ドルに達している。
【顧客信頼と市場機会の拡大】
消費者や取引先は持続可能なビジネスを志向する企業を支持する。SBTiに参加し明確な目標を掲げることで、ブランド価値が向上し、新たな顧客層の獲得や市場拡大につながる。実際、SBTiにコミットメントした企業185社の役員に対するアンケートでは、79%が「SBTへのコミットメントがブランドの評価を向上させている」と回答している。
さらに、2025年に発表されたSBTiの調査によると、(*2)SBT認定企業の10社中9社が、科学的根拠に基づく目標がビジネスにポジティブな影響をもたらしていると報告しており、戦略的一貫性、競争優位性、オペレーション効率、顧客・サプライヤーとの関係強化の4つの分野でメリットを実感している。
【サプライチェーン全体での削減推進】
参加企業は自社だけでなく、サプライチェーン全体の温室効果ガス削減を促進する。調達先やパートナー企業も環境負荷低減に取り組むことが期待でき、持続可能なビジネスモデルの構築に貢献する。実際、複数の日本企業がScope3の削減目標として、サプライヤーにSBT目標設定を求め始めている。
【グローバル・スタンダードとしての価値】
SBTiは国際的に認知された科学的基準であり、日本企業が参加することでグローバル市場での競争力が強化される。国際的な政策や規制の動向に対応しやすくなるため、リスク低減にもつながる。このように、SBTiへの参加は企業の環境・ESG戦略の強化だけでなく、ビジネスの持続的な成長や競争優位性の確立に直結する。今後の気候変動リスクが高まる中で、SBTi参加は企業にとって重要な戦略的選択肢といえる。
5. まとめ
SBTiは、企業の温室効果ガス削減目標が1.5度目標と科学的に整合しているかを示す「共通言語」であり、投資家やサプライチェーンとの対話における事実上の国際標準になりつつある。サステナビリティ担当に求められるのは、技術的な細部を一気に網羅することではなく、「なぜSBTiが必要なのか」「自社はどのスコープ・どのセクター分類で、いつまでにどれだけ減らすのか」という骨格を押さえ、社内の意思決定に結びつけていくことである。
本稿ではSBTiの基礎知識から、2025年9月に発効した企業ネットゼロ基準バージョン1.3、そして2025年11月に公表された最新のバージョン2.0第二草案の改訂内容まで、サステナビリティ担当者が押さえるべき全体像を整理した。SBTi認定は単なる環境アピールではなく、資本コストの低減、サプライチェーン上の競争力強化、社内の脱炭素推進といった具体的なビジネス価値をもたらす。
2028年1月1日からはバージョン2.0の使用が義務化される予定で、企業カテゴリーの導入や周期的検証プロセスの導入、Scope2における地理的・時間的整合要件の強化など、より高度な取り組みが求められるようになる。最新のガイダンスや自社業界の動向を踏まえながら、段階的に取り組みを進めることが、持続可能な企業経営への第一歩となる。
【参考資料】
(*1):SBTi releases second draft corporate net-zero standard V2 for consultation – Science Based Targets Initiative
(*2):9 in 10 companies say science-based targets deliver positive business impact – Science Based Targets Initiative