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鉄スクラップ大変革時代の到来

〈目次〉

  1. 「金属スクラップ」は景気の先行指標
  2. 「鉄スクラップ」の大変革
  3. 中国、ロシアの過剰生産能力問題
  4. 解説

 

1.「金属スクラップ」は景気の先行指標

1997年、アメリカ鉄鋼協会の年次総会で、当時FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の議長だったアラン・グリーンスパン(Alan Greenspan)は、経済の先行指標として金属スクラップ価格、とりわけ「鉄やアルミ二ウムのスクラップ価格」を追跡していることを明かし、一同を驚かせた。世界屈指の経済学者でFRB議長のグリーンスパンが、金属スクラップ価格が重要な景気先行指標と認め、価格を追跡していると明言したからである。

グリーンスパンは、自身が金属スクラップ価格を景気の先行指標としている理由として、鉄やアルミ二ウムスクラップには多くの場合、投機マ ネーが入らず実需で動いていること、次に、それらは様々な産業で原材料として利用されているため、インフラ投資や設備投資が発生すると最初に価格変動が起こりやすいこと、さらに、スクラップ業が中小・零細企業による「ボトムアップ産業」であり、消費者市場に一番近いこと、を挙げている。

例えば日本では、リーマン・ショック(2008年9月15日に米国の投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻が引き金で起きた世界金融危機)とそれに続く不況時にも、同様の動きがあった。

当時アメリカでは、2008年7月に鉄スクラップ価格指標がピークに達し、その後急激に下がり始めていた。日本も同様で、2008年7月に関東・中部・関西でのH2と呼ばれるグレードのスクラップの平均実勢価格は66,800円~68,500円でピークとなったが、8月には、38,200円~40,700円と急激に下がっている。金属スクラップで最も発生量が多い「鉄スクラップ」は、国際的な流通商材であるため、世界最大の発生量と輸出量のあるアメリカの鉄スクラップ価格は、このように他国の価格に影響を与える。10月には、鉄スクラップ価格は世界的に暴落し、日本でも9,700円~12,300円になるなど、その後に始まる、あらゆるコモディティの暴落と景気の底入れを先取りしていたのである。

 

2.「鉄スクラップ」の大変革

過去3年間で、金属スクラップの中でもとりわけ鉄スクラップは、上記グリーンスパン時代に比べ、その根本的な価値と定義を変化させている。(アルミニウムスクラップも似た傾向にあるが、本稿では、「鉄スクラップ」を中心に記述する。)

①”カーボンニュートラル実現の選択肢”としての鉄スクラップ
1つ目は、現段階では、鉄スクラップが鉄鋼製造のカーボンニュートラル (CN)において唯一の現実的な選択肢となっていることである。

鉄鉱石とコークスから鉄を1トン製造する方法(高炉法)の場合、約1.9トンの二酸化炭素が発生する。一方、鉄スクラップを溶解して鉄を製造する方法(電炉法)の場合、二酸化炭素の発生量は0.5トンである。電炉法の場合は、使用する電力を再生可能エネルギーにすることで、さらに二酸化炭素排出量を削減できる。

本稿では詳細を割愛するが、鉄鋼生産のCNについては、水素とバイオマスを利用する高炉法、水素をメタネーションし循環させるカーボンリサイクル高炉法、さらに水素を利用し直接還元鉄を製造する水素直接還元法などが検討され、実証レベルでテストされている。しかし、いずれも量産技術として確立する目途は立っていない。なにより、CNを達成するために必要な「再生可能水素(グリーン水素)」の入手性と価格に、あまりにも大きな壁があるからである。2023年、世界の電気分解槽によるグリーン水素生産施設の平均稼働率はわずか10%しかなく、この事実は、グリーン水素の商業化がいかに困難かを示している。今後の革新的な技術の進歩に期待が寄せられている状況が、もう何年も続いている。

現在、鉄鋼製造におけるCNの具体的な方法は「電炉法」以外に解決策がなく、世界の鉄鋼メーカーは、電気炉への投資を加速しており、増設計画ラッシュが続いている。そしてこの電気炉の主な原料が、鉄スクラップである。

②各国で進むスクラップの”確保”、そのための”輸出規制”
2つ目は、金属スクラップの輸出規制を各国が検討、または実施し始めていることである。すでに、世界では43ヶ国が、一部または全ての金属スクラップの輸出に関税を含めた何らかの規制を実施している。

WTOで自由貿易を推進してきたEUでは、新たに制定される「EU廃棄物輸送規則」により、選別されたスクラップを再生材(二次原料)として特定の定義を与えず、「廃棄物」と同様の規制を受けるものとして分類している。この決定は、欧州リサイクル産業連合 (EuRIC)を大きく落胆させた。 

国際鉄筋生産者輸出業者協会(IREPAS)の原材料サプライヤー委員長は、2023年5月の年次総会で、「EUは、5年以内に域内で発生する鉄スクラップの大部分をEUの電気炉で消費することになる」と指摘した(この内容は、IREPASのHPで確認できる)。

EUは、2022年に1,760万トンの鉄スクラップを域外に輸出しているが、この量の大部分に相当する電気炉生産能力の設置が、すでに計画又は検討されているのである。

上記のEUの新規則では、原則として、スクラップの輸入国の同意および輸入国での取り扱い条件が満たされない場合、非OECD諸国へのスクラップの輸出を禁止している。
なぜならEUの鉄鋼産業や当局は、EU域内で発生した鉄スクラップを、これ以上域外に輸出させたくないからである。そのため新規則では、(金属)スクラップをあえて「廃棄物」と同様の分類にすることで、国の管理下に置くことができるようにしたのである。新規則により、鉄だけでなく、アルミニウム、銅、ニッケルなどのスクラップは、重要な鉱物資源として当局の規制が及ぶ原材料となるのである。

さらに、EUでは国境炭素調整メカニズム (CBAM)という事実上の国境炭素税が開始されたことで、鉄スクラップを域外に輸送し、鉄鋼製品を域外で製造してEUに輸入するというサプライチェーンは、関税の増加により経済的なインセンティブを失うことになった。

欧州鉄鋼生産者協会(EUROFER)は、電気炉への投資を加速することに連動し、欧州委員会に対し、鉄スクラップをEU重要な原材料リストに含めるよう、強いロビー活動を続けてきた(しかし、最終的に鉄スクラップは重要な原材料リストには入らなかった)。同様のロビー活動は、イギリスの鉄鋼生産者連合からも起きている。

③米国、英国で予定される”電気炉建設ラッシュ”
3つ目は、単一国としては世界最大の鉄スクラップ輸出国であるアメリカ(輸出約1720万トン)と同2位であるイギリス(同830万トン)の両国で、相次いで電気炉生産能力の追加が計画されていることである。アメリカでは約1610万ショートトン(*1)、イギリスでは約800万トンの電気炉生産能力の追加が計画又は検討されている。これらは、2029年頃までには稼働する可能性が高い。また、イギリス政府は、2027年までにEUと同様の国境炭素調整メカニズムの導入を計画しており、鉄スクラップの国際貿易に影響が及ぶと考えられている。イギリスでは、国内の鉄スクラップ消費量が、現在の年間250万トンから2030年には400~600万トンになると予測されている。
(*1) Argus(2023年12月29日)の集計による。

金属スクラップは、過去に整備されたインフラの解体や過去に購入された製品が廃棄されることで発生する。そのため、先進国での発生が多く、輸出は先進国から途上国へ行われることが多い。アメリカ、イギリス、EUの3地域での電気炉の増設ラッシュ、炭素税、そして新たなEU廃棄物輸送規制により、鉄スクラップの先進国から途上国への流れが、2029年頃に大きく変わることは、間違いない状況となっている。

 

3.中国、ロシアの過剰生産能力問題

2023年、ブラジルは、年間80万トンの鉄スクラップを海外に輸出した。これは、ブラジルとしては記録的な数量で、その半分以上はインド向けであった。インドは、2023年4月から11月にかけて426万トンの完成鋼材を輸入しており、2024年3月末までの会計年度で600万トンに達すると見込まれている。この輸入量も、近年例がないほどに多い。インドは、鉄鋼製品の純輸入国になることが予想されている。

この2つは象徴的な出来事である。不動産不況に苦しみ、鉄鋼の過剰生産能力を輸出に向けている中国は、欧米以外の地域への輸出を活発にしている。米国は、関税法S232条により 鉄鋼とアルミニウムの追加関税を継続しており、欧州でも、鉄鋼のセーフガードが実施されているためである。
ウクライナ戦争により制裁を受けるロシアの鉄鋼業界も、欧米以外の、制裁を課していない地域への輸出を推進している。
完成した鉄鋼製品だけでなく、中間材料のスラブ(鋼板になる前の半製品)や銑鉄がダンピングされ、低価格で欧米以外の市場に大量販売されている。

ブラジルでは、低価格の銑鉄が鉄スクラップの代替材として利用され、余剰となった鉄スクラップが輸出されている。ブラジルのスクラップ関係者は、「鉄スクラップの輸出がなければ業界は崩壊していただろう。」と語り、この内容はS&P Global Commodity Insightsでも取り上げられた。

洪水のように押し寄せる中国とロシアの余剰生産能力を起因とするダンピング鋼材は、インドの鉄鋼業界に強い懸念を与え、最終的には、インド鉄鋼省が、鉄鋼製品の品質管理に関する基準を改訂し輸入鋼材への一定の制限を課すことに至ったという経緯がある。

このように、中国とロシアの鉄鋼余剰生産能力は、各地でドミノ現象を起こし、鉄鋼製品とその原料である「鉄スクラップ」の価格や流通に大きな影響を与え始めている。

 

4.解説

鉄は、建築材料からスプーンに至るまで、産業や生活の全てに関わる原材料である。世界屈指の経済学者であるアラン・グリーンスパンが「鉄スクラップ」を景気の先行指標として追跡する情報としていたのは、理にかなったことといえる。

しかし、鉄スクラップは、グリーンスパンの時代から大きく価値と定義を変え、今後5年以内には、CNの重要な原料、資源ナショナリズムと保護貿易の対象、そして発生量の多い先進国の戦略的物資としてより貴重な資源となることが想定される。

今後起こる可能性のあるいくつかのシナリオは、現在の鉄鋼生産と鉄スクラップを取り巻く世界の情勢を丹念に精査すれば、予測することはそれほど困難ではないといえる。需給バランスを軸とした価格動向の追求だけでは、世界の流れを読むことは難しい。

まずは、鉄スクラップの大変革時代の今、その課題に取り組むことが、次の勝者になる必要条件ではないだろうか。

 

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