2026年6月11日、Science Based Targets initiative(SBTi)は、企業の気候変動対策の世界的な枠組みである「Corporate Net-Zero Standard(企業ネットゼロ基準)」のVersion 2.0を正式にリリースした。今回のアップデートは、2021年の基準策定以来となる初の大規模改訂である。一言で言えば、SBTiは自らの役割を「目標を認定する機関」から「企業の実行(Implementation)に伴走するパートナー」へと大きくシフトさせた。本稿では、V2.0への移行スケジュール、企業のサステナビリティ担当者が把握すべき3つの超重要アップデート、そして現行基準V1.3.1からV2.0への主要変更点について速報ベースで解説する。
目次
- 2026年6月11日:SBTiが企業ネットゼロ基準V2.0を正式リリース
- SBTi 企業ネットゼロ基準V2.0義務化へ向けた移行スケジュール
- ここが変わった:企業が押さえるべき「3つの超重要アップデート」
3-1.「ベストエフォート(Best Efforts)」と実行の透明性
3-2.Scope 3における「Shared Responsibility(責任の共有)」
3-3.新たな枠組み「Ongoing Emissions Responsibility(OER)」の登場 - SBTiの新基準V2.0への主要変更点まとめ
- SBTi 企業ネットゼロ基準V2.0時代、自社リソースだけで対応できるか?
- まとめ
1.2026年6月11日:SBTiが企業ネットゼロ基準V2.0を正式リリース
2026年6月11日、SBTiの企業ネットゼロ基準V2.0が正式に公表されたことで、企業の目標設定は「ネットゼロを掲げる」段階から、「どの排出を、どの根拠で、どの順序で減らすのか」をより厳密に示す段階に入った。今回の改訂は、単なる様式変更ではない。排出削減の実効性、検証可能性、説明責任を強める設計に重心が移っている点が重要である。SBTiはもともと、企業の温室効果ガス削減目標が気候科学と整合しているかを判断する国際的な枠組みとして広く参照されてきた。V2.0では近年の気候科学、実務運用上の課題、そしてネットゼロ主張の信頼性に対する社会的要請を踏まえて、基準全体の構造が見直されている。実務担当者にとっては、従来の認定取得プロセスをそのまま延長するのではなく、目標設計と社内管理の両方を見直す前提で読み解く必要がある。
2.SBTi 企業ネットゼロ基準V2.0義務化へ向けた移行スケジュール
スケジュール面では、現行基準V1.3.1がすぐに使えなくなるわけではない。SBTiの公表内容では、V2.0の使用義務化は2028年2月1日からであり、それまでは移行期間としてV1.3.1による目標設定も認められている。つまり、2028年1月31日までは現行ルールでの申請余地が残る。V1.3.1で申請を準備している企業は、2028年1月末までは現行ルールで提出が可能であるが、次回の更新サイクルを見据え、早急にV2.0に準拠したロードマップの引き直しが求められる。現行のV1.3.1からV2.0への移行は、以下のスケジュールで進む。
- 2026年6月11日: V2.0 正式リリース(2026年中に目標を提出する企業は、現行の企業ネットゼロ基準V1.3.1による目標認証が必須)
- 2027年第1四半期から2028年1月31日: 移行期間として現行基準V1.3.1、もしくは新基準V2.0に基づく目標を提出し、認証を受けることが可能
- 2028年1月31日: 現行基準V1.3.1での新規受付が終了
- 2028年2月1日以降:V2.0の使用が義務化
3.ここが変わった:企業が押さえるべき「3つの超重要アップデート」
今回のV2.0では、大企業(カテゴリーA)の目標設定や実行プロセスに大きな柔軟性がもたらされた一方で、「実行のプロセスと透明性」に対する要求がこれまでにないほど厳格化された。
3-1.「ベストエフォート(Best Efforts)」と実行の透明性
V2.0における最大の哲学の転換ともいえるアップデートが、「ベストエフォート」アプローチの導入である。これまで、Scope 3などの削減が進まない企業にとって、目標未達のリスクは脅威だった。新基準では、「自社の事業やサプライチェーンにおいて、あらゆる手段(実装ヒエラルキー)を尽くして削減努力をした」というプロセスを透明性をもって開示すれば、外部要因で進捗が遅れたとしてもSBTiの枠組みに留まることが認められる。ただし、これは免罪符ではなく、実行上の障壁を詳細に分析し報告する実務責任を伴う。
3-2. Scope 3における「Shared Responsibility(責任の共有)」
Scope 3の目標設定において、これまで自社単独で抱え込んでいた削減責任を、バリューチェーン上のパートナー(サプライヤーや顧客)と「共有(Shared Responsibility)」する新たな道が正式に開かれた。これは非常に現実的な措置であるが、適用するには「どの企業が・どの排出量の責任を負うのか」を明確にした書面(契約や合意書)をサプライヤーと交わす必要がある。
3-3. 新たな枠組み「Ongoing Emissions Responsibility(OER)」の登場
これまで「Beyond Value Chain Mitigation(BVCM)」と呼ばれていた概念が整理され、ネットゼロ達成までの移行期間中に排出し続ける温室効果ガスに対する責任を問う「OER」という新枠組みが導入された。当面は任意の取り組みとして評価されるが、2035年以降、大企業(カテゴリーA)は継続的な排出量の一部を、質の高い炭素除去等で補償することが義務化されるロードマップが示されている。
4.SBTiの新基準V2.0への主要変更点まとめ
現行基準V1.3.1からV2.0への移行で実務が最も変わるのは、単に目標の表現変更という点ではない。排出削減の考え方、検証の受け方、バリューチェーン外の貢献の位置づけなどが整理され、目標設定から更新・説明責任までが一段と連動する設計になった点にある。今回の基準改訂は、ネットゼロ目標の信頼性、比較可能性、実行性を高めることが主眼とされている。実務担当者が押さえるべきなのは、すべての要件を細かく暗記することではない。どの論点が「排出量算定の修正」で済むのか、どの論点が「調達・設備投資・経営計画の見直し」まで波及するのかを切り分けることが先決である。SBTiの基礎および基準に関する解説については、『SBTi 企業ネットゼロ基準1.3と改訂版2.0への移行』を合わせて参照されたい。
5.SBTi 企業ネットゼロ基準V2.0時代、自社リソースだけで対応できるか?
SBTi V2.0のリリースにより、企業のサステナビリティ部門に求められる役割は、「目標の策定」から「サプライヤーとの実直な努力・交渉、データの収集、ベストエフォートの証明」という【実務の実行フェーズ】へと移行した。しかし、製品数が多くサプライチェーンが複雑な大企業において、これら全ての実行プロセスを自社内のリソースだけで回し切ることは困難であることが想定される。このような状況下では、多くの企業は外部の専門家やコンサルタントとの提携を検討することも有用だろう。特に、Scope 3における「Shared Responsibility(責任の共有)」の新たな要件は、サプライチェーン全体での一貫した取り組みを求めており、個別のサプライヤーとの関係構築やデータの標準化などが不可欠である。これには専門知識と多大な労力が必要であり、外部支援の活用が効果的である。さらに、社内での意識改革も不可欠である。サステナビリティの取り組みを全社的な戦略として位置づけ、経営層から現場まで一貫した理解と協力を促進することが求められる。企業は早期の段階から戦略的な計画を立て、各プロセスを重視した取り組みが求められる。
6.まとめ
SBTiの企業ネットゼロ基準V2.0の導入は、企業にとって持続可能な未来への重要な一歩を示すだろう。この新たな基準は、企業が気候変動と向き合うための実行可能で明確な道筋を提供し、持続可能性の目標をより具体的に達成するための重要な枠組みを提示する。特に「ベストエフォート」と「責任の共有」、そして「Ongoing Emissions Responsibility(OER)」といった新たな概念の導入により、企業は単に目標を設定するだけでなく、行動の透明性や責任の所在を明確にすることが求められる。この変化をチャンスと捉え、積極的に取り組むことで、企業は将来的に持続可能な成長を遂げることが期待される。
【参考資料】
・The new Corporate Net-Zero Standard Version 2.0 |Science Based Targets Initiative
・Corporate Net-Zero Standard V2 Main Changes Document|Science Based Targets Initiative
・Corporate Net-Zero Standard V2 FAQs|Science Based Targets Initiative
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