【関連記事】ネイチャーポジティブの基本概念や企業の取り組み事例、推進手順の全体像については『ネイチャーポジティブの基本知識|国内外の取り組みと枠組み』を併せてご参照ください。
TNFDのシナリオ分析で企業が直面する実務上の課題
TNFDガイダンスに基づく自然シナリオ分析は、自然との接点を把握し、将来の変化が事業や財務に及ぼす影響を検討した上で、対応策へつなげるプロセスである。しかし、企業がこのプロセスを実務で進める際には、いくつかの特有の課題が存在する。なお、TNFDに関する概要解説は、『TNFD とは?4つの開示項目とLEAPアプローチ』のコラムを参照されたい。
気候シナリオ分析との構造的な違い
気候変動を対象としたシナリオ分析と比較して、TNFDに基づく自然シナリオ分析は、その構造や分析対象に根本的な違いがある。気候シナリオ分析は主に企業の温室効果ガス(GHG)排出量や、将来の気温上昇の予測に焦点を当てており、比較的定量化しやすく、モデル化も進んでいる。一方、自然シナリオ分析では、地域ごとの生態系の特性など多層的な要素が絡み合うため、定量化が困難なリスクや機会が多く含まれる。
| 項目 | 気候シナリオ分析 | 自然シナリオ分析 |
|---|---|---|
| 分析対象 | 事業におけるGHG排出量および気温上昇のレベルに応じて起こる影響 | 事業が依存する生態系サービスおよび各地域の生物多様性への影響 |
| データの特性 | グローバルで標準化されたデータが利用可能 | 地域ごとに異なる詳細データが必要、かつ難解 |
| 評価手法 | 定量的モデルや気候予測シナリオが中心 | 定量化が難しい要素が多く、定性評価の併用が前提 |
地域固有性が高い自然資本データの収集と分析における限界
上記のとおり自然シナリオ分析においては、生態系の特徴や土地利用のあり方が地域ごとに大きく異なるため、一律のデータ収集方法を適用しづらい。実務では、以下の課題と対応が求められる。
- 地域に応じたデータ収集と分析:標準化された公開データが少ない地域では、現地調査の実施や外部のデータ提供会社との連携、専門家の知見を活用したカスタマイズ型の分析設計が必要
- 高い不確実性へのアプローチ:データの断片性を補うため、単一の予測に頼らず、複数のシナリオ設定と定性評価を組み合わせることでリスクの振れ幅を把握
企業活動への定量的影響を算出するプロセスの不透明さ
企業活動が自然環境に与える定量的影響の算出においては、因果関係が複雑であり、評価手法も未確立なものが多く、プロセスがブラックボックス化しやすい側面がある。このため、客観性と説明責任を担保するには、次のようなアプローチが有効である。
- 評価プロセスの明確化:公開されている統計や衛星データを多角的に組み合わせ、分析における前提条件や限界を明確にした上で、経営層やステークホルダーへ説明する体制を整備
- 外部の専門知見の活用:複雑な因果関係の解釈には専門家の視点を取り入れ、財務影響額試算の妥当性を高めることで、意思決定の信頼性を確保
TNFDが推奨する自然シナリオ分析:基本的な進め方の4ステップ
ここでは、TNFDのシナリオ分析に関するガイダンスである『Guidance on scenario analysis_Version 1.0』を参考に、TNFDが推奨するシナリオ分析の基本的な進め方を解説する。なお、自然関連課題を特定・評価するためのLEAPアプローチに関する解説は、『TNFD「LEAPアプローチ」とは?4つのステップと具体例を解説』のコラムを参照されたい。
ステップ1:関連する変化要因の特定
最初のステップでは、自社の事業や自然関連の依存・影響・リスク・機会に影響を与える可能性のある変化要因(Driving Forces)を特定する。変化要因には、自然の状態の変化だけではなく、資本コスト、法規制・政策、科学・技術、消費者の行動、社会的価値観の変化など、さまざまな要素が含まれる。自社にとって重要となり得る変化要因を幅広く洗い出し、その中から将来の事業環境を大きく左右する要因を整理する。
ステップ2:不確実性の軸上での自社の立ち位置を整理
次に、特に重要な不確実性が将来どのように変化する可能性があるかを検討し、その組み合わせによって生じる複数の将来像を整理する。TNFDのシナリオアプローチでは、特に「自然の状態」と「市場・社会・政策などによる対応」という二つの重要な不確実性を軸にして、将来のシナリオを検討する。
ここで重要なのは、「自然環境が急速に悪化する一方で、政策への対応が遅れる場合」や、「自然環境への負荷が高まり、政策や市場の対応も迅速に進展する場合」など、異なる不確実性の組み合わせを想定して、複数の未来を検討することである。その上で、自社が現在どのような立ち位置にいるのか、そして各将来のシナリオにおいてどのような影響を受ける可能性があるのかを予測・確認し、整理する。
ステップ3:シナリオのストーリーラインを活用
ステップ2で整理した不確実性をもとに、具体的なシナリオ・ストーリーラインを活用して、将来の事業環境を描写していく。TNFDのガイダンスでは、下記の4つのシナリオ・ストーリーラインが例示されている。

(出典:『自然関連財務情報開示タスクフォースの提言』)
ステップ4:重要な事業上の意思決定を特定
最後に、シナリオ分析によって明らかになった将来の変化を考慮して、自社にとって重要な事業上の意思決定を特定する。TNFDのシナリオ分析では、企業が将来的に直面する可能性のあるリスクを単に特定するだけでなく、その分析結果を企業の戦略や意思決定プロセスにどのように結びつけるかが重要となる。また、異なるシナリオに共通する対応策と、特定のシナリオにおいて重要となる対応策を区別することで、将来の不確実性に対してより柔軟で持続可能な戦略を検討することができる。
成果につながるシナリオ分析の検討におけるポイント
TNFDに沿った自然シナリオ分析を実務で成果につなげるためには、単なる情報開示対応に留まらず、経営戦略に統合し、組織全体でレジリエンスを高めることが求められる。これには高度な専門知識の活用と、分析結果を実行に移すための体制構築が必要になる。以下に、企業の成果につながるシナリオ分析の検討におけるポイントを整理する。
表面的なTNFD対応を超えて自社の経営戦略へ組み込めるか
表面的なTNFD関連情報開示の枠を超えて、シナリオ分析を戦略的意思決定に活用するためには、トップマネジメントのコミットメントが求められる。経営層が自然関連リスクの重要性を理解し、全社的にそのリスクを経営課題として位置付けることで、組織全体が一丸となって対応する体制が整う。シナリオ分析の結果を具体的な行動計画に落とし込み、各部門の業務プロセスに統合し、部門横断的な取り組みが進むことで、シナリオ分析は単なる理論的な活動に留まらず、実践的な価値を生み出す。
サステナビリティ領域の専門知見に基づく高度な定性・定量的分析が可能か
サステナビリティ領域における高度な定性・定量的分析を実現するには、企業が持続可能性の複雑な要素を深く理解し、それをビジネス戦略に統合する能力が求められる。これには、データの質の確保、そしてデータ解析の専門知識を持つ人材の確保が必要である。特に、自然関連のリスクと機会の定量化には、既存の財務データと効果的に統合する方法を模索し、将来的なシナリオをシミュレーションする能力が求められる。外部の専門家やアドバイザーとの連携を強化することで、多様な視点を取り入れた分析を行うことも有用な手段である。
まとめ:TNFDに基づくシナリオ分析を持続的な企業価値向上へ
シナリオ分析は、リスク管理の枠を超えて企業戦略全体を見直す契機となる。しかし、自然関連のシナリオ分析を行うためには、生物多様性の喪失や土地利用の変化によるリスクなど、複雑な課題に包括的に対応しなければならない。シナリオ分析を効果的に活用するには、高度な専門知識と経験が必要になる。株式会社ブライトイノベーションの支援サービスでは、専門的なアドバイザリーを提供している。専門的知見の不足にお悩みの企業は、ぜひお気軽にご相談いただきたい。
参考資料
【ネイチャーポジティブに関するコンサルティング支援】
ブライトイノベーションでは、自社の事業活動やサプライチェーンにおける自然資本への依存・影響の評価をはじめ、優先地域の特定やリスク分析、TNFDやネイチャーSBTs等のグローバル基準に沿った目標設定から経営戦略への統合、情報開示までを包括的に支援しています。
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当社は、事業特性をふまえた精緻なシナリオ分析を一貫して伴走支援いたします。他社事例の解説にとどまらず、クライアント独自のグローバルなバリューチェーンや地理的な接点を反映した定量・定性的な分析を実施し、既存戦略のレジリエンスの検証を支援いたします。