この記事の要点
- SBTNとネイチャーSBTの位置づけ:SBTNは自然関連目標の設定手法を開発するネットワークであり、その手法で企業が設定する目標をネイチャーSBTと呼ぶ。
- SBTiとの違いは場所ごとの目標設定:GHG排出削減を扱うSBTiに対し、SBTNは淡水・土地・海洋への圧力と地域の自然の状態を組み合わせて目標を設定する。
- 生産・加工地点の把握から目標設定へ:直接操業と上流調達の生産・加工地点を把握し、取水や土地利用などの圧力と自然の状態から優先地域を選び、目標を設定する。
【関連記事】ネイチャーポジティブの基本概念や企業の取り組み事例、推進手順の全体像については『ネイチャーポジティブの基本知識|国内外の取り組みと枠組み』を併せてご参照ください。
SBTNの概要と自然関連目標設定における役割
SBTN(Science Based Targets Network)は、企業が自然への影響を科学的に評価し、自然への負の影響の回避・削減や生態系の回復・再生につながる目標を設定するための方法論、技術ガイダンス、ツール等を開発する国際的なネットワークである。ここでは、SBTNの目的や基本的な位置づけを整理する。
SBTNの設立背景とネイチャーポジティブの実現に向けた目的
SBTNの取り組みの背景には、相互に関連する気候変動と自然の喪失に対し、統合的な対応が求められていることがある。企業の取り組みを地球の生態学的な限界や国際的な持続可能性目標と整合させるため、SBTNは、企業が自然に及ぼす影響を評価し、科学に基づく目標設定へつなげるための方法論とガイダンスを提供している。
これにより企業は、自然の回復と再生に向けた行動を具体化し、ネイチャーポジティブの実現に貢献するための足がかりを得る。ネイチャーポジティブとは、自然の損失を食い止め、反転させ回復へ向かわせる考え方である。SBTNの企業向けガイダンスは、この目標への貢献に向けて、科学に基づく目標設定と具体的な行動を結びつける手段として位置づけられる。
対象となる4つの自然領域と評価の考え方
SBTNの枠組みは、淡水、土地、海洋、気候を対象とし、生物多様性をこれらに横断的に関わる要素として扱う。このうち、淡水・土地・海洋についてはSBTNの方法論に基づき目標を設定し、気候についてはSBTiを通じて目標を設定する。企業は、自社の直接操業とバリューチェーン上流における自然への圧力に加え、その圧力が生じる場所の自然の状態を把握する。その上で、優先して取り組むべき課題や地域を特定し、地域に即した生態学的な閾値を踏まえて目標水準を設定する。このように、企業活動に伴う圧力と地域の自然の状態を組み合わせて評価することが、SBTNにおける目標設定の重要な特徴である。

(出典:SBTN『ネイチャーSBTs企業マニュアル』)
各領域・横断要素の主な対象と評価の考え方を以下にまとめる。
- 淡水:地表水・地下水の取水、窒素・リンによる水質汚濁、農薬使用による生態毒性影響を対象とする。流域等の地域的な条件と生態学的な閾値を踏まえ、取水や汚染に関する目標を設定する。
- 土地:土地利用や自然生態系の転換等の圧力を評価し、自然生態系の転換防止、生産活動に利用される土地の再生・回復、景観レベルでの協働に関する目標設定へつなげる。
- 海洋:現行の方法論は水産物のバリューチェーンを対象とし、天然漁業・養殖に伴う水産資源の過剰利用、海洋生息地への影響、絶滅危惧種等へのリスクに対処する目標を設定する。他の海洋産業への適用拡大は今後の開発対象となる。
- 気候:GHG排出に関する科学的目標は、SBTN独自の手法ではなく、SBTiの技術ガイダンスに従って設定する。
- 生物多様性:生態系や種の状態に関する指標等を用い、評価、優先順位付け、目標設定に横断的に組み込む。独立した生物多様性目標ではなく、淡水・土地・海洋の目標を通じて、生物多様性の損失を引き起こす圧力に対処する。
SBTNとSBTiの主な違いと構造上の特徴
SBTNとSBTiはいずれも科学的根拠に基づく目標設定を扱うが、役割と対象が異なる。温室効果ガス削減を対象とするSBTiと比較して、SBTNはより多様で多層的な自然要素を評価対象とする。両者の比較を通じてSBTN固有の特徴を確認する。
対象範囲における気候変動と自然資本の相違点
SBTNは自然への圧力を場所ごとに評価し、科学に基づく自然目標へつなげる方法論である。これに対しSBTiは、企業のGHG排出量を対象に、パリ協定と整合する気候目標・ネットゼロ目標を設定・検証する枠組みである。一覧にて主な相違点を比較する。
| 観点 | SBTN/SBTs for Nature | SBTi |
|---|---|---|
| 位置付け | SBTNは方法論を開発するネットワーク。SBTs for Natureはその手法で設定する目標 | 気候に関する科学的目標の基準・ガイダンス・検証の仕組み |
| 対象 | 淡水、土地、海洋、気候。横断要素としての生物多様性 | GHG排出と気候変動 |
| 圧力・指標 | 土地利用・土地利用変化、取水、水質汚濁、土壌汚染、海洋生態系への圧力、資源利用等 | Scope 1, 2, 3のGHG排出量(t-CO₂e) |
| 目標の単位 | 流域、景観、調達地、操業地など、地域・場所に応じて設定 | 企業・バリューチェーン全体の排出量を集計して設定 |
| 重点 | 自然への圧力を、地域の生態系の状態・環境容量を踏まえて低減 | 気候科学と整合するGHG排出削減経路を設定 |
| 具体的手法 | 淡水・土地・海洋に関する目標設定手法が中心 | 気候目標はSBTiの技術ガイダンスを使用 |
地域固有性と定量評価における視点の違い
SBTNの自然関連目標とSBTiの気候目標の重要な相違の一つは、影響が生じる場所の情報を、評価や目標設定にどのように反映するかにある。
SBTNでは、企業活動が自然に与える圧力の大きさに加え、「どこで影響が生じているか」と、その場所の自然の状態を重視する。同じ種類・規模の圧力でも、地域の生態系の感受性や資源の利用状況などによって、その影響の重要性が異なるためである。
例えば淡水では、取水量や汚染負荷だけでなく、流域の水量・水質の状態や生態学的な閾値を踏まえ、その流域で必要な負荷削減水準を企業の目標に反映する。また、流域の状態は他の企業や地域社会の活動にも左右されるため、地域の関係者との協働も重要となる。こうした取り組みを通じて、地域の生態系の保全・回復や持続可能な資源利用への貢献を目指す。
一方、SBTiでは、企業のGHG排出インベントリを基礎に、気候科学に整合した削減目標を設定する。目標は単一の削減目標に限られず、適用基準に従い、排出スコープや事業活動に応じて複数設定される場合がある。また、対象業種に該当する場合には、業種別の基準・ガイダンスに従う。
したがって、両者の違いは、定量評価を行うかどうかではない。SBTiが気候科学に整合したGHG排出削減水準を基礎とするのに対し、SBTNでは、複数の自然への圧力と場所ごとの自然の状態を組み合わせ、目標の種類に応じて地域の生態学的な条件を反映する点が特徴となる。企業には、気候と自然の目標を相互に補完するものとして捉え、両者を整合的に進める視点が重要となる。
企業がSBTNに沿った目標設定を進める際の実務手順
SBTNに沿った目標設定は、「評価」、「解釈・優先順位付け」、「計測・設定・開示」、「行動」、「追跡」という5つのステップで構成される。まず、自然への影響と依存を把握し、優先地域・課題を特定する。その結果を科学的根拠に基づく目標設定と実行計画につなげる。以下では、「行動」と「追跡」に至るまでのステップを紹介する。

事業活動における影響と依存の可視化
まず、直接操業と上流バリューチェーンの活動を整理し、自然への影響が重大な活動・原材料を特定する。拠点や原材料の生産・加工地点を把握し、取水、土地利用・土地利用変化、水質汚濁などの圧力を数量化するとともに、各地点の水の利用可能性、生態系の健全性、生物多様性など、自然の状態を評価する。
初期評価には公開データやモデル推計も活用し、目標設定に向けて位置情報や測定データの精度を高める必要がある。バリューチェーン上流の評価では、調達先の所在地だけでなく、実際に環境への圧力が生じる生産・加工地点まで把握することが重要である。一方、自然への依存は、水供給や昆虫などによる受粉媒介など、事業が生態系サービスに頼る関係を指す。SBTNでは、こうした依存も考慮し、圧力や自然の状態、生物多様性に関する情報と組み合わせて、目標設定の優先順位付けに活用する。
優先的に対応すべき地域と課題の特定
次に、評価結果を基に、圧力カテゴリごと、直接操業・上流別に、目標設定の候補となる活動・地点を整理する。そのうえで、圧力の大きさと各地点の自然の状態、生物多様性の脆弱性・重要性、事業の自然への依存を考慮し、統合的な順位付けを行う。取水量や調達量の規模だけではなく、その地域の自然の状態や事業との関係を踏まえて判断することが重要である。
この順位付けを基礎に、地地域社会のニーズや権利への配慮、戦略的重要性、データ品質、実行可能性、複数の目標間の相乗効果などを検討し、目標を設定する地点を選択する。目標設定に必要な粒度で追跡できない上流調達については、別の目標境界で管理し、トレーサビリティ改善やサプライヤーエンゲージメントに関する目標の活用を検討する。優先順位付けは対象を恒久的に除外するためではなく、着手順序を定めるためのものであり、目標の対象範囲を段階的に拡大していくことが重要である。
科学的根拠に基づく目標の設定と実行計画の整理
5つのステップの「評価」、「解釈・優先順位付け」の結果を踏まえ、各領域の方法論に従ってベースラインを算定し、科学的根拠に基づく目標を設定する。淡水の水量・栄養塩に関する目標では、流域に適したモデルや生態学的な閾値を用いて、取水量や窒素・リンの汚濁負荷について必要な削減水準を算定し、企業のベースラインに適用する。土地では、自然生態系の転換回避、土地フットプリントの削減、景観レベルのエンゲージメントに関する目標手法を用いる。土地では、自然生態系の転換防止、土地面積・土地の質の両面からの再生・回復、景観レベルのエンゲージメントに関する目標手法を用いる。水産物のバリューチェーンに関わる企業は、評価結果に応じて海洋目標も検討する。
目標設定と並行して、調達・操業などの関係部門と必要な対応を検討し、予算、担当体制、日程、地域の関係者との協力方法を整理する。目標設定後は、適用される手続に従って検証・開示へ進めるとともに、「行動」と「追跡」につなげる。実行計画に基づく対策を進め、測定・報告を通じて進捗を管理する。
まとめ:SBTNをふまえた持続可能な自然資本経営の推進
SBTNの方法論に沿った目標設定は、自社の事業活動が自然環境に与える影響を客観的に把握し、中長期的なリスク管理と持続可能性を高める機会となる。自然への圧力と地域の環境の状態を把握し、優先課題を科学的根拠に基づく目標と行動につなげることが重要である。調達・操業などの関係部門と連携し、事業判断へ組み込むことで、自然資本経営の基盤づくりにつながる。
SBTiやTNFDなどの関連フレームワークとの整合を取りながら、段階的に取り組みを進めることが重要である、実効性のある推進につながる。
参考資料
- ネイチャーSBTs企業マニュアル|SBTN
- 企業のための初期ガイダンス エグゼクティブサマリー|SBTN
- Step 1: Assess Technical Guidance (V2.0)|SBTN
- Step 2: Prioritize Technical Guidance (V2.0)|SBTN
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