ISSB とは
サステナビリティ情報開示は、任意の広報情報ではなく、投資判断に用いられる企業情報として制度に組み込まれつつある。その中心を担うのがISSB(International Sustainability Standards Board、国際サステナビリティ基準審議会)である。ISSBは、国際会計基準を策定するIFRS財団が2021年11月に設立した基準設定主体であり、企業がサステナビリティ関連のリスクと機会を一貫した形で開示するための国際基準を提供する。
2023年6月にIFRS S1号(サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項)とIFRS S2号(気候関連開示)を公表し、2024年1月1日以後に開始する年次報告期間から発効している。従来は複数の開示フレームワークが並立していたが、TCFDの解散とモニタリング機能のIFRS財団への移管を経て、国際的な比較可能性と財務情報との接続を重視する方向に軸足が移った。
基準は固定的なものではなく、ISSBは2025年12月に温室効果ガス排出開示について的を絞った修正をIFRS S2号に加えており(2027年1月1日以後に開始する報告期間から発効、早期適用可)、日本のSSBJもこれに対応して2026年3月13日にSSBJ基準を改正している。実務では「何をどの粒度で、どこまで財務的影響と結びつけて説明するか」に加え、「その情報が第三者保証に耐える水準か」が問われる段階に入っている。
ISSB の概要
ISSBは、国際財務報告基準財団(IFRS財団)が2021年11月に設立した基準設定主体で、投資家向け開示の国際的な共通土台(グローバル・ベースライン)の提供を目的とする。会計基準を担うIASBと並び、財務とサステナビリティの報告を同一のガバナンス下で整備する体制である。ここでいうサステナビリティ関連財務情報とは、環境や社会の話題を幅広く並べることではない。企業のリスクや機会が、将来のキャッシュフロー、資金調達、企業価値にどう関わるかを投資家が理解できる形で示す情報を指す。IFRS S1号は財務諸表と同時・同一期間の報告を求めており、非財務情報を財務と切り離さず、経営と資本市場をつなぐ情報として整理する基準である。
ISSB 設立の背景:乱立する開示基準の統一化
ISSBが設立された背景には、サステナビリティ開示基準の分散があった。企業は地域や投資家、評価機関ごとに異なる枠組みへの対応を求められ、同じテーマでも開示の考え方や粒度が揺れやすかった。そのためIFRS財団は、ISSB設立と同時に統合を進め、気候変動開示基準委員会(CDSB)を2022年1月、価値報告財団(VRF)を2022年8月に統合した。VRFはSASBと国際統合報告評議会が合併した組織で、SASBスタンダードは現在もISSBの下で維持され、IFRS S1号が産業別開示での参照を求める。2023年7月には、証券監督者国際機構(IOSCO)がISSB基準を国際的な基準として認め、各国に導入を促した。
TCFD からの移行:ISSB への役割の引き継ぎと違い
ISSBを語る際によく出てくるのが、TCFDとの関係である。TCFDは気候関連の情報開示の枠組みとして広く参照されてきたが、2023年10月に役割を終えて解散し、その考え方はISSBの気候基準であるIFRS S2に引き継がれた。企業開示の進捗を確認する役割も、金融安定理事会(FSB)からIFRS財団へ移っている。TCFDが示した4つの柱である「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」はIFRS S2にそのまま残っており、IFRS財団も、IFRS S1・S2に沿って開示すればTCFD提言を満たすとしている。このため、TCFDに取り組んできた企業には蓄積がある。一方で、そのままで足りるわけではない。IFRS S2では、スコープ3を含む温室効果ガス排出量、業種別の指標、シナリオ分析を用いた気候レジリエンスの評価、気候が財務に与える現在および将来の影響まで求められ、要求水準は明確に上がった。枠組みは連続していても、開示の深さは一段階進んだと見るべきである。
TCFDのさらなる基礎解説は、『TCFD とは?4つの開示項目とSSBJ新基準への移行』を参照されたい。
ISSB が公表した開示基準「IFRS S1・S2」とは
IFRS S1とIFRS S2は、ISSBが2023年6月に公表した中核基準であり、2024年1月1日以後に開始する事業年度から適用される。両基準を正しく理解するうえで重要なのは、S1がサステナビリティ全般に共通するルール、S2が気候というテーマの詳細基準という関係にある点である。実務では個別に読むのでは足りず、S1が示す開示の考え方や財務情報とのつながりを前提に、気候関連の内容をS2で具体化する読み方が基本になる。TCFDに親しんできた企業にとっては、4つの柱が維持されているため入口は理解しやすい一方で、求められる開示の粒度は明らかに細かくなっている。従来の「方針を示す開示」から、「財務影響や前提条件まで含めて説明する開示」へ進んだことが、IFRS S1・S2の核心である。なお、適用初年度は気候関連の開示を先行させ、スコープ3を省略できるなどの経過措置が置かれている。
IFRS S1:サステナビリティ関連財務情報の全般的要求事項
IFRS S1は、サステナビリティ関連財務情報をどのような考え方で開示するかを定めた全般基準である。対象は気候に限らない。企業の将来のキャッシュフローや資金調達に影響しうるサステナビリティ関連のリスクと機会を、投資家など主要な情報利用者が意思決定に使える形で示すことを求めている。
構成の軸は、TCFDでも使われてきた4要素、すなわちガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標である。ただしS1の役割は、単に4つの見出しを置くことではない。実務で見落とされやすいのは、「何を開示するか」だけでなく「どうつながっているか」が問われる点である。重要リスクを挙げるだけでは不十分で、そのリスクを誰が監督し、どの経営判断に反映し、どの指標で追跡しているかまで一貫して示す必要がある。財務諸表と同一期間について同時に開示することも求められる。
IFRS S2:気候関連の開示要求事項
IFRS S2は、気候関連のリスクと機会について、より具体的な開示要求を定めた基準である。S1の全般原則を前提に、気候テーマについて何をどこまで示すかを詳細化している。S2でも構成はガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4本柱である。したがって、TCFD対応経験のある企業は章立て自体に大きな違和感はない。ただし、S2では各項目の中身が深くなっており、特に戦略と指標・目標の要求水準が高い。
気候リスクは通常、物理的リスクと移行リスクに整理される。物理的リスクとは、洪水、猛暑、干ばつなど気候変化そのものが事業に及ぼす影響である。移行リスクとは、規制強化、技術転換、市場需要の変化など、脱炭素社会への移行過程で生じる影響を指す。S2では、これらを抽象的に列挙するだけでなく、事業や財務にどう影響するかを示すことが重要になる。さらに、S2では気候関連の機会も対象に含まれる。省エネ製品、低炭素サービス、新市場への参入などが典型例だが、単なる期待の表明では足りない。どの戦略に基づき、どの期間で、どの指標で進捗を見るのかまで整理されている必要がある。
日本におけるISSB 対応:SSBJの役割と国内基準の動向
日本では、ISSB基準と整合的な国内基準としてSSBJ基準が2025年3月に公表され、2026年2月の開示府令改正により、2027年3月期から時価総額の大きいプライム上場企業を皮切りに有価証券報告書での適用が義務化された。すでにTCFDベースで開示している企業でも、そのままでは足りない項目が残ることが多い。後工程の手戻りを減らすにも、国内基準の構造と適用スケジュールを早めに理解しておくことが求められる。
SSBJ(サステナビリティ基準委員会)とは
SSBJとは、サステナビリティ開示に関する日本の基準を策定する機関であり、2022年7月に財務会計基準機構(FASF)内に設置された。位置づけとしては、ISSBが公表する国際的な開示基準を参照しながら、SSBJは日本の法制度、開示実務、利用者の理解可能性を踏まえて国内基準に落とし込む役割を担う。
ここで押さえたいのは、SSBJがISSBと対立する別基準をつくる組織ではないという点である。基本線は国際整合性の確保にあり、SSBJ自身も両基準の比較文書を公表して整合性が維持されていることを確認している。そのうえでSSBJは、日本の開示制度に適合させる調整を行っている。SSBJのさらなる基礎解説は、『SSBJとは?日本版サステナビリティ基準入門』を参照されたい。
SSBJ 基準の構成と特徴
2025年3月5日に公表されたSSBJ基準は、3つの基準で構成される。ユニバーサル基準の「適用基準」と、テーマ別基準の「一般基準」「気候基準」である。ISSBのIFRS S1をコア・コンテンツの定めとそれ以外に分け、前者を一般基準、後者を適用基準として整理し、IFRS S2に相当するものを気候基準とした構成と理解するとわかりやすい。
| 基準名 | 説明 |
|---|---|
| 適用基準 | 記載場所、報告のタイミング、比較情報、誤謬の訂正など、開示全般の土台となる事項を定める |
| 一般基準 | 気候以外のサステナビリティ関連のリスクと機会について、開示すべき内容を定める |
| 気候基準 | 気候関連の開示に特化した詳細基準であり、シナリオ分析やスコープ1・2・3の排出量、業種別指標などを定める |
「一般基準」と「気候基準」のコア・コンテンツは、TCFD提言で広く知られた4つの柱、すなわちガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標に沿って整理されている。このため、TCFD対応の経験がある企業は全体像を理解しやすい。一方で、同じ4本柱でも要求水準は同じではない。ISSBやSSBJでは、財務影響とのつながり、前提条件の明示、シナリオ分析の扱い、スコープ1・2・3排出量の開示精度など、より具体的な説明が求められる。なお、SSBJは2026年3月13日に温室効果ガス排出の開示に関する改正を公表している。
日本での適用スケジュールと対象企業
2026年2月の開示府令改正により、有価証券報告書でのSSBJ基準に基づく開示の義務化が制度上確定した。対象はプライム上場企業で、過去5事業年度末の平均時価総額に応じて段階的に適用される。3兆円以上は2027年3月期から、1兆円以上は2028年3月期からであり、5,000億円以上1兆円未満を2029年3月期からとする方針も金融審議会の報告で示されている。適用開始から2年間は、二段階開示の経過措置が認められる。第三者保証についても、2026年7月に成立した金融商品取引法等の改正で義務付けが定められ、開示の適用開始の翌年から段階的に導入される。以下の図は、SSBJ基準の適用および保証制度の導入に向けたロードマップである。

(出典:金融庁『金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ 報告 概要』)
企業がISSB/SSBJ基準に対応するための4ステップ
ISSB / SSBJ対応は、開示文案を後から整える作業ではなく、データ、意思決定、事業戦略をつなぎ直す実務である。特に日本企業では、TCFD対応で一定の土台がある一方、IFRS S1・S2やSSBJ基準では、開示の粒度、財務との接続、継続運用の精度が問われやすい。有価証券報告書での法定開示となり、翌年からは第三者保証も加わるため、根拠資料が第三者の検証に耐えるかも同時に問われる。ここでは、企業がISSB / SSBJ基準に対応するための4つのステップについて解説する。
ステップ1:現状開示と基準のギャップ分析
最初のステップは、すでに公表している統合報告書、有価証券報告書、サステナビリティレポート、ウェブサイト掲載情報と、社内で保有する排出量データやリスク管理資料の棚卸しである。ここで重要なのは、開示の有無だけを見るのではなく、基準が求める粒度で説明できるかまで確認することにある。実務では、「方針はあるが監督体制の説明が足りない」「気候リスクは記載しているが財務影響との結び付きが弱い」といった不足が見つかりやすい。ギャップ分析では、各要求事項に対して、すでにある情報、部分的にある情報、未整備の情報を切り分ける。SSBJの気候基準はスコープ3や業種別指標も求めるため、不足データの種類と入手経路まで特定しておくと、その後の作業が進めやすい。
ステップ2:ガバナンス体制の構築・見直し
次に、サステナビリティ情報を誰が監督し、誰が判断し、誰が実務を担うのかを明確にする。ISSB/SSBJ対応では、単に担当部門が原稿を集めるだけでは足りない。取締役会、経営会議、事業部門、財務、法務、IR、環境部門の接続が必要になる。
気候関連のリスクと機会を経営課題として扱うには、取締役会がどの頻度で報告を受け、どの論点を審議し、どの指標をモニタリングするかを整理する必要がある。経営層の役割が曖昧なままだと、開示文では立派に見えても、更新時に説明が崩れやすい。2026年7月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードも、取締役会がサステナビリティ課題に能動的に取り組むことを求めている。既存の全社リスク管理との接続も欠かせない。気候リスクだけが別管理になっていると、優先順位付けや投資判断との整合が取りにくい。移行リスク、物理的リスク、機会を、既存のリスク管理プロセスの中でどのように識別・評価・監視するかを決めておく必要がある。
ステップ3:シナリオ分析の実施と戦略への統合
SSBJ気候基準でも要になるのが、気候シナリオ分析である。シナリオ分析とは将来予測を当てる作業ではなく、複数の前提条件のもとで、自社の事業と財務がどのような影響を受けるかを点検する作業である。1.5℃・2℃近辺の移行シナリオと、より高温化が進むシナリオなどを置き、政策、エネルギー価格、需要変化、災害、水資源、サプライチェーンへの影響を検討するのが基本になる。基準は、用いたシナリオと主要な前提、分析の実施時期についても説明を求めている。
気候レジリエンスの評価では、「どのリスクがあるか」だけでは不十分である。対応策があるのか、既存施策で足りるのか、追加投資が必要なのかまで見ないと、戦略として読める開示にはならない。シナリオ分析の質を左右するのは、モデルの複雑さより、前提条件と経営判断のつながりであるといえる。
ステップ4:開示情報の作成と社内プロセスの整備
最後に、ギャップ分析とシナリオ分析の結果をもとに、実際の開示情報へ落とし込む。ここでは文章を整える前に、何をどの媒体で、どのタイミングで、誰の確認を経て公表するかを決めることが重要になる。法定開示となる情報は有価証券報告書に、財務諸表と同じ期間について同時に記載することが原則である。未開示項目が残る場合は、無理に埋めるより、対応方針と今後の整備計画を明確にするほうが実務的であるといえるだろう。また、開示の継続性を担保するには、データ収集の締切、入力フォーマット、レビュー手順、承認フローを定めることが欠かせない。社内プロセス整備では、年度末に一度だけ情報を集める方式は限界がある。拠点や事業部からの定期報告、前提条件の更新、証跡管理まで含めた運用にしておくと、翌年度以降の負荷を抑えやすい。適用開始の翌年からは第三者保証が加わるため、証跡が第三者の検証に耐える形で残っているかも、この段階で設計しておきたい。
まとめ
本稿では、ISSBの設立背景やその目的、IFRS S1・S2といった具体的な開示基準、そして国内基準であるSSBJ基準について解説してきた。ISSB基準は企業の透明性を高め、持続可能な経営を実現するための指針を提供するものであり、日本では2027年3月期から、時価総額の大きいプライム上場企業を皮切りに有価証券報告書での適用が義務化される。サステナビリティ開示は、単発の対応ではなく、毎年更新される報告インフラの構築そのものである。準備期間は限られており、対象時期が後になる企業も、データ収集と社内プロセスの整備は今から着手することをお勧めする。
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